NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 井上裕貴

現場を大切にしたい。
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そこに行けば、いつも答えがある。
  • 土日・祝日の『ニュース7』を担当する上で大切にしていることは何ですか?

    『ニュース7』は、NHKが総力を挙げて、その日起きたニュースを一歩深く伝えている番組です。
    私はニュースから人間の営みが見えると考えているので、「ファクト」を最も大事にした上で、取材した方の言葉や表情を通して喜怒哀楽も伝えることを目指しています。「ファクト」に人間の思い、物語が加わることで、そのニュースの核心により深く迫れるのではないでしょうか。

  • そのためにどんなことを心がけていますか?

    自分の思いをまっすぐ言えるアナウンサーでありたいと思っています。だから、できる限り現場に行きたいですね。そして、現場が持っている熱量や空気感をきちんと届けたい。迷ったときこそ、いつも現場に。そこに行けば、必ず答えがある気がします。

  • 『所さん!大変ですよ』を紹介してください。

    今の時代を象徴するようなテーマを、ストレートにではなく、ちょっとフックを効かせて伝えている番組です。
    たとえば、「『君の名は』!?“友達の本名知らない人”急増中」。これは、ネット時代ならではのテーマでした。SNS上で知り合い実際に会ってもハンドルネームで呼び合っている人たちや、全社員が本名とは別のビジネスネームで働く会社など、本名の最新事情をお伝えしました。

  • 見どころはどんなところにありますか?

    やはり、所ジョージさんです。様々なテーマに対し、所さんは、おもしろいだけでなく、独特の鋭いコメントをして、いつもハッとさせられます。私も、ペンギンの被り物をしたり、甲冑を着たりして、分かりやすいプレゼンを心がけていますので、楽しんでいただきたいですね。

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ボート部中心の学生時代。
  • 少年時代はアメリカで過ごしたそうですね。

    2歳から18歳までアメリカで育ちました。家族はいまもロサンゼルスにいるのですが、わたしは、大学進学のタイミングで日本に戻って来たんです。アメリカの大学に行くという選択肢もありましたが、日本の文化に憧れがあったし、自分のルーツである国をもっと知りたいという思いもあり日本の大学を選びました。

  • 日本での大学生活はどうでしたか?

    生活の中心はボートでした。
    ボート部の合宿所で仲間たちと生活しながら、日本ならではの習慣や人との接し方など、社会人になっても役立つスキルをたくさん学ぶことができました。

  • どんなことを学んだのですか?

    大会運営などを担当するマネージャーを2年務めたのですが、そこでの仕事、出会いが、自分の成長につながったと思います。
    部員をサポートするだけでなく、ほかの大学と協力して全国大会の運営に携わったり、事務局員として社会人ボート関係者との窓口になったりしました。
    人々の目に触れる競技に出場するのではなく、表に出ない地味な仕事をしてきたことが、当時の自分にとっては意味のあることだったし、それは今の仕事にもつながっています。

  • 今にどうつながっているのですか?

    資料を読み込んだり、事前に取材したり、アナウンサーはテレビに映っていない時間がとても大事です。そういう地道だけど絶対に必要なことをマネージャーの仕事をしながら学ぶことができたんです。
    また、私たちは取材先の方やゲストの言葉を視聴者にわかりやすく伝えることが仕事です。マネージャーも選手たちにいいパファーマンスを発揮してもらうための準備をします。誰かが輝くために黒子に徹する。それは、アナウンサーとマネージャーに共通する部分だと思います。

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初任地で見えた「人の営み」。
  • 新人のころにはどんな思い出がありますか?

    初任地の松江では、どうやったらニュースや番組を放送できるのかということを四六時中考えていました。その過程で気づかされたのは、物事は一面的ではなくて、いろいろな角度から見るとニュースになったり、人が見逃しそうなちょっとした出来事に注目してみると、意外な発見や気づきがあったりするということです。

  • 特に印象的だったのはどんな番組ですか?

    10年に1度だけ行われるホーランエンヤという祭りを取材した番組です。運よく私が赴任していたときに開催されたため、祭りの準備の段階からあるご夫婦に半年間密着し、人口が減る地区の中で伝統をつなぐ難しさや、それぞれの人間模様を描きました。
    ご夫婦を取材しながら感じたのは、誰かと向き合うということは、同時に自分自身と向き合うとうことだとういうことです。その人の言葉に自分が何を感じるか、何を見出すことかできるか。同じ話を聞いても、取材者によってアウトプットするカタチは大きく違ってくると思います。

  • ほかにはどんな番組を制作したのですか?

    小泉八雲が来日して120年という記念の年に、八雲にまつわる番組を作りました。自分で提案し構成を練り、ロケではカメラマンに必要な映像を伝えて、撮影した映像をパソコンで編集。字幕を入れて、ナレーションも担当しました。NHKではアナウンサーも、制作の川上から川下までをパッケージで担うことができます。自分が試されているようでプレッシャーもありますが、凝り性なので、楽しく番組を作らせてもらいました。
    私は新人時代「人」をテーマに仕事に取り組んでいました。今でもニュースは「人』だと思っているのですが、人をどう描くか、そしてどういう視点で見るか。松江での日々が教えてくれて、今の自分の根っこになっています。

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まだ埋もれている物語を伝えたい。
  • 今後、どんな番組を担当したいですか。

    世界は常に動いていて、特に近年はその動きが加速していると思うので、まだまだ埋もれているニュースや物語が世界にはたくさんあるはずです。そんな世界中の出来事を、海外の専門家と日本の有識者が日々熱く議論するような、機動力・知力・想像力を大事にするニュース番組を担当してみたいです。

  • アナウンサーとしてどんな目標がありますか?

    アメリカにはアンカーと呼ばれるニュースキャスターがいます。一次情報に触れながら自分で取材し、情報をつなげ、伝えるべきメッセージを腹に落とした上で、ニュースを伝えています。自分の目指すキャスター象はそこに置いています。

  • 最後に、アナウンサーを目指している人にどんなことを伝えたいですか?

    私は、必ずしも人前に出るのが得意でなくていいと思います。一歩引いて、まわりをよく見ることのできる視野の広い人、気配りのできる人がアナウンサーに向いている気がします。 たとえば取材現場では、小さなこと、ささいなことだけど大切なものを見逃さないようにしなければなりません。埋もれている物語に気づけるかどうかが勝負です。だから、そこで起こっていることに対して一定の距離感を保つことができる人が、特に報道の現場には向いているのではないでしょうか。

  • ありがとうございました。

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