NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 豊原謙二郎

スポーツを通して、伝えたいこと。
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ラグビーから教えてもらったこと。
  • ラグビーに興味を持ったきっかけを教えてください。

    中学生のとき、テレビでたまたま早稲田大学と明治大学の試合を見たことです。毎年12月の第1日曜日に行われる対抗戦で、その年は雪の中で行われ、しかもまさに死闘と言うべきものすごい試合でした。今でも『雪の早明戦』と言われ語り継がれているくらいです。 その熱戦をテレビで見て、こんなにも熱い世界があるのかと思い、高校に入ったら絶対にラグビー部に入ろうと思いました。

  • ラグビー部に入ってみてどうでしたか?

    ポジションは、予想外のフォワードでした。私は人よりも少しだけ足が早かったので、きっとボールを持って走り回るバックスだろうと勝手に思っていましたが、チームメートの中では身長174センチと体格がいいほうだったので、スクラムを組んで相手選手とガツガツ当たるフォワードでプレーすることになりました。そして、練習や試合を重ねて、一つのボールをつなぐ喜びや尊さを理解できるようになると、ますますラグビーというスポーツが好きになりました。

  • 当時、どんな思い出がありますか?

    今でも鮮明に覚えているのは、やっぱり初めてタックルで人を倒したときのことですね。試合形式の練習の最中、180センチを越える大柄な先輩が、自分めがけて突進してきたんです。メチャメチャ怖かったんですが、タックルをしなければどんどん前進されてしまいます。一瞬ためらいしましたが、覚悟を決めて、練習した通り、低く構えてその先輩の腰の辺りに肩をぶつけるように突っ込みました。ドーンという衝撃が体に伝わってきましたが、必死で先輩の両太モモにしがみついたら、バタッと先輩を倒すことができたんです。仲間からは「ナイスタックル!」という声が飛びました。「怖かった」という恐怖感と、「やった!倒せた!」という達成感、「責任を果たした」という使命感とがミックスされた、なんともいえない高揚感がありました。これもラグビーをプレーする上での、一つの大きな魅力だと思います。

  • ラグビーの経験で、今に活かせていることはありますか?

    何かできないことがあっても、それを克服しようと意識して練習していればいつかできるようになる瞬間がある、ということです。 ラグビーでうまくできないプレーがあった時、どうすればそのプレーができるようになるのか常に意識して練習することで、あるときにポーンとブレイクスルーする瞬間がありました。 例えば、私は、ボールを持って走るときに、はじめは闇雲に突進することしかできませんでした。先輩から「ボールをもらう前に一度顔を上げて前を見ろ」と指導されましたが、なかなかできず、突進していくばかりでした。それでも、「もらう前に前を見る、前を見る・・・」と意識だけは持ち続けるようにしました。すると、あるとき、ボールをもらう直前に前方を見回して、どこを走れば相手の防御を突破できるのかとっさに判断し、大きく前進することができたんです。 それは、きっと、意識し続けないと訪れない瞬間だと思います。 私は器用なタイプではなく、はじめはうまくいかなことばかりでした。それでも、どうすればできるようになるのか意識し続けていると、いつの間にかできるようになっている。とにかく意識し続けること、それが大事だということをラグビーを通して学びました。

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インパクトのある言葉で勝負する。
  • 初任地は佐賀放送局でしたが、
    そこで印象に残っている仕事は?

    私はモータースポーツも好きだったので、できればそれに関わる仕事がしたかったんです。とはいえ、自動車レースのF1は民放で放送していたし、NHKでモータースポーツの仕事は無理だろうなとも思っていました。
    そんなとき、佐賀県出身でオートバイによる世界グランプリ(MotoGP)で戦っている選手がいることを知りました。さらに、当時、NHKでMotoGPの中継がはじまったこともあり、その選手で番組を作りたいと提案し続けたんです。彼が佐賀に里帰りしたときや日本でレースがあるときは取材し、夕方の情報番組のスポーツコーナーで活躍を紹介するなどして、およそ1年間追いかけました。そして、そうした取材の積み重ねが一つの番組になったんです。
    アナウンサーになる前に「NHKでは、自分がやりたいことを『やりたい!』と言い続け、そのためのアクションを続けていれば、いつかは実現できるよ」と聞いていたのですが、「それはこういうことか!」と思いました。

  • スポーツアナウンサーを志したのはいつごろのことですか?

    緊張感とワクワク感が同居しているスポーツの現場の空気が好きだったので、そこに関わり続けたい。そして、その空気に最もふれられるのがスポーツ実況でした。でも、しゃべるのがうまくなかったので、佐賀放送局のころは、スポーツアナウンサーには絶対になれない・・・と弱気になっていました。
    だけど、次に赴任した京都放送局のときに、ここで勝負しないとおそらくスポーツ実況を担当するアナウンサーにはなれないと思い腹をくくりました。

  • スポーツ実況を担当するために、どんなことをしましたか?

    ひたすら自主練ですね。野球の試合の録画を見たり、高校や大学の野球部の練習試合を見に行ったりして、実況の練習をしました。練習試合では、観客もほとんどいない中、1人、ずっとブツブツ言っていました(笑)。

  • スポーツを実況するアナウンサーとして、
    手応えをつかんだのはどんな時ですか?

    声質や滑舌に自信がなかったし、何より先輩のように淀みなく流ちょうにプレーを描写することができなくて・・・、実況は本当に下手でした。でもあるとき、自分で言うのは照れくさいのですが、これならもしかすると同期や先輩とも勝負できるかもしれないと思えるものに気づいたんです。それは、「ここぞ!と言う場面での言葉のチョイス」です。そのシーンにフィットする短いフレーズで、しかもこれまで先輩たちがあまり使ってこなかった表現で。
    立て板に水のようにしゃべるのではなくて、インパクトのある短い言葉をそのとき起きたプレーに当てていく。そういう実況スタイルなら自分の強みが生かせるのではないかと考えて練習しました。
    もちろん先輩たちに少しでも近付くためにプレーを淀みなく描写する練習もしましたが、自分が勝負できるところ、「ここぞ!という場面での言葉のチョイス」を大切に練習していくことにしたんです。

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ゲームが白熱するほど冷静になれる。
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スポーツには、すばらしい価値がある。
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