NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 雨宮萌果

型にはまらない表現者でありたい。
03/05
高座名は、富士見亭百花です。
  • 子どものころの話を聞かせてください。

    小学校の低学年までは「長女なので、しっかりしなきゃ」と思っていたのですが、徐々に自分は“しっかり者”ではなく“おちゃらけ者”だと実感するようになりました(笑)。関西の出身なので、テレビではお笑い番組をよく見ていたし、それを妹と2人で再現するのが大好きでした。とにかく、じっとしていられない子どもでした。

    ダンスが趣味だそうですが、それはいつごろからですか?

    高校でダンス部に入りました。中学生のときに、その高校の学園祭でダンス部のパフォーマンスを見て「カッコいい!」と感動したのがきっかけです。クラシックバレエも8年くらい習っていましたし、踊ることで何かを表現することが好きだったんですね。

  • ダンスは大学生になっても続けましたか?

    ステージで何かを表現するところは同じなのですが、大学ではお笑いをやってみたくて・・・(笑)。最初はお笑いサークルに入部しようと思っていたんですが、落語研究会の先輩に勧誘されて「落語もいいかも」と。落語研究会の勧誘ポスターに「自分を表現できる」、「就職活動に有利」と書いてあって、それって本当かなと多少疑いながらもおもしろそうだなと思って入りました。
    落語研究会に入ると高座名は先輩がつけてくれるのですが、女子部員は私を含めて確か2人しかいなくて、先輩も女子の扱いに慣れていないようで、「高座名は自分で勝手に決めて」と言われました。勝手に決めてと言われても、どんな名前をつけていいかまったく分からなかったので「先輩、もし、私に名前をつけるとしたら、何にしますか?」と聞いたら、ちょっと考えて「キテーハロー」と言われたので、これは自分で考えたほうがいいなと思い「百花」という名前にしました(笑)。「百花りょう乱」という言葉からとりました。屋号には決まりがあって、1年生と2年生が「田町家」で、3年生からは「富士見亭」です。

  • 落語は上達しましたか?

    私が落語を始めたころに、NHK連続テレビ小説で『ちりとてちん』というヒロインが落語家を目指すドラマがはじまって、その舞台になっている福井県で「女性落語大会」が開催されました。そこで、参加してみたら、優秀賞をいただけました。

    落語家になろうとは思わなかったのですか?

    いえいえ、私より上手い女性はたくさんいらしたので、落語の世界で生きていくなんて・・・考えられませんでした。そんな無謀なことは、とても、とてもです(笑)。

  • 大学時代に落語研究会にいたことで、
    いま、役立っていることはありますか?

    春休みや夏休みには全国に慰問に行きました。老人ホームなどで落語をやるのですが、おもしろいときには心から笑ってくれますが、つまらないと思われたらそっぽを向かれてしまいます。慰問先では、反応がダイレクトに返ってくる生きた空間を体感することができました。
    その生きた空間というのはスタジオも同じだと思います。たとえば、『あさイチ』ではそのスタジオにいる司会やゲストの方々の反応を見て、どう切り返していこうか、どう展開していこうかとその場で考えて対応していかなければなりません。それは、落語研究会で自分がやってきたこととリンクするところがあると思います。

03/12
自分を狭めるのも、広げるのも自分。
  • アナウンサーになろうと思ったきっかけを教えてください。

    子どものころからテレビが好きだったので、ずっとテレビ業界に就職したいと思っていました。大学生のころは民放のテレビ局でアルバイトをしながら、業界の内部を垣間見たりしていました。そこで、いろいろな職種があることを知ったのですが、その中で私が最も興味を持ったのはディレクターという仕事でした。
    これまでの自分はどんなことに興味があったのか思い返したとき、ダンスも落語もそうですが「私は何かを表現することが好きなんだ」と気づきました。それで、自分のアイデアや企画を番組として表現するディレクターになりたいと考えるようになりました。
    でも、OB訪問でたまたまNHKのディレクターに話を聞ける機会があって、そのとき「NHKのアナウンサーなら、番組を企画することもできるし、伝え手として表現することもできるよ」と教えていただきました。もしかするとそれは私にピッタリの職種かも?とは思いましたが、自分がアナウンサーになれるとはなかなか思えなくて・・・。
    それで、ほかの局はディレクター志望で受けたのですが、悩みに悩んだ末NHKだけアナウンサー志望で受けて、奇跡的に受かりました(笑)。

  • アナウンサーになったばかりのころはどうでしたか?

    最初は、自分で自分を狭めてしまって・・・。

    それは、どういうことですか?

    自分の制作意欲と表現をドッキングさせたアナウンサーになりたいと思っていたのに、知らないうちに「アナウンサーとはこうあるべき」という型に自分をはめようとして、どんどん自分の行動範囲や表現の幅を狭めてしまったんです。息苦しいというか、窮屈というか、いま思い返すと勝手に萎縮していたような気がします。「あれをやってはダメだろう」、「これをやるのは良くないことだろう」と、そんな考え方にとらわれていたのだと思います。

  • どう乗り越えたんですか?

    沖縄局から福岡局に転勤して、ロケをする番組を数多く担当するようになりました。その中で「ここまでやっても大丈夫なんだ」というのを自らの経験を通して学ぶことができました。そして、「ここまでやっても大丈夫」というのが徐々に増えてきて、「よし、だったらもっとチャレンジしてみよう!」という意欲が出てきて仕事がどんどん楽しくなったし、自信も少しずつ持てるようになりました。
    私のチャレンジを受け止めてくださった先輩アナウンサーや番組スタッフ、そして福岡の視聴者のみなさんのおかげだと感謝しています。

    アナウンサーとして影響を受けた人はいますか?

    もちろん基本的なこと、技術的なことは先輩アナウンサーから学ぶのですが、私は番組でご一緒させていただいたタレントの方から多くのことを勉強させてもらっています。
    何をどう表現すればおもしろく伝わるのか?そういうことを放送の現場で学んでいるんです。どこにも書かれていないけど、アナウンサーとして大切なことがそこにはあると思っています。

03/19
アナウンサーは十人十色。
  • ラジオ番組の『サンドウィッチマンの天使のつくり笑い』を
    紹介してください

    “笑いは世界を救う”がコンセプトの番組で、サンドウィッチマンのお二人と一緒に司会をさせていただいています。今をときめく芸人さん2組をお迎えしてのトークや、オーディションで発掘した若手芸人さんのネタバトルや大喜利、そして、リスナーが投稿したネタを紹介したり、質問や悩みに笑いを交えながら答えたりしています。

  • 前回、一緒に仕事をしているタレントの方から
    学ぶことも多いという話がありましたが、
    サンドウィッチマンさんから学んだことは?

    “間”ですね。サンドウィッチマンさんは笑いの“間”が秀逸なんです。ボケるにしろ、突っ込むにしろ、お二人とも絶妙な“間”をお持ちです。その生きた“間”を習得することは、アナウンサーにも必要だと思います。たとえば、司会をしていると番組の進行のために、ゲストの方々が話しているときに割り込んでいかなければならないこともあります。トークに入っていくタイミングはとても難しいことです。ひと呼吸“間”が早かったり、遅かったりするだけでその場の雰囲気がガラリと変わってしまいます。話をしている方々を観察しながら、絶妙な“間”で入っていくことがベストです。番組を台本通りに進めることも大切ですが、出演者やリスナーのみなさんに番組を心地よく、分かりやすく楽しんでいただくためには“間”がとても大切だと思います。これはテレビにも言えることです。
    そういう“間”をサンドウィッチマンのお二人から勉強させていただいています。

  • ラジオ番組では、『アナウンサーのディープな夜』も担当しています。

    この番組は、毎回、テーマを決めて、その分野に精通しているNHKのアナウンサーを全国から3人厳選して、ゲストや専門家の方々と熱く語り合ってもらっています。テレビと違って映像がないぶん、生の会話をより楽しんでいただけると思っています。
    放送では、毎回登場する3人のアナウンサーのディープなこだわりが伝わればいいなと思いながら、「ますだおかだ」の増田英彦さんと司会を担当しています。あと、リスナーのみなさんに「アナウンサーといっても本当にいろいろな個性の持ち主がいるんだな」と知っていただけるとうれしいです。

  • ほかにも「あさイチ」を担当するなど、忙しい毎日だと思いますが、
    休みの日はどう過ごしていますか?

    妹と一緒にマイケル・ジャクソンの曲をかけて、ダンスをしながら洗濯しています(笑)。日々の家事をいかに楽しくするかを追求しているんです。あとは、落語や舞台や映画にもよく行きます。
    でも、妹とダンスをしながら家事をするのがやはり一番の息抜きですね(笑)。

03/26
人を楽しませるのもアナウンサーの仕事。
  • 現在、担当している『あさイチ』は、
    雨宮さんにとってどんな番組ですか?

    アナウンサーになる前から思っていた「表現者でありながら、作り手でもありたい」という夢を叶えてくれているのが『あさイチ』です。取材はディレクターが中心になりますが、それをどう伝えるかはリポーターである私の役割です。 私は紹介するテーマをいかに自分の中で理解し落とし込むかを大切にしています。
    司会の有働由美子アナウンサーと井ノ原快彦さん、そしてゲストの方からどんな質問が飛んでくるのか分かりません。どんなことを聞かれても答えられるようにしておくのはもちろん、そのやりとりをいかにおもしろくするかも求められているので、本当にやりがいのある仕事だと思っています。
    また、ロケ、編集、そしてスタジオでのプレゼンテーションの仕方をみんなと一緒に考えることは勉強になるし、楽しいですね。

  • リポーターとして心がけていることは何ですか?

    恐れることなく、自分らしい表現に果敢に挑戦していきたいと考えています。『あさイチ』でも、もっともっとおもしろいものを提供していきたいですね。

  • 「あさイチ」を担当していて心に残っていることはありますか?

    忘れられない言葉があります。先輩の有働アナウンサーから言われた「アナウンサーはプロになるべきだ」という言葉です。私は「プロになるってどういうことだろう?」、「プロって何だろう?」と思って・・・すると「それは、人を楽しませることだ」と教えてくださいました。
    有働さんは、 常に視聴者のみなさん、スタジオにいる人たちを楽しませようとしているんです。ちょっとしたアクシンデントや予想外のことが本番中に起きても、それを逆手にとって周りを楽しませてしまう。表現者として型にはまらないというか、予想外の状況になってもまず自分がそれを楽しむことで、番組を見てくださる方や周りにいる人を楽しませてしまう。それは、決して簡単なことではないと思います。
    アナウンサーとして、 情報を過不足なく伝えることはもちろん、もっと視野を広げて、その場の空気を感じながら人を楽しませることができるようになりたいです。
    先日、有働さんに「アナウンサーはプロになるべきだ、という言葉がすごく心に響きました」と伝えたら、「あら、私、そんなこと言ったかしら」という返事か返ってきました(笑)。
    照れ隠しなのか、本当に忘れてしまったのか・・・それは私には分かりません。

  • ありがとうございました。

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