NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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特集 わたしがアナウンサーになった理由
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憧れは、スポーツアナウンサー。 佐藤克樹
  • アナウンサーという仕事を意識するようになったのは、いつごろですか?

    高校3年生の冬に長野オリンピックが開催(1998年)されて、当時わたしは受験生でありながら勉強そっちのけでオリンピックを見ていました。特に夢中になって観戦していたのは原田雅彦選手のスキージャンプです。金メダルを獲得した団体戦ももちろん応援していましたが、その前に行われ、原田選手が銅メダルに輝いた個人ラージヒルはとても感動的でした。
    前大会のリレハンメルで原田選手はジャンプを失敗してとても悔しい思いをしていたので、この長野大会ではそのリベンジがかかっていました。そして、原田選手、2本目のジャンプ。飛距離は十分、あとは着地だけというときにNHKのアナウンサーが「立て、立て、立て、立ってくれ!」と実況しました。その言葉は、原田選手を応援しているすべての人の思いを代弁していたし、多くの人たちの気持ちをひとつにしました。そのとき、声だけでみんなの気持ちをひとつにするアナウンサーってすごいなと思ったのです。
    それがきっかけでアナウンサーという職業に憧れるようになり、大学では『アナウンス研究会』に入りました。

  • 『アナウンス研究会』では、どのような活動をしていましたか?

    ニュース原稿を読む練習や、フリートークをしてその合間に曲をかけるラジオのディスクジョッキーのようなこと、あとは小説などを朗読する練習もしました。
    いろいろな活動がありましたが、その中でもわたしが好きだったのは野球の実況です。大学野球が行われている球場のバックネット裏で、テープレコーダーを片手に実況をする。そしてその録音を聞いて先輩からアドバイスをもらっていました。

  • そうして、アナウンサーを志望するようになったわけですね。

    神宮球場などで実況の練習をしているうちに、これを仕事にしたいと強く思うようになりました。狭き門であるのは重々承知していましたが、どうしてもチャレンジしてみたくてアナウンサー試験を受けました。

  • 実際にアナウンサーになって、
    はじめて野球を実況したときのことは覚えていますか?

    もちろん覚えています!初任地が熊本で、そこではニュース原稿を読むなど、いろいろなことをやらせてもらいましたが、熊本の藤崎台球場で高校野球の地方大会の実況をしたときは本当にうれしかったです。
    うまくできなくて、先輩や上司からたくさん指摘を受け自分の未熟さを実感しましたが、それでも楽しかったですね。

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社会の役に立ちたい。 安部みちこ
  • どんな学生時代でしたか?

    高校と大学では、アルバイトばかりしていました。何か買いたいものがあったわけではなく、誰かのために働くことが好きだったんです。特に接客業が好きで、お客さんに喜んでもらえることにやりがいを感じていました。
    たとえば、ファストフードでアルバイトしていたときは、このお客さんはマニュアル通りにテキパキとやったほうがいいとか、このお客さんはたわいのない話をしながらゆっくりメニューの説明をしたほうが喜んでもらえるとか、それぞれのお客さんに合わせて接し方を変えていました。自分としてはそれが楽しかった。そのお客さんがどのような接客を望んでいるのかを感じとるのが得意でした(笑)。
    大学のときは、カウンターだけの小さな料理店で働いていました。近くに自動車関係の工場があったので、そこで働いている人たちがよく来てくれて、料理を出しながら自分が知らない世界の話をきくことが楽しかったですね。
    アルバイトには、自分の得意なことや楽しいことがたくさんありました。

  • アルバイトを通して得たものは何ですか?

    主に飲食店で働いていたので、工場で働いている人、フリーターの人、大学の教授、何かを目指して頑張っている人など、様々な人たちとふれ合うことができました。自分の知らない世界の人たちの生の声をきくことで、私の中の世界も広がったように思います。
    こういうことで悩んでいる人がいる、こういうことで一喜一憂する人がいる、こういう考え方をする人がいる。家庭や学校では知ることのできない多くのことをアルバイト先で学ぶことができました。
    また、私の接客に「元気をもらえたよ」と言ってくれるお客さんもいました。そんなとき、自分の元気や笑顔って誰かを励ましたり元気にすることができるんだなと思って、うれしくなったことを覚えています。それも、今の仕事につながっていると思います。

  • アナウンサーを志望したきっかけを教えてください。

    大学で学んだり、アルバイトをしたりしているうちに、何か社会や人の役に立ちたいという欲求が出てきました。ちょっと大げさですが、自分が働くことで、人が喜んでくれたり、社会がより豊かになったりしたらいいなと。
    NHKに入りたいと思ったのは、公共放送だったからです。私はちょっと単純なところがあって、「公共放送」イコール「社会の役に立てる」、と思ったんです(笑)。
    そして、NHKに入ったら何をしたいのか?何ができるのか?と考えたとき、私は人の話をきくのは得意だったので記者かアナウンサーがいいと考え、どちらを第一志望にするかでかなり迷いました。
    迷った末、誰かに話をきき、そしてそれを自分の言葉で誰かに伝えることができるアナウンサーを第一志望にしました。アナウンサーとして内定をいただいたときは、本当にうれしかったですね。

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世界を旅した学生時代。 瀧川剛史
  • 子どものころ、どんな夢を持っていましたか?

    幼いころ憧れていたのはプロ野球選手です。
    小学校では少年野球、中学校ではシニアリーグでプレーしました。
    中学生の時に阪神・淡路大震災があって、テレビでアナウンサーがリポートしているのを見て、『こういう仕事をしてみたい!』と思うようになりました。私が住んでいた奈良でも大きな揺れを感じて怖い思いをしたので、被災地の状況や役立つ情報を伝えてくれるアナウンサーがとても頼もしい存在に思えたんです。
    中学の卒業文集には『将来はアナウンサーになりたい』と書いていました。

  • アナウンサーになるために取り組んだことはありますか?

    話すことに苦手意識があったので、大学でアナウンス研究会に入りました。そこでは、原稿を読むほか、野球実況やリポート制作などもしていましたが、会全体の運営に携わったことが大きかったです。会員が150人近くいて、練習の年間計画を考えたり、合宿や学園祭の企画を立てたりと、連日、仲間と大学のパソコンルームに泊まり込むほど熱中しました。
    いまも大規模な放送ほど、チームワークで臨む習慣がついています。

  • 大学では研究会の活動一色だったんですか?

    研究会にはかなりの時間を使いましたが、海外への関心も年々強くなりました。アメリカの大学に短期留学したほか、韓国の大学とも交流して、何度も行き来しては、学生と議論を交わしました。
    一人旅にも熱中して、20か国くらい回ったと思います。アメリカを電車で東から西まで横断したり、ヨーロッパをぐるりと一周したり・・・知らない世界をもっと知りたいと、アルバイトをしては長期旅行に出かけていました。

  • そうした経験は、今の仕事にどう役立っていますか?

    今の仕事で一番大切なのは、想像することだと思っています。カメラの向こうにいる視聴者、取材相手の思いや現場の状況をどれだけ想像できるかで、私たちの表現は変わってきます。
    世界を旅していろいろな価値観をもった人たちと接して、想像力の幅が広がったことは、今に生きていると思っています。

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スポーツが大好き。 上原光紀
  • 子どものころ夢中になっていたことはありますか?

    幼いころから好奇心が旺盛で、いろいろなことに興味をもっていました。
    小学生の時は水泳教室に通っていたのですが、ある程度泳げるようになったところでアーティスティックスイミングを始めました。そして、中学生になると、「袴姿がかっこいい」、「動物と触れ合える」、という理由から弓道部と馬術部に。
    さらに高校では、大勢で1つの曲を奏でるオーケストラに興味が湧き、コントラバスを弾いていました。何かひとつのことを極めるというより、好奇心のおもむくままに幅広くいろいろなことに挑戦していました。

  • 大学では何に打ち込んだのですか?

    4年間、フィールドホッケー部でほとんどの時間を過ごしました。朝から練習して、その後急いでシャワーを浴びて、スウエット姿で授業に出て。雨の日も雪の日もグラウンドで過ごした大学時代は、華やかなキャンパスライフとはほど遠いものでしたが、最高に楽しかったです。

  • 就職活動には、どう取り組みましたか?

    「おもしろそう!」と思った企業にエントリーシートを出して、その中に放送局もありました。これまでにアーティスティックスイミングや弓道、乗馬やフィールドホッケーと、国内ではまだそこまでメジャーではないスポーツに取り組んできた中で、そういうスポーツの魅力や頑張っている選手に、もっとスポットライトを当てる番組を作りたいと考えたんです。

  • そんな中、どうしてアナウンサーを志望したのですか?

    NHKの面接で「アナウンサーも、自ら取材をしたり番組の企画を考えたりできる」、そして「最終的に自分の言葉で伝えることもできる」と聞いて、「やってみたい!」と。アナウンサーになるための勉強をしていない自分で大丈夫か?という不安もありましたが、「おもしろそう!」と思うと、考えるよりも先に行動しちゃうんです(笑)。今はあのときの自分の「おもしろそう!」という素直な気持ちに従って大正解だったと思っています。

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