NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

バックナンバー↓

インタビュー 芳川隆一

08/07
コツコツが、大好きです。
  • 小さいころは、どのような子どもだったのですか?
    やはり、おしゃべりな子どもだったのですか?

    人よりすごくおしゃべりだったかと言われると・・・それほどでもなかったような気がしますが、社交的で友だちの多い子どもではあったと思います。
    ただ、今、ふと思い出したことがあります。おそらく3歳か4歳のころだったと思いますが、家の壁に掲示板をさげたことがありました。実家の前には通学や通勤の人が多く通る道路があって、ある日、そこにハンカチが落ちているのを見つけたんです。幼いながら、ハンカチを落とした人はとても困っているに違いないと思ったのでしょうね。落とし主を探す掲示板を作って、そこに洗濯ばさみでハンカチをぶら下げました。
    何かを広く知らしめたいという思いが強い子どもだったような気がします。そういう意味では、ちょっとこじつけっぽいですが、将来アナウンサーを目指す素養はあったのかもしれませんね(笑)。

  • 高校時代には、アメリカに留学していますね。

    高校時代と大学のときと2度留学の経験がありますが、高校時代の留学が自分にとって貴重な体験になったと思います。大学生だとその大学の寄宿舎で暮らしますが、高校生は向こうのホストファミリーの家でお世話になることができます。現地の一般家庭で暮らして、現地の公立の高校に通う。ですから、その家庭、学校、そしてご近所との接点ができるので、より現地に密着した生活を楽しむことができたし、いろいろな人と触れ合うことができました。

  • マーチングバンドクラスの友人らと
    授業外でバンドを組んでいた芳川アナ

  • 最初から英語で日常会話くらいはできたのですか?

    いいえ。最初の3ヶ月間くらいは、ほとんど相手が何を言っているのか分からなかったのでつらかったです。
    でも、何を言われているのかは理解できないけど、耳に残る単語やフレーズはあります。あれ、この単語この前も出てきたな、このフレーズもよく耳にするなと思ったら、その単語やフレーズをカタカナでノートにメモしていきました。
    そして、そういえばこういう場面でよく出てくる単語だから、もしかするとこういう意味かもしれない、きっとスペルはこうじゃないだろうかと推測できるようになってはじめて辞書を引く。そういう地道な作業を続けながら、ちょっとずつ言葉を覚えていきました。
    僕、地道にコツコツやるのが大好きなんです(笑)。一気に全てを解決しようとは思わなくて、小さなところからコツコツやって、ちょっとずつ分かるようになっていく感覚がたまらなく好きなんです。そのことを誰かに話すと、決まって変わり者だと言われますが(笑)。

  • 留学の体験が、今のアナウンサーという仕事に
    役立っていることは何かありますか?

    うまく英語が話せないから、そのぶん身振りや表情で伝えようとしました。人とのコミュニケーションって、言葉がすべてではないと思います。言葉ではうまく伝えられない感情も身振りや表情を交えることで伝わることだってある。ですから、英語という言葉によるコミュニケーション手段だけでなく、表情やボディランゲージというコミュニケーション手段も学べたのは大きかったし、それは今の仕事にも役立っているのではないかなと思います。

08/14
ボロボロの学生服が、誰かの人生を語りはじめる。
  • 新人アナウンサー時代の話を聞かせてもらえますか?

    初任地の大阪放送局では、ラジオのリポートをかなりの期間やらせてもらいました。街ネタや地域ネタを紹介する5〜6分くらいのリポートですが、ネタ探しから取材、録音、制作までをほとんど1人でやっていました。ラジオという映像のない媒体で、どうやればうまく伝えることができるか?これは、とても勉強になりました。
    岡山放送局では、高校野球やサッカー中継の実況から報道まで、実にさまざまな仕事をやらせてもらいました。広島放送局では、原爆に関するラジオのドキュメンタリー番組を作ったことが印象深いですね。

  • それは、どのようなドキュメンタリー番組だったのですか?

    原爆資料館に保存されている遺品にスポットを当てたドキュメンタリー番組です。展示されているものだけでなく、多くの遺品が資料館の倉庫に眠っています。学芸員の方たちはその遺品をそのままにしておくのはもったいないと考えていて、それぞれの遺品についての情報を集めようとされていました。
    情報を集めるというのはどういうことかと言うと、たとえばボロボロになった学生服があるとします。それは、原爆の悲惨さを伝えてくれますが、そこに、それがどのような学生が着ていたもので、その人は原爆が投下されたとき何をしていたのか、家族は何人いて、将来の夢は何だったのかなどの情報が加味されると、そこに持ち主の人生が見えてきます。1着のボロボロの学生服が、誰かの人生を語りはじめるのです。
    遺品とその情報を通して、戦争や原爆の悲惨さを伝えていくドキュメンタリーを作れたのは、とてもいい経験になりました。

  • 原爆のラジオドキュメンタリーで
    賞を取ったときの授賞式での1枚

  • 取材した被爆者の
    おばあちゃんたちとの写真

  • (左)取材した被爆者のおばあちゃんたちとの写真
    (右)原爆のラジオドキュメンタリーで賞を取ったときの授賞式での1枚

  • そのドキュメンタリー番組の制作を通して
    強く印象に残っていることはありますか?

    たくさんの被爆された方にお話を聞きました。みなさん、自分たちの体験が若い人たちに届くのならと快く取材に応じてくれるのですか、話してくれているとき、多くの人たちが途中で休憩させてくれとおっしゃいました。被爆体験を語ることは体力を使うことだし、当時のことを思い出すことで心も疲弊するのです。言ってみれば、命を削って僕に話してくれている。その言葉の一つ一つを僕は全身全霊を傾けて聞かなければいけないと痛感しました。次に会う約束をしていたのに、その間に亡くなられた方もいらっしゃいました。
    その方に出会えたこと、そして話を聞かせてもらえたことは、とても貴重なことなのです。そして、これはすべてのインタビューでも言えることだと思っています。

08/21
この番組のゲストは、視聴者の代表です。
  • 現在担当されている『これでわかった!世界のいま』で、
    心がけていることは何ですか?

    海外のニュースを理解するには、その国の歴史などを知らないと理解できないこともたくさんあります。ですから、『これでわかった!世界のいま』では、それぞれの国の時代背景を含めて、どれだけ分かりやすくお伝えできるかに全力を注いでいます。
    そのために僕たちが大切にしているのが、ゲストの方とのやりとりです。ゲストには、レギュラーの坂下千里子さんと週替わりのゲストの方がいらっしゃいます。お2人にはその日のテーマはお伝えしますが、具体的な内容については伝えていません。つまり、テレビの前の視聴者の方と同じ感覚で番組に参加してもらっているのです。

  • ニュースは僕と国際部の記者と2人で伝えていきますが、僕は番組を進行しながらゲストの方の反応や表情を注意深く観察するようにしています。少しでもゲストの方たちが首をかしげたり、不安そうな表情をされたら、どこが分からないのかを聞くようにしているし、ゲストの方たちにも少しでも分からないことがあったらどしどし疑問をぶつけほしいとお願いしています。

  • 生放送で予想外の質問が次々に飛び出すと、
    番組を進行するのが大変ではないですか?

    僕は2017年の4月からこの番組を担当させてもらっていますが、最初の2ヶ月間は生放送の時間内に決められた内容をすべて伝えることに意識の9割を使っていました。でもそのあとは、予定していた内容をすべて伝えることよりも、ゲストの方たちの疑問を優先するようになりました。時間内にすべての内容を伝えることより、視聴者の代表であるゲストの分からないことを解決していくことのほうが大切だと意識が変わったんです。
    現に、4月と5月の2ヶ月間と、6月以降を比べると、ゲストの方とのやりとりの時間が圧倒的に増えています。ゲストの方たちの疑問を解消してスッキリしてもらわない限り次には進まないようにしています。ゲストの方は僕たちにとって、テレビの前の視聴者でもあるのです。

    そのほかに、番組ではどんなところに注目して欲しいですか?

    毎回、ニュースをより分かりやすくするために、いろいろな仕掛けや装置を作ってもらっています。今の時代、CGを使えばいいという声もありますが、番組ではあくまでもアナログにこだわっています(笑)。CGだと、映像の中の世界になってしまいますが、実際に模型などを作れば、それに触ることができるし、自分たちの手で動かしながら説明することもできます。

  • たまに、うまく動かなかったり、ぎこちない動きになってしまったりすることもありますが、それも含めてこの番組の良さだと思っています。ですから、番組に登場する装置や大道具にも注目してほしいですね。
    あと、これは毎週ではないですが、セットの黒板に描いてある絵にも注目してください。チョークで黒板に絵を描く黒板アート、これは本当にクオリティが高くて僕も毎回驚かされています。でも、放送ではあまり映らなかったりするので、そのときは写真を撮って番組のブログで紹介するようにしていますので、こちらもぜひチェックしてみてください。

  • 『これでわかった!世界のいま』のブログはこちら↓
    http://www.nhk.or.jp/sekaima-blog/

08/28
今も、コツコツやっています。
  • 今後やってみたいことはありますか?

    入局当時からずっと海外のニュース番組を担当したいと思っていたので、今『これでわかった!世界のいま』を担当させてもらって本当にうれしく思っています。
    そのほかで何か挑戦するとしたら、国際放送の英語の番組です。英語で日本の食やお祭りなどを紹介したりする番組をやってみたい。実は、通訳案内士という資格を5年ほど前に取得しました。通訳案内士の試験には、英語だけでなく日本史や地理、一般常識の科目もあります。つまり、英語で案内するだけでなく、いかに海外の人たちに日本の文化や歴史を伝えることができるかが求められています。その資格を生かすためにも、日本の文化や歴史を英語で伝える国際放送の番組を担当してみたいですね。
    あと、これはずっと先の話なのですが、海外で日本語の先生になりたいという夢があります。おじいちゃんになってからかもしれませんが、どこでもいいので海外に行って、現地で日本語を教えられたら最高ですね。

  • プライベートでは今やっていること、
    何かやってみたいことはありますか?

    韓国語と中国語の勉強をしています。まだまだ、うまくしゃべることができる段階まではたどり着いていませんが、今もコツコツやっています(笑)。昔から、言葉というか言語が好きなんです。

  • 語学の学校に通っているのですか?

    いや、参考書を使って独学です。日本に留学していた韓国や中国の友人たちが多くいるので、たまに話をさせてもらっています。

  • では最後に、大切にしている座右の銘や、
    誰かから言われて心に残っている言葉があれば教えてください。

    少年野球をやっていた小学生のころに監督に言われた言葉です。
    「練習しているときは、自分が一番下手だと思ってやれ、試合になったら自分が一番うまいと思ってやれ!」と言われたのが、ずっと心に残っています。中学、高校、大学、そしてアナウンサーになった今も、ことあるごとに思い出します。
    下準備をしている段階では、自分が一番知らないのだと思い、本番がはじまったら自分が一番詳しいのだと思う。いろいろなことに応用できる言葉だと思っています。

  • ありがとうございました。韓国語と中国語、コツコツ頑張ってください。

ページトップへ↑