NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 桑子真帆

自分らしさを出していきたい。
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音楽に夢中だった学生時代。
  • 学生のころ、どんなことに興味を持っていましたか?

    ずっと音楽が好きでした。ピアノを3歳のときに習いはじめ大学生まで続けたほか、中学、高校の6年間は吹奏楽部でクラリネットを演奏していました。
    大学では、ブラジル音楽のサークルに入りました。

  • ブラジル音楽ですか?

    ブラジル音楽と一口に言っても、サンバやボサノバ、ロックテイストの音楽、アマゾンの独特な踊りが一緒になった音楽など、たくさんのジャンルがあるんです。そのジャンルごとにバンドを組んで演奏していました。

  • どんな楽器を演奏していたのですか?

    「カイシャ」という太鼓、サックス、キーボードなどです。学園祭などで発表したり、商店街のお祭りでサンバを演奏しながら練り歩いたりもしていました。
    音楽が好きだし、演奏することも大好きなんです。だから、楽器の演奏はこれからも続けていけたらいいなと思っています。

  • 就職活動にはどのように取り組みましたか?

    ファッションや化粧品が好きだったので、主に百貨店や化粧品会社などを志望していました。でも、小学生のころから家族で見ていた『クローズアップ現代』の国谷裕子キャスターに憧れがあって、NHKにもエントリーすることにしたんです。マスコミ対策など全くしていなかったので不安もありましたが、いまでは、思い切って挑戦して良かったと思っています!

12/9
新人時代が仕事の原点。
  • 新人時代にはどんな思い出がありますか?

    初任地は長野で、「放送って何だろう?」、「アナウンサーって何だろう?」というところからはじまりました。
    ラジオで地域のお知らせと気象情報をお伝えする5分間の放送を担当していた時のことです。原稿を一言一句間違えないように読むことだけに集中していた私に、上司は、「桑子真帆が伝えるという意味を考えてみなさい」とアドバイスしてくれました。
    そこで、私は放送の前に外に出て、空を見上げて自分が感じたことを、放送でコメントすることにしたんです。「午前中に降った雨が止んで、空がきれいに見える」とか、「晴れているけど風は冷たい」とか、そういう自分の実感を言葉にして伝える努力をしました。
    この経験は、「アナウンサーって何だろう?」という疑問の一つの答えだったと思うし、私の原点になっています。

  • 長野放送局で特に心に残っている仕事は何ですか?

    戦争中にゼロ戦のパイロットだった男性に取材したラジオ番組です。その方は当時90代でしたが、まるで昨日起きたことのように壮絶な体験を語ってくださいました。「戦闘中に自分が撃った相手と目が合ったとき時間が止まったように感じたこと」、「被弾して野戦病院に運ばれたとき、おっかさん!と叫びながら戦友が死んでいったこと」など。私は、話を聞きながら、いつの間にか涙が止まらなくなっていました。

  • そのときどんなことを学びましたか?

    生の声には胸に突き刺さるものがあることを実感しました。取材させていただいた男性は、数年前に亡くなりました。もう話を伺うことはできませんが、当時ラジオを聴いてくださったうちの誰かの心には、その男性の戦争体験がきっと残っていると思います。私たちが取り組んでいる放送は、誰かの心に何かを残す仕事でもあるんだなと思っています。

12/16
「そもそも」を大事に。
12/23
人や物事にしっかり向き合う。
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