NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 牛田茉友

誰かの人生の一歩のために。
01/08
どうしてもアナウンサーになる夢は
捨てられなかった。
  • 小さいころはどのような子どもでしたか?

    今の私からすると信じられないのですが、小さいころは活発で目立ちたがり屋だったそうです。法事などで親戚の人たちが集まると、勝手にみんなの前で歌うような子だったと母から聞いたことがあります。

  • 学生時代は何か部活動はやっていましたか?

    中学校と高校は、文化系とスポーツ系の部活を兼部できる学校だったので、合唱部とテニス部に入っていました。
    テニスは大学に入っても趣味で続けていましたが、サッカー観戦が好きだったこともあり、大学ではサッカー部のマネージャーをやっていました。サークルではなく本格的な部活だったので、仕事はかなりハードでした(笑)。練習の手伝いから、合宿のときは洗濯もやっていたし、本当に何から何までやるという感じでした。

  • アナウンサーになりたいと思ったのはいつごろからですか?

    高校生のときにアナウンサーという仕事を意識するようになりました。でもそのときはまだ、夢や憧れみたいなものでした。どうすればアナウンサーになれるのかも分からなかったので・・・。
    だから、大学進学のときは、父が薬剤師で、自分自身も医療に興味があったので、医学部を選びました。当時は臨床検査技師を目指していました。
    でも、就職活動を目前に控えて、「アナウンサーになりたい」という夢をどうしても捨てることができませんでした。そこで、中途半端に目指しても決して受からないと思ったので、大学3年生のときに悔いのないようにしっかり準備をして、NHKを受けてみようと思ったのです。

  • どうしてNHKに入りたいと思ったのですか?

    わが家のテレビはNHKしか映らないんじゃないかと思うほど、父がいつもNHKばかり見ていました。中学や高校のとき、友だちが民放のドラマやアイドルのことを話していても、私にはさっぱりわかりませんでした。夕食時は必ず『ニュース7』だったし、友だちがドラマを見ている時間、わが家は『プロジェクトX』でしたから(笑)。

    ところで、臨床検査技師の資格も取得したんですよね。

    NHKから内定をもらえたのですが、せっかく頑張ってきたのだから、最後までちゃんと勉強して国家試験を受けようと思ったんです。
    アナウンサーになれなかったらきっと今は、臨床検査技師として医療の現場で働いていたと思います。

01/15
アナウンサーは「ふだん」が大切。
  • どんな新人アナウンサーでしたか?

    初任地は山口放送局でした。6月に赴任して、関西出身の私はいつもアクセント辞典を持ち歩いて、原稿を読むときには、正しいアクセントを調べていました。

    正しいアクセントは身につきましたか?

    いまだに苦労しています(笑)。自分が正しいと思い込んでいるのが一番怖いですね。動詞や形容詞は直しやすのですが、いつも辞典を引いています。
    アナウンサーの面接を受けているときも、関西弁の自分にコンプレックスを感じていました。でも、私が通っていたNHKアナウンサーが講師を勤めるCTI(日本語センター)のセミナーで「NHKでは標準語とは言わず共通語と言います。私たちが使っているのは共通語ですが、同時にそれぞれの地方のことばも大事にするべきだと考えています」と聞いて何だか救われたような気持ちになりました。
    もちろん、アナウンサーとして共通語をしゃべれるようにいつも意識していますが、自分が生まれ育った土地のことばにコンプレックスを感じる必要はないのだと思いました。

  • 当時の思い出を聞かせてください。

    6月に赴任して、ラジオの5分枠のニュースを1回放送した後、7月に夜8時45分から15分間のテレビニュースを担当することになりました。このとき、隣に先輩がついてくれたのですが、ご迷惑おかけしました。
    その頃は、原稿を間違えずに読むことだけに必死になって、どうすればそのニュースがしっかり伝わるかまでは考える余裕がなかったと思います。
    そんな私を見かねて、ニュースデスクが「君が読んでいるニュース原稿は、それぞれの記者が汗水たらして取材して書いているんだ。そのことを忘れるな!」と言ったのです。原稿に託されたものを“伝える”ことの責任を感じた瞬間でした。この言葉は、今でも大切にしています。

  • 特に印象に残っているのはどんなニュースですか?

    私がテレビのニュースを担当するようになって半月くらい経ったころに、山口県でたくさんの方が犠牲になった大きな土砂災害が起きました。そのとき、先輩たちはみんな現場の中継に出て行ったので、スタジオは私が担当することになりました。まだ未熟なのに、事前に目を通すことができないニュース原稿が次々に入ってきて、必死に伝えました。
    山口局でのこの報道は、新人の私にとって大きな衝撃でしたが、今につながる貴重な経験をさせていただいたと思っています。

  • 今も大切にしている
    先輩アナウンサーからのアドバイスはありますか?

    「ふだん」を大切にしなさい、と。大先輩の小野塚康之アナウンサーに「ふだんのしゃべりが、そのまま放送に出ます。だから、日常と仕事を切り離して考えてはいけません」と言われました。ニュースを読むときも、インタビューをするときも、ふだんのしゃべりが必ずどこかに出てしまう。放送でいきなりちゃんとしゃべろうとしてもそれは無理だと。大切なのは「ふだん」だと教えていただきました。山口放送局にいるときも、次の京都放送局にいるときも、お会いするたびに小野塚さんには貴重なアドバイスをたくさんいただきました。
    ですから、今でも小野塚さんにお会いすると背筋がピーンと伸びます(笑)。

01/22
気持ちいい高揚感を、テレビの前のみなさんにも。
  • 担当している『チョイス@病気になったとき』は
    どのような番組ですか?

    ご一緒させていただいている八嶋智人さんも大和田美帆さんも、番組で毎回取り上げるテーマを自分のことのように、楽しく分かりやすくお話しするので気軽に見ていただける健康番組だと思います。
    病気になったときの、または病気にならないための、知識や情報をお届けしています。お年寄りだけでなく若い方にもぜひ見ていただきたいですね。
    たとえば、正しい靴ひもの結び方で、外反ぼしや足底腱膜炎になりにくくすることができるんです。スニーカーのひもを結ぶとき、足を地面に置いたまま結ぶ人が多いと思いますが、かかとをそろえた状態できつくひもを結ぶ方がいいんです。靴の中で足の裏がアーチをつくることが大事なんです。外反ぼしが痛いからと、ひもをゆるく結ぶのは逆によくありません。若いころからこれを知っているのと知らないのでは、10年後、20年後に大きく違ってくると思います。
    番組では深刻な病気も扱いますが、日ごろの生活に役立つちょっとしたヒントもたくさんご紹介していますので、幅広い世代の方々にぜひご覧いただきたいと思っています。

  • 高橋克典さんと出演している
    『ららら♪クラシック』について教えてください。

    クラシック音楽は、難しいと苦手意識を持っている方もいるかもしれませんが、『ららら♪クラシック』はそういう方にもぜひ見ていただきたい番組です。司会の高橋克典さんは、お父さまが音楽の先生で、お母さまが声楽家で、子どものころからずっと家にはクラシック音楽が流れていたそうです。その反動で「クラシックは嫌いだ!」とロックに夢中になったそうです。ですが、40歳を過ぎて「クラシックもいいな」と思いはじめたときに、ちょうどこの番組の司会をすることになったとおっしゃっていました。クラシック音楽のベースとなる知識はお持ちでしたが、すごく詳しいわけではない。そんな高橋さんが、クラシック音楽を分かりやすく紹介してくれます。

  • 番組では、難しい音楽の話をするのではなく、たとえばそれを作曲した人の人生や人間味がかいま見えるようなお話もたくさん出てきます。たとえば、ショパンはどういう人だったのか知って、彼の作曲した音楽を聴くとまた違った感じで聴こえてくると思います。
    クラシック音楽について何の予備知識がなくても楽しんでいただける番組になっています。私はこの番組の収録があった日は、気分が高揚してとてもいい気持ちになれます。そんな高揚感をテレビの前のみなさんにもお届けできればと思っています。

  • 『日曜討論』では、勉強することがたくさんあるのでは?

    『日曜討論』を担当するようになって、政治・経済を改めて勉強し直しています。
    長年、国会中継を担当している兼清麻美アナウンサーからは「新聞はとりあえず一紙を追いかけて、このニュースはちょっと気になるなと思ったら、ほかの新聞も読んでみる。そうするとしだいに知識が増えていくよ」とアドバイスをいただいたので、今はそれを実行しています。
    今年の7月から担当しはじめて、今は政治や経済のおもしろさが分かりはじめてきたところです。でも、まだまだですね。少しずつ知識を増やしながら、いつかは解説委員の島田敏男さんや太田真嗣さんと対等に話ができようになりたいという大きな野望を抱いています(笑)。

01/29
報道番組でも、情報番組でも、ステージの仕事でも。
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