NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 豊原謙二郎

オリンピック・パラリンピックを終えて。
12/6
達成感より安堵感でした。
  • スポーツアナウンサーにとってのオリンピックとは?

    自分のことで言えば、その時点でのチカラがさらけ出される場です。 オリンピック・パラリンピックという舞台で、選手のみなさんは自らの限界に挑戦します。それを実況するこちらも、そのときに自分がもっているものすべてを出し切らないといけない。しかも1度にたくさんの競技が行われるので、精神的にもきついし、日本と時差のある海外開催の場合は肉体的にも過酷です。
    そういう状況下だからこそ、今の自分がスポーツアナウンサーとしてどれだけの実力があるのかが試されます。同時に、自分の実力を思い知らされる場でもあります。

    今回は極めて異例な大会でした。そのオープニングをどのような映像からはじめるか?第一声は?そこは中継チームで議論しました。 国立競技場の空撮から入るのか、聖火台から入るのか、いろいろな案があった中、異例さを最も表現できるのは無観客のスタンドだろうということになり、その映像に「スタンドに観客の姿はありません」という実況コメントをつけました。

  • どのような思いを抱いての実況だったのでしょうか?

    開催の是非が問われていた大会だったし、開催中もまだその論議はつづいていました。コロナ禍で苦しんでいる方がいらっしゃる中での開催だったのでやはり複雑な思いはありました。
    ただ、オープニングセレモニーや各国の選手たちの入場を実況しながら、しだいに「いよいよ祭典がはじまる!」という高揚感や「ここに、満員の観衆が入っていたらどんな歓声が沸き起こっただろう?」という思いも正直わいてきました。

  • 開会式を実況していて何かハプニングはありましたか?

    ハプニングというほどのことではないですが、入場してくる各国の選手団の人数が想定していたのと違っていたことですね。
    今大会は開会式の参加人数もほとんどの国が公式に発表しませんでした。
    これまた異例のことなのですが。
    たとえば、ブラジルはすごく長い列で入ってくると思って比較的長いコメントを用意していたのに、コロナ禍ということもあって行進に参加しない選手も多かったようで、行進の列が短くて「えっ!」となりました。
    逆に思いのほか長い国もあって、急遽ひと言、ふた言付け加えたり・・・。いっしょに放送を担当した和久田アナウンサーとアイコンタクトを取りながらやっていました。

  • 開会式の実況を終えての感想は?

    大仕事をやってのけたという達成感ではなく、無事に終わって良かったという安堵感のほうが大きかったですね。
    ただ、今回の大会がどんな大会で、どういうスタートを切ったのかということは最低限お伝えですることができたのかなという部分では、本当にほっとしました。

12/13
競技を超えた感動があった。
  • 今大会で注目していた日本の選手は?

    個人的には、柔道男子73キロ級の大野将平選手です。リオに続いての連覇は強く印象に残りました。
    前回のオリンピックチャンピオンとして、各国から研究・分析されて丸裸の状態になっていたと思いますが、それでも金メダルを獲った。あの姿は、「強い」や「すごい」などの言葉では形容し尽くせない「すごみ」のようなものを感じました。
    また、決勝後の「(オリンピック開催には)賛否両論があることは理解しています。ですが、われわれアスリートの姿を見て、何か心が動く瞬間があれば本当に光栄に思います」というコメントも心を打ちましたね。

  • 選手たちのコメントには心を揺さぶられるものがありました。

    たくさんありましたね。その中でも聞いたときに衝撃だったのは、バドミントン女子シングルスの奥原希望選手です。
    今大会ではいい結果が出せなかった彼女が涙を浮かべながら「自分が5年間やってきた答え合わせが終わりました」と言ったんです。自分は金メダルを獲れなかった、それが答えなんだ、と。あのコメントには、この大会にかけてきた奥原選手の思いや勝負の残酷さが凝縮されている気がして、聞いたときに胸に突き刺さるものがありました。

  • 海外の選手で印象的だったのは?

    10代の選手たちが大活躍したスケートボードですが、僕がとても印象的だったのは男子スケートボードのパークに出場していた南アフリカ代表の46歳の選手です。
    テクニックは若い選手のほうが断然上で成績も下位でしたが、とてもいい顔をしていたんです。46歳のおじさん(笑)が若い選手たちに混じって、自分の出来る限りの技を出して、失敗しても最後は最高の笑顔が出る。滑ることを心底楽しんでいると感じました。
    どうしてもメダルに注目が集まりますが、オリンピックの存在意義を考えたとき、僕は彼の笑顔にその答えの1つがあるように思いました。

  • そのほかにも印象的な選手や競技は?

    日本の金メダルラッシュがあった柔道の中で、人口178万人(横浜市の約半分)のヨーロッパの小さな国であるコソボの女子選手2人が、それぞれ金メダルを獲りました。
    コソボにはユーゴ紛争によってつらい思いをした人たちがまだたくさんいて、その同胞たちの思いを背負って彼女たちは畳に立っていました。そして、金メダルを獲り国旗を掲げた。その姿は、国で苦しい思いをしている人たちに勇気を与えたと思うし希望の光になったはずです。
    スケートボードの選手とは対極ですが、これはこれでオリンピックのすばらしさだと感じました。

12/20
不可能を可能にしたパラアスリートたち。
  • 今大会で新たな発見や影響を受けたことは?

    この大会では、競技の実況ではなくダイジェスト番組を担当していましたが、それでもいくつか現場に取材に行くことができました。その1つがパラリンピックの競泳 混合200mリレー20ポイント(運動機能)です。
    選手には運動機能によってポイントが割り当てられていて、その合計が20ポイント以下で競うリレーです。そのレースを目の前で観て本当に心を動かされたし、人間のすごさを感じました。

  • どういうところでそう感じましたか?

    パラリンピックの世界には『失われたものを数えるな。残されたものを最大限に活かせ』という言葉があります。それを如実に表現していました。
    競泳は装具や義手などを使わないので、本当に自分に今あるものだけで戦います。よく「自分らしくあればいい」、「あなたらしさを大切に」などと言いますが、その究極がここにあると感じました。
    レース後もみんなすごく爽やかで、これがまさに多様性を尊重するということなんだろうな、と。

  • パラリンピックの魅力とは?

    日本のテニス界、スポーツ界に多大な貢献をした小泉信三さんがおっしゃった言葉に『練習は不可能を可能にす』というのがあります。パラリンピックとは関係のないところでその言葉に出会ったのですが、私はとても感銘を受けました。
    そして今回、その言葉とパラリンピックが自分の中でつながりました。
    たとえ両腕がなくても練習すれば泳げるようになる。不可能だと思えることも練習によって可能にすることができる。アスリートとしてのすごさだけでなく、人間の可能性、スポーツの意義をパラアスリートたちは体現していたと思っています。

  • そのほか取材した競技で印象的だったのは?

    車いすラグビーも一試合だけですが、生で取材させてもらいました。
    とにかく音がすごかった。車いすと車いすがガツーンとぶつかるときの音。胸から下に機能障がいがある人たちが、すごい勢いでぶつかってその衝撃にお互い耐えている。それも、日頃の練習により不可能を可能にしたのだと思いました。

  • 競技としてもとても魅力的でした。

    車いすラグビーもポイント制で、障がいによってポイントが違います。そして、障がいの重いローポインターはローポインターなりの、比較的軽いハイポインターはハイポインターなりの役割があり、それぞれの特長を生かしてチームとして戦います。
    それは、健常者の15人制のラグビーでも同じ。背の高い人や小さな人、体格のいい人や細い人がいて、それぞれが自分の良さを生かす役割があります。
    それぞれに、チームスポーツとしてのおもしろさがあるし、競技としての魅力を感じました。

12/27
スポーツの価値に新しい光を。
  • 異例の大会でしたが、それは選手たちにも影響がありましたか?

    アスリートたちが社会の一員という立場を、これまで以上に強く意識しながらこの大会に参加していたのではないかと感じました。
    世の中はコロナ禍での開催について賛否が渦巻いていました。その中で、自分たちはどういう姿を見せるべきか、どういうことを発信するべきか。そういうことを一人ひとりがそれぞれの立場で考えながら参加していた。それは、競技後のインタビューに如実に出ていたと思います。

  • インタビューでは開催への感謝の言葉も多く聞かれました。

    しかもそれが、誰かに言わされている感じがなかった。みんなが心から開催してくれたことに感謝していました。
    開催中止を求める声がまだあることを承知した上で、自分たちはアスリートとしてどういう姿勢を見せるべきかと考え、悩み葛藤しながらオリンピック・パラリンピックの場に立っていたと本当に強く感じました。



  • 選手たちの思いは観ていた人にも伝わったと思います。

    オリンピック・パラリンピック開催の意義やスポーツの価値が問われた中で、アスリートたちはそれらを存分に示してくれました。
    観ていた人はスポーツの興奮や感動に加えて、「どうしてオリンピックがあるんだろう?」、「スポーツって誰かの役に立っているのか?」ということを考えたり感じたりするきっかけになったのではないでしょうか。 異例の大会でしたが、スポーツが社会の中に存在する意義と価値を見つめなおす大会になったのではないでしょうか。

  • 3年後のパリ大会への思いを聞かせてください。

    強く思うのは、満員の観客の中で開催してほしいということ。そういう社会に1日も早くなってほしい。
    子どもたちをはじめ、多くの人たちに目の前で限界に挑戦するアスリートの姿を見てほしいし、選手たちも自分を支えてくれた家族やスタッフにそれまでの集大成を観てもらいたいはずです。 有観客で制限なしで開催できる大会になってほしいですね。心から、そう願います。



  • スポーツアナウンサーを目指す学生たちにアドバイスを。

    たとえば今回は、誰も経験したことのない異例のオリンピック・パラリンピックでした。そのときに何を感じられるか?その感じたことは何なのか?それを自分なりの感性や経験を総動員して表現するのが私たちの仕事です。
    就職のためとかではなく、学生として今しかできないことを最大限にやってほしい。そして、そこでいろいろなことを感じとって自分の引き出しにしまっておいてください。
    それが、目の前で起こっていることをどう感じて、どう考えて、どう表現するかに必ずつながってくると思います。

  • ありがとうございました。





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