NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 吉田真人

好きなことを、仕事に生かしたい。
11/05
カメラの前がステージです。
  • 子どもころは、どんな夢を持っていましたか?

    ピアノの演奏家になりたいと思っていました。4歳からピアノをはじめて、小学校、中学校、高校時代はピアノにほとんどの時間を費やしていました。中学のときは、ピアノコンクールの九州大会で1位になったこともあり、大学も音大に行って、ゆくゆくは音楽関係の仕事に就きたかったんです。
    でも、その夢は高校生のときにあきらめました。いろいろなコンクールに出場していると、やはりいるんですよ、すごいやつが(笑)。九州で1位になっても、全国大会に行くと自分より上手い人がたくさんいました。ピアノは好きだったし、僕の青春はピアノとともにあったと言ってもいいくらいだったので、演奏家への道を断念するときは、思うことはたくさんありましたね。
    でも最近また、ピアノをはじめました。ピアノサークルに入って、コンサートというとおこがましいですが、発表会のようなことをやらせてもらっています。やはり、ピアノは好きなのでこれからもずっと続けていきたいですね。

  • 演奏家の次には何になりたいと思ったのですか?

    いろいろなピアノコンクールや演奏会に出場していたとき、ステージ裏でマネージメントをしている人にも興味をもっていました。その人たちがいないと、コンクールも演奏会もできません。それで、コンクールや演奏会を企画する仕事もいいなと考えるようになりました。
    だから、大学生のときには、文化庁の芸術文化課のインターンシップに参加しました。そこは、優秀な芸術家を支援したり、日本の文化を海外に広めるためのイベントを企画したりする部署で、仕事もおもしろそうでした。ただ、いろいろと考えていくうちに、自分はもっと一人一人のアーティストに寄り添い、支援する仕事がしたいと思うようになったんです。それで、出版社の文化担当のライターや新聞社の文化部の記者、テレビ局の文化教養番組のディレクターに興味をもつようになりました。

  • そのときはまだ、アナウンサー志望ではなかったのですね。

    そうなんです(笑)。
    きっかけは、NHKがどういう職場なのかを調べたことです。たまたま、アナウンサー志望の友人が、NHKに就職した大学の先輩に話を聞ける機会があるというので、僕も同行させてもらいました。そのとき、NHKのアナウンサーはディレクターや記者のように自分で取材ができて、しかも取材したことを自分の言葉で伝えられるという話を聞いて、「あれ、もしかして自分に向いているかも?」と思ったんです。さらに、その先輩が「キミはアナウンサーに向いているんじゃないかな」と言ってくれたので、ますますその気になってしまいました(笑)。

  • 吉田さんにとって、アナウンサーはどんな仕事ですか?

    僕が子供のころ夢見た演奏家とアナウンサー、その役割はまったく違いますが、人前で何かを表現し伝えるというところは似ています。そして、アナウンサーのステージは、カメラの前だと思うんです。
    だから、アナウンサーとして、カメラの前というステージで、何かを表現し伝えることは、やりがいのある仕事だと思っています。

11/12
粘り強く取材して気づいたこと。
  • 新人のころにはどんな思い出がありますか?

    初任地は鹿児島放送局でした。
    ウミガメの産卵をテーマにしたラジオ番組を担当したときのことです。屋久島まで録音に行ったのですが、ウミガメは夜に産卵するので、夜の9時ごろ、1人で大きな録音機材を担いで砂浜に行って、ひたすらウミガメがやって来るのを待ちました。
    そして3日目、もうすぐ夜が明けるなという時間になってようやく一頭のウミガメがやって来ました。そっと近づくと「パサ、パサ、パサ」と砂浜を歩く音が聞こえます。そのあと、砂を掘って、涙を流しながら「うー」とうめきながら産卵がはじまりました。卵を生み落すときには「ネチョ、ネチョ、ポチョ、ポチョ」という音がしました。およそ1時間、僕はウミガメを刺激しないようにずっと息を殺してその様子を録音。産卵が終わったときには、もう朝日が出はじめていました。

  • そのあと、録音を編集して、原稿を書いて、自らナレーションを入れるのですが、新人だったこともあり何から何まで大変でした。ラジオ番組を制作するためには、これほどの時間と労力を費やさなくてはいけないのだと実感したし、逆にそこにおもしろさを感じることができました。

  • ほかにはどんな放送が印象に残っていますか?

    鹿児島県の悪石島(あくせきじま)での皆既日食の取材です。
    悪石島は、鹿児島の港からフェリーで10時間以上かかる場所にあります。そこにディレクターと2人で、皆既日食が起こる1週間前から現地に入って、当日に向けての盛り上がりを取材しました。
    皆既日食は日本中が注目している大きなイベントだったので、朝昼晩と1日に3回中継があったし、日が迫って来ると1日に4回、5回と中継の回数も増えていきました。そうなるともう、じっくり取材をする時間もないし、原稿を整理して覚える時間もない。でもそのとき、火事場の馬鹿力というか、自分がそれまで意識していなかったチカラを発揮することができました(笑)。「すみません、話を聞かせてください!」と島の方にインタビューをお願いするなどして、四六時中、話題を探していました。すると不思議なことに、中継前には必ず新しい話が見つかりました。
    さらに、次から次へと中継の時間が迫ってくる中、気づくと自分が見たこと、聞いたこと、感じたことを原稿がないまま自分の言葉で話していました。アナウンサーになって3年目くらいだったと思いますが、この経験はその後の自分に大きな影響を与えていると思います。そして、この仕事のやりがいやおもしろさを改めて実感することができました。
    ただし、肝心の皆既日食を見ることはできませんでした。皆既日食がはじまる前に空は真っ暗になり、いよいよはじまるぞという時には大雨。残念ながら、皆既日食の様子を生中継することはできなかったんです。

  • 先輩のアドバイスで役立ったものはありますか?

    先輩たちからは、よく、「局内の人とだけ交流するな!」と言われました。それは、もっと地元の人たちとふれ合えということです。NHKの職員には転勤があるので、地域放送局でも、地元出身の職員は多くありません。人間関係が局内だけで完結してしまっては、本当の意味でその地域のことを知ることはできないというのです。
    地元のことは、地元の人に聞くのが一番です。たとえば、祭りに参加したり、いつも買い物をする商店街の人に積極的に話しかけてみたり。局を出たら、なるべく地元の人と接するように心がけていました。すると、地元の方々が楽しみにしていることや問題だと思っていることなどを耳にすることができます。実際に、それが放送につながったことが何度もありました。

  • また、鹿児島で知り合い、仲良くなった人たちとは、今でも付き合いを続けています。中には、長崎の僕の父が亡くなったときに、わざわざ鹿児島から駆けつけてくれた友人もいました。本当に、ありがたいことです。
    マイクやカメラのないところで地元の方々から、実に多くのことを学びました。人間関係を築いていくほどに、その土地がただの勤務地ではなく、第二、第三の故郷になっていくんです。

11/19
素直な言葉でお伝えします。
  • 現在、担当している『チョイス@病気になったとき』はどんな番組ですか?

    この番組は、とても画期的だと思っています。複数の治療法を提案して、それを自分の生き方と照らし合わせて選んでくださいというスタンスでお伝えしているんです。
    たとえば、「大動脈解離」になったオペラ歌手がVTRで登場した放送。Aという再発のリスク少ない治療法があるのですが、医師は彼にBという再発リスクのある応急的な治療法をあえて提案しました。理由は、Aという治療法では声の出が悪くなってしまうが、Bなら、処置ではあるけど声の質は保てるためです。これからは治療法も、自分のその後の人生や生きがいを考えながら、いくつかの選択肢の中からチョイスする。医療が発達した今では、そういう考え方も大切なのではないでしょうか。

  • また、司会の八嶋智人さんと大和田美帆さんが視聴者の代表として「えー、この治療法だと痛いんじゃない?」など、素直な感想や疑問をぶつけてくださるので、視聴者のみなさんや患者さんの視点に立った番組づくりができていると思っています。

  • 司会を務める『にっぽんの芸能』の見どころは?

    歌舞伎や能、狂言は「難しそうだな」とか、「見ても理解できないだろうな」と思っている方も少なくないと思います。そういう方にこそ、ぜひ見ていただきたい番組です。
    僕は、大学生の頃、はじめて能狂言を観劇しました。そのとき、能楽堂の荘厳な雰囲気や聞こえてくる音に包まれて、とても気持ち良かったんです。理屈や知識なんて関係ない、まさに癒しの空間でした。

  • 番組でご一緒している女優の石田ひかりさんは能楽師や狂言師の立ち振る舞いや、舞台芸術などが好きだとおっしゃっています。
    頭でっかちにならないで、深く考えすぎないで、まずは見て感じてほしい。そして、いつの日か生の舞台を見に行ってもらえたら、番組を担当する者としてこれ以上の幸せはないですね。

  • どのようなことを心がけていますか?

    番組で紹介する舞台は僕も石田さんも必ず見ています。できる限り生の舞台で、それができないときはDVDで見て、お互いの意見を交換します。石田さんの話に「そういう見方もあるんだ」と感じるようなものがあると、僕はディレクターに伝えて番組の台本に反映させてもらうこともあります。
    また、番組では、古典への敬意は忘れず、自分たちの素直な言葉で話すことにしています。テレビの前のみなさんにも、肩ひじ張らずに、気軽にご覧いただけるとうれしいです。
    それから、番組を担当していて、今後、海外に日本の古典芸能をもっと知ってもらう企画ができればいいなと考えるようになりました。

11/26
自分の好きなことを大切にしたい。
  • 趣味やプライベートについて聞かせてください。

    舞台を見るのが好きです。能や狂言などの古典芸能だけでなく、ミュージカルや現代劇など、舞台は幅広く見ています。現代劇のあとに古典芸能を見ると発見や驚きがあるし、古典芸能の演出や手法が現代劇の中で使われていることがわかることもあり、おもしろいですね。

  • あとは、バーベキューです。
    これは、岐阜放送局にいたときにハマりました。岐阜県はバーベキューが本当に盛んで、どこの家庭にもバーベキューセットがあるといわれていました。
    僕が好きなのは、肉を焼くなど料理することではなく、バーベキューをするための場所選びと空間づくり。理想は、近くに大きな木が1本あることです。それによって程よい日陰が確保できます。あとは近くに川が流れていること。そうすれば、手を洗ったり、スイカを冷やしたりできますから。とは言え、川からはある程度離れた場所のほうが良いと思います。上流で雨が降って急に水位が変わることがあるので。
    岐阜の友人の家にバーベキューセットを置かせてもらっているので、今年の夏もバーベキューをしに行ってきました(笑)。

  • これからやってみたい番組はありますか?

    10代に打ち込んだピアノを生かした仕事ができればいいなと思っています。
    たとえば子ども番組で、ピアノの弾き語りで伝える日本語とか、音楽を介した仕事をしてみたいという夢はあります。
    あとは、まだ世に出ていない芸術家を発掘するような番組もいいですね。岐阜放送局にいたときに、ある番組で新進気鋭の芸術家にスポットを当てて取材し紹介するコーナーを放送していたのですが、そういう番組にチャレンジしてみたいです。そして、その番組をきっかけに無名だったアーティストがしだいに羽ばたいていく様子を目の当たりにしたいと思います。
    もともとテレビ局に入りたいと思ったきっかけが、芸術家を支援する仕事がしたいということだったので、ぜひやってみたいですね。

  • NHKのアナウンサーを目指している人にメッセージを。

    アナウンサーになる前は、「NHKのアナウンサーはこうあるべき!」みたいなものがあって、そこに寄せていかなければならないと思っていました。でも、そんなことはなくて、逆に自分らしさを出したほうがおもしろがられると思います。
    NHKには、音楽やスポーツに詳しいアナウンサーもいれば、アニメが大好きなアナウンサーもいます。そして、僕のように文化・芸術の支援をしたいというアナウンサーもいます。
    自分が好きなことを前面に出せば、「おっ、キミおもしろいね」と言ってくれる人がいる。とてもやりがいのある仕事だと思います。

    ありがとうございました。

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