NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 三條雅幸

声なき声を大切にしたい。
04/02
さまざまな考え方や価値観の橋渡しを。
  • 小学校のころはオランダで暮らしていたそうですね?

    父親の仕事の関係で、幼稚園から小学校を卒業するまでアムステルダムの隣のアムステルフェーンという町に住んでいました。幼稚園では、クラスに日本人が僕だけだったので最初はなかなか馴染めなかったけど、そのうちに楽しくなりました。小学校は日本人学校だったので、まったく問題なかったです。

    オランダでの一番の思い出は何ですか?

    現地のサッカーチームに入っていたことです。オランダ人と一緒にプレーしていたのですが、僕が住んでいた地域は日本人が多かったので、小学6年生の時にはクラブ内に日本人だけのチームが作られました。

  • オランダはサッカーの強豪国ですが、
    三條さんたちの日本人チームは強かったのですか?

    それが、とても強かった(笑)。クラブの練習は週に1日か2日で、毎週土曜日には試合がありました。その他にも、チームメイトとは学校の休み時間にも集まってサッカーをしていました。チームワークも連携プレーも良かったため強かったですね。

    オランダで暮らしていたことが、
    今の自分に影響していると思うことはありますか?

    オランダには、いろいろなルーツを持つ人たちが集まっているので、さまざまな考え方や価値観を持った人がいました。幼少期に、そういう環境の中で育ったので、自分とは異なる考え方や価値観の人がいても「うん、そういう考え方もあるよね」とすんなり受け入れられる柔軟性が養われたのではないかと思います。
    また、周りは外国人ばかりだった、というより自分が外国人という環境で生活したので(笑)、街角インタビューなどで海外の人に突然出会っても、焦ったり臆することはあまりないですね。

  • アナウンサーになりたいと思ったきっかけを教えてください。

    大学の3年生になって、そろそろ就職活動をはじめようというころに友だちから「お前は話しかけやすいから、インタビューとかするアナウンサーに向いているんじゃないか」と言われたのがきっかけでした。そしてそのとき、子どものころテレビの仕事に憧れていたのを思い出しました。オランダにいたとき、衛星放送で流れてくる日本のテレビ番組をよく見ていて、テレビに関する仕事ができればいいなと漠然と思っていたのです。
    先ほど、オランダでいろいろな考え方や価値観を持っている人たちの中で育ったという話をしましたが、もしかするとそういう異なる考え方や価値観を結びつけたり、橋渡しをしたりすることが自分にはできるのではないかと考えました。

    アナウンサーを目指している人に何かアドバイスをするとすれば?

    今、自分が好きなことを極めてください、ということです。きっとそれが、アナウンサーになったときに、ほかの人にはない武器になると思うので。アナウンスの技術的なことは研修で教えてもらえるし、配属先の先輩も教えてくれるので、何か自分にしかない、特技や興味を持っていることのほうが大事だと思います。

04/09
そのニュースの本質を見極めるために。
  • 実際にアナウンサーになって、どうでしたか?

    最初に赴任したのは名古屋局でしたが、そこでは新人ながらさまざまなチャレンジをさせてもらいました。

    その中で特に印象に残っていることは何ですか?

    戦後60年という節目で戦争体験者にインタビューをするという企画があって、僕は、空襲で目の前でお母さんを亡くしたというおばあちゃんにインタビューさせてもらいました。とはいえ、新人だったので話をうまく聞けなくて、最初3時間くらい話を聞きましたが、それでも後から後から聞き足りないことが出てきて、申し訳ないなと思いながらも何度も、何度も話を聞きに行きました。そのたびに、おばあちゃんは嫌な顔一つ見せず僕のインタビューに答えてくれました。
    そして放送後「いろいろ聞いてもらったことで、自分の気持ちの整理がつきました。今まで言葉にしたかったけれどできなかったことが、今回の取材を通して言葉にできたような気がします」と言ってくれました。下手なインタビューだったと思いますが、少しでもその方の役に立てたのがうれしかった。今もおばあちゃんとは連絡を取り合っているし、あのときのインタビューは僕の原点になっています。

  • そのほかに、今の自分を育ててくれた仕事はありますか?

    『おはよう日本』を担当する前は、『ニュースウオッチ9』のリポーターを担当していました。そのころは、事件、事故、災害など突発的なニュースがあれば何処へでも行く、言わば24時間365日、臨戦態勢でした。最初のうちは「現場に行って自分は何ができるんだろう?」と不安でしたが、経験を重ねていくうちに、そのニュースの肝や本質を少しずつつかめるようになっていきました。報道に携わっている身としては、それは大切なことだと思っています。

  • 現場に行ったときに大切にしていることは何ですか?

    観察することです。特にそこにいる人を僕は観察します。現場の状況を見ることはもちろん大事ですが、そこにいる人をよく見るようにします。
    たとえば、2015年に起こった鬼怒川の堤防が決壊した関東東北豪雨。あのとき、電柱につかまって救助を待っていた男性がヘリコプターで救助される様子がテレビに映し出されていました。空からの映像でその男性の顔まではよく分からなかったのですが、僕はその方のことがすごく気になっていました。
    そして、ヘリで救助された人たちが集まる避難所に行って周りの人たちを観察していると、足のスネだけが傷だらけの人が避難してきました。「もしかして!」と思ったんです。足だけ水に浸かっていたから、流されてくる木片などでスネをケガしているのではないか?大勢が避難してくる中で報道関係者は誰も話しかけていなかったのですが、僕が声をかけてみると、やはり電柱につかまって助けを待っていた男性、ご本人で、貴重な話を聞かせていただけました。
    そういう経験もあり、現場では災害や事件の状況だけでなく、そこにいる人を観察するようにしています。
    また、人の表情を見ていると「この人、何かを言いたそうだな」と何となく感じることがあります。そして話しかけてみると、一気に溜め込んでいた思いがあふれ出る。その、声にしたかったけど、できなかった人の声に耳を傾けることは、リポーターとして大切なことだと思います。

04/16
声を上げられない人の声を聞く。
  • 現在担当している『おはよう日本』で心がけていることは?

    僕が担当しているのは朝の6時から8時までですが、番組を見ていただければ、昨日がどんな1日だったのか、今日がどういう1日になるのか分かっていただけるように心がけています。

  • 生放送中に新しいニュースが入ってくることもあると思いますが・・・。

    たとえば、番組放送中に北朝鮮から発射されたミサイルが日本の上空を通過して、太平洋上に落下したことが去年2回ありました。そのときはJアラートを通じて緊急情報が発表されました。『おはよう日本』内の約束事で、Jアラートを通じて緊急情報が発表された場合は僕が対応することになっていますので、高瀬耕造アナウンサーが「北朝鮮からのミサイルに関する情報が入ってきました」と伝えている間に準備して、そのあとを引き取りました。

    準備と言っても、できることは限られていると思いますが?

    ですから、ふだんからの準備が大切なんです。もし、緊急事態が起こったら、何を優先して伝えるか、担当記者にどのような質問をするか?専門家と電話が繋がったら何を聞くのが適切か?冷静に対応できるようにそういうことを常に考えて準備しています。

  • 『おはよう日本』に限らず、
    アナウンサーとして大切にしていることは何かありますか?

    アナウンサーの仕事で大切なのは、信頼です。それは、視聴者の方に対してはもちろんですが、一緒に仕事をする仲間に対してもそうです。一般的に使う表現ではないかもしれませんが、自分の中に響いたある先輩の言葉があります。それは、「薄い布を一枚一枚重ねていくように、一つ一つの仕事を丁寧にやっていくことが大切だよ」という言葉です。「一つ一つの仕事を丁寧にやっていくことが大切」というのはよく聞いていましたが、「薄い布を一枚、一枚重ねていくように」という表現に、「まさに、そうだな」と。テレビの前のみなさんからの、共に働いている仲間たちからの、信頼を少しずつでも積み重ねていきたいと思っています。

    アナウンサーという仕事の
    やりがいはどんなところにありますか?

    自分の言いたいことを大声で言える人もいますが、その一方で、言いたいことはあるけれど言葉にできない人、声を上げられない人もたくさんいると思います。そういう人たちの思いを少しでもくみ取って社会に伝える。そしてそのことで、その人たちが、少しでも前向きな気持ちになる、一歩踏み出すための力添えができれば、アナウンサーとしてのやりがいを感じることができるのではないでしょうか。 以前、インタビューをした方に「あなたと話していて自分の中にこういう気持ちがあったことに気づいたよ。ありがとう」と言っていただいたことがありました。そんなときは、アナウンサーになって良かったなと思えるし、やりがいも感じます。でも、まだまだですね。

04/23
「CanよりDoだ!」
  • 休日はどのように過ごしていますか?
    また、趣味や好きなことがあれば教えてください。

    Jリーグが好きなので、テレビ観戦だけでなく、たまにスタジアムに行くこともあります。一時期、ランニングをしていたこともありましたが、長続きしませんでした(笑)。
    今は『おはよう日本』を担当しているので、朝の2時半に起きて3時には家を出るという生活が続いていて、土日も寝るのが早くてだいたい夜の8時には眠たくなってしまいます。たまに土曜日の夜に友人と食事に行ったりしますが、10時が限界です(笑)。もう眠くて、眠くて・・・。
    あと、好きなのは藤井フミヤさんの曲を聴くことと甘いものです。甘党なので、「おはよう日本」のスタッフが出張帰りにお土産でお菓子を買ってきてくれることがあって、それが本当にありがたいです。「ありがとうございます。いただきます!」と、いつもおいしくいただいています(笑)。

  • これから、やってみたい仕事は?

    引き続き報道の仕事に携われたらいいなと思っています。地方局にいたときも、東京に来てからも比較的報道の仕事が多かったので、まだまだこの道を極めてみたいですね。やれば、やるほど奥深さを感じるし、自分はまだまだまだと思っていますから。
    事件、事故、災害があったとき、声なき声をくみ取りながら、弱い立場の人に寄り添いながらその事件や災害の本質を伝えていきたいと思っています。

  • 他には何かありませんか?

    オランダで暮らしていたころから、ずっと『紅白歌合戦』を家族で楽しんでいました。当時、オランダでは年が明けてから放送があったのですが、その日は家族みんなで「今日は、紅白だ!」と盛り上がっていました。ちなみに、家には1987年からの『紅白歌合戦』のビデオが全部そろっています(笑)。
    ですから、『紅白歌合戦』に関わる仕事もやってみたいです。

  • 『紅白歌合戦』の前半と後半の間にはニュースが入りますよね?

    それは、ぜひ、やってみたいです!今一番近くにいる高瀬アナウンサーが担当していたので、いろいろと話を聞きました。いつでもできるように準備はしているので、あとは声がかかるのを待つだけです(笑)。

  • 最後に、三條さんが今、最も大切にしていることを教えてください。

    少し前に言われて印象に残っているのが、「CanよりDoだ」という言葉です。出来る、出来ないを考えるより、まずやってみようということです。考える前にまずやってみろ、飛び込んで行け!と。これは、仕事だけでなく自分の人生の背骨にしていきたいと思っています。

    ありがとうございました。

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