NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 小田切 千

06/05
“千”の謎を持つ男。
  • 最初に名前の由来にについて教えてください。
    とても珍しい名前だと思うのですが・・・。

    じつは生まれたときに両親が付けた名前は“秀一郎”でした。長男だったし、秀才になってほしいという思いで付けた名前だと思います。それと同時に母親は、将来に備えて僕の名義で貯蓄をはじめました。昭和44年当時は世の中にキャッシュディスペンサーが出回りはじめたころで、キャッシュカードにはカタカナで“オダギリ シュウイチロウ”と入るはずなのですが、濁点も一文字になるので名前が長すぎてカードに入りきらなかった。そのとき両親は、“秀一郎”という名前は長過ぎたと思ったそうです。とはいえ、もう役所には“秀一郎”で届けを出していたので、そう簡単には変えられません。
    “秀一郎”から“千”になったのは、3歳のときです。ある日、台所に呼ばれて両親から「今日からお前は“千”だ」と言われました。それまでは、“秀ちゃん、秀ちゃん”と呼ばれていましたが、その日を境に“千ちゃん”と呼ばれるように。戸籍上は“秀一郎”のままでしたが、普段の生活では“千”になったんです。

  • えっ、では今も戸籍上は“秀一郎”ですか?

    いや、今は正真正銘、“千”です。高校受験前に戸籍上も“千”になりました。普段の生活で10年以上その名前を使っていると改名が認められるそうで、小学校の通知表や卒業証書などに“小田切千”と書かれていたので、それらを役所に持って行って晴れて“千”になりました。

    どうしてご両親は“千”と名付けたのでしょうか?

    まず、姓名判断で15画がいいとなったみたいです。すると、“小田切”ですでに12画使っているので、残されたのは3画しかない(笑)。3画の漢字はいろいろありますが、中国の小説で『千里走単騎』(のちに『単騎、千里を走る』というタイトルで映画化された)というのがあるらしく、そこから“千”をとったみたいです。
    “万”と書いて“かつ”と読むそうなので、僕に息子が生まれたとき“小田切万”はどうだろう?と妻に聞いたらグーパンチされました(笑)。

    珍しい名前なので、子どものころは
    友だちにからかわれたりしませんでしたか?

    “千切り”と呼ばれたりしていましたが、いじられたり、からかわれて、うれしく感じるタイプの子どもだったようです。元々、そういう性格だったのか、名前がそうだからそういう性格になっていったのか、そこはちょっと分からないけれど、もしかすると“千”という名前が僕の人間形成に何らかの影響を及ぼした可能性もあるかもしれません。
    すぐに覚えてもらえる名前だし、人間関係をスムーズにするのに役立つと子ども心に感じていたような気もします。
    もう47歳ですが、ステージで司会をしていると“千ちゃん”と声をかけてもらえるのはうれしいですよ。気軽に下の名前で呼んでもらえると、それだけで少し距離が縮まっている気がします。そういう意味では、名前に助けられている部分も大きいのかなと思っています。

  • 国連環境計画に関わっていた父親のかばん持ちとして
    ロンドンとデンマークへ

  • 大学時代に車で旅をしていたころの小田切アナ

06/12
今でも思い出すとグッとくる。
  • 今、担当されている『NHKのど自慢』についてですが、
    放送までにどのような流れになっているのか教えてください。

    毎週、日曜日のお昼からの生放送ですが、その週に開催される場所へ僕は金曜日から入っています。金曜日は、地元の関係者の方々と顔合わせや打ち合わせ、そして翌日の予選会に出場される250組が、それぞれどういう方なのか資料に目を通しながら予習します。
    土曜日の午前中は現地取材です。本番で放送するまちの紹介VTRで取り上げられている場所を実際に訪れて、自分が実感したことをコメントに付け加えるなどの作業ですね。

  • 番組には多いときで1000通くらいの応募ハガキが届きます。まず、そのハガキを一通一通読みながらディレクターが250組に絞ります。土曜日の午後は、その250組においでいただいて予選会を行います。ステージでは40秒から50秒ですが歌っていただき、そのあと僕が簡単にお話を伺います。その時間も40秒から50秒ですね。また別の審査室では、歌唱力を審査している人たちもいます。
    そのあと、歌の印象や、僕が話を聞いたときの印象、そのほかさまざまな要素を加味して、出場者20組を選びます。

  • それで予選会は終了ですが、選ばれた20組にはまだ残っていただいて、さらに詳細なインタビューをさせてもらいます。また、僕とは別に、事前に書いていただいたアンケートをもとに話を聞くスタッフもいます。あとは、キー合わせですね。本番ではそれぞれのみなさんにあったキーで歌っていただきます。
    そして最後に、20組の歌う順番を決めて終了です。

  • では、そのあと地元のおいしいものを食べて翌日に備えるわけですね。

    晩御飯は食べますが、宿泊先に戻って出場する20組それぞれのキャッチコピーを考えたり、インタビューでどんな話を聞くのかを考えなくてはいけないので、陽気に浮かれたりはできませんね(笑)。

  • それで、いよいよ生放送を迎えるわけですが、
    一般の方々ですからハプニングもあるのでは?

    たくさんあります(笑)。
    92歳のおばあちゃんだったのですが、鐘がなっても歌うのをやめない。普通なら僕が止めるのですが、その一途な歌い方とまっすぐな表情を見ているとどうしても止められなかった。その思いは会場のみなさんも同じだったようで、歌いきったあと、会場は拍手喝采になってとてもいいシーンになりました。おばあちゃんはどうも耳が遠くて鐘が聞こえなかったみたいですね。
    あとは、司会の僕が泣いちゃった。沖縄の高校生だったのですが、当時3年生で短大に進学することが決まっていました。彼女がお母さんのために歌ったのは『アンマー(沖縄の言葉でお母さん)』という曲。母子家庭で、お母さんが3人の子どもを苦労しながら育ててくれたのを知っていたし、大変なのに自分を短大にまで行かせてくれる。そのことに彼女はとても感謝していました。放送の前々日がお母さんの誕生日で、アルバイトして貯めたお金でお母さんに洋服とケーキをプレゼントしたそうです。そういう話をポロポロ泣きながら話してくれる。それを聞きながら僕も一緒に泣いてしましました。今も思い出すとグッときます。

    小田切家の週末は、毎週お父さんは仕事でいないから、
    お子さんは頑張っているお父さんの姿をテレビで見るという感じですか?

    まあ、僕が出ている番組は見ないですね(笑)。

06/19
黙ることの大切さ
  • 『NHKのど自慢』の予選会では毎週250組にインタビューするということは、月に1000組、1年で1万組以上と話をされている。
    そう考えると、すごいですね。

    そうですね・・・人が好きというとカッコつけ過ぎですが、人と話をするのが好きなのだと思います。1日で250組の方とお話しをするとヘロヘロになりますが、苦ではないんです。

  • あと、一般の方にインタビューしていると思わぬエピソードが飛び出してきます。あるとき高校生に「最近、うれしいことあった?」と聞いたら「あった、あった、子牛が生まれた」って。家が牧場を経営していて、仔牛が生まれる瞬間に立ち会って感動したらしいのですが、僕らの生活に照らし合わせて考えると、子牛が生まれてうれしいなんてことはまずない。どちらかというと、食べる方ですから(笑)。そういう思いもよらない話が聞けるのは楽しいことです。日々の生活の中で喜んだり、悲しんだりしたエピソードをできれば拾い上げたい。それをどれくらい深く探れるかがインタビューでの勝負です。そのためにはある程度の関係性を作らないと話してもらえないので、そこは難しい部分ではありますが、楽しいところでもあります。

  • 以前、このコーナーで小松宏司アナウンサーにインタビューしたとき、「小田切先輩は話を引き出すのがうまい。相手の言葉を引き出すために黙るんです」と言っていました。

    黙るというか、相手の表情や口元を見ているんだと思います。
    人によって話すときの表情が違います。僕の質問に対して考えているときの表情、困っているときの表情、そんな表情から口元の動きを観察しながら、もしかするとまだ話が出てくるかもしれない、また話し出すかもしないと思うと、黙ってまた話し出してくれるのを待ちます。

  • インタビュアーは間があくと不安になって、何かこっちから話しかけないといけないと思ってしまう。沈黙が怖いから、矢継ぎ早に質問してしまう。でも、それで相手がもう少し踏み込んだ話をしようとしているのに、その機会を潰している可能性もあると思います。
    人って、話をするとき、しゃべりながら自分の声を自分の耳でも聞いている。そして一通り話し終えたとき、自分の話を反すうして、今こう話したけれど、もっと違う角度から話すとこういうことかもしれない、もう一歩踏み込むと今の話はこういうことかもしれない、という発見というか気づきが浮かぶことがあります。そこで僕がすぐに、違う質問をすると、そのプラスアルファの話は聞けないままになってしまう。それは、話をしている方にとっても消化不良だろうし、インタビュアーとしてはもったいないことですよね。話終えたときの表情や口元、あるいは首の傾げ方かもしれないけれど、そういうものを観察しながら「あっ、まだ話の続きがありそうだ」と感じたら僕は黙ります。 もちろん、話の続きは何もなくて、ただ沈黙が流れただけということもありますが(笑)。

06/26
自分の笑顔で、自分も変われる。
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