NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 伊藤海彦

現場の声を伝えたい。
08/06
高校球児でした。
  • 子どものころ、夢中になっていたことはありますか?

    野球です。朝から晩まで野球のことばかり考えていた子供でした。
    高校時代には、ピッチャーとして、1年生のころから試合に出してもらっていました。2年生の春の千葉県大会準々決勝、銚子商業戦では、9回1アウトまでノーヒットノーラン。次の打者にヒットを打たれましたが、9回と10回も0点で抑えました。しかし、残念ながら、延長11回、1アウト1塁で相手チームの4番バッターに長打を打たれ、その年の春は千葉県のベスト8で終わりました。最も記憶に残っている試合ですね。

  • 当時はどんな生活を送っていましたか?

    野球のためだけの生活を送っていました。
    高校の野球部に「カロリーは米で補う」という考えの栄養士の方が来てくださって、その指導を受けて、とにかくお米を食べました。高校におにぎりをもって行って、1時間目の授業が終わると2個、2時間目の後も2個、3時間目が終わっても2個。そして昼休みには弁当プラスおにぎり2個という毎日でした(笑)。1日におよそ4,500キロカロリー摂っていたと思います。
    ただ、そのぶん体も動かしていました。自宅から高校までの10キロを自転車で通っていたし、練習後にも自主練をしていたので、家に帰るのは夜の10時ごろでした。野球の練習だけでなく筋トレもやっていたので、どんどん体が大きくなっていきました。入学してから体重が10キロ以上増えました。

  • 野球は大学でも続けたんですか?

    小学生のころから野球しかやってこなかったので、野球以外のことにも挑戦したかったのでもういいかなって(笑)。
    ただ、野球が強い大学にこだわって、進学したのは東京六大学でした。
    大学では野球部にも友達が多かったので、六大学野球の観戦にはよく行っていました。

  • 野球をやめて、何か変わりましたか?

    見る見る体重が落ちました(笑)。
    普通の食事に戻したら一気に体重が落ちたんです。久しぶりに祖母に会ったら「あんた、病気なの?」と真顔で心配されたくらいです(笑)。

  • 野球をしていたことは、アナウンサーを目指すことに影響しましたか?

    高校球児だったころ、NHKの高校野球中継をよく見ていました。そこで、アナウンサーの実況ってすごいなと思い、興味をもつきっかけになりました。

  • アナウンサーの採用試験にはどんな気持ちで臨みましたか?

    アナウンサーになるためのスクールに通ったこともなかったので、アナウンス技術では到底勝負できないと思っていました。だから、いかに自分らしさを出すかを意識しながら面接に臨みました。
    最初から受かるはずないと思っていたので、「失うものは何もない!」と開き直ることができて、自分らしく話したり振舞ったりすることができたような気がします。面接がうまくいったという手応えは一切ありませんでしたが、自分らしさを見てもらえたから、アナウンサーになることができたのかもしれません。

08/13
先輩たちから学んだこと。
  • 初任地の山形放送局では、どんな思い出がありますか?

    アナウンサーが、はじめて放送でニュースを読むことを『初鳴き』と呼んでいますが、僕の場合はそれが昼のテレビニュースでした。当時の上司が、事前に原稿を読む練習から指導してくださり、スタジオにもついて来てくださいました。ミスをしないための様々なアドバイスに、僕は、何度も「はい」と返事をしましたが、実際には、緊張し過ぎて、耳には何も入っていませんでした(笑)。
    そして、いよいよ本番。ニュースを読むときには、自分でマイクのスイッチを入れたり切ったりします。しかし、このときは、「原稿を読むことだけに集中しろ」と、上司が僕の横でマイクのスイッチを入れてくれました。そのため、原稿を一字一句間違えないように読むことに集中できましたが、カメラ目線の時、目を見開いて、瞬きすることも忘れ、顔は緊張でこわばってしまいました。
    放送終了後、録画したその映像を見て、上司からは、「言い間違えをしなかったのは良かったが、顔が怖過ぎる」と言われました(笑)。

  • 先輩のサポートで、『初鳴き』を乗り切ったわけですね。

    新人のころは本当に先輩にお世話になりました。はじめて生中継を担当したときには、生中継の経験が豊富な先輩が現場について来てくださいました。放送がはじまる前に必死にコメントを覚え、みっちり練習したおかげで本番は順調に進みました。ところが、最後の締めくくりのところで、コメントがパッと飛んでしまったんです。突然、頭の中が真っ白になりました。すると、絶妙のタイミングで先輩が締めくくりのコメントを書いたカンペを出してくれました。先輩は、僕が練習しているのを見ていて、長年の経験から「ここでコメントが飛ぶ」とわかったらしく、前もってカンペを用意してくれていたんです。
    そのときは、もちろん「助かった!」と、でも同時に、このままでは自分は「ダメだ!」と思いました。何を伝えるのか、意識しながらコメントしなければならないと考えたからです。
    そして、コメントを忘れないようにするにはどうすればいいか試行錯誤した末、画面に映るモノや自分の動きに合わせて覚えるようになりました。たとえば、カメラが何かにズームしたときはこの情報、自分がこっちに動いたときにはこの話という具合に、コメントを文字で暗記するのではなく、映像や動きで覚えるようにしています。
    はじめての生中継で、「もうカンペを出してもらうのは絶対に止めよう」と誓い、以来、カンペは一切使っていません。

  • 先輩からの言葉で、特に心に残っているものはありますか?

    『ニュースウオッチ9』でリポーターを担当することになったとき、番組デスクに「きみはこれから、災害や事故で多くの方が亡くなった現場に行くでしょう。そのときは、取材をはじめる前に必ず亡くなった方に手を合わせなさい」と言われました。それは、亡くなられた方に心を寄せるということです。同時に、手を合わせることで、自分は誰のために取材をして、何を伝えるために放送をするのかが明確になるんです。
    現場に急行することが多い『ニュースウオッチ9』では、取材できる時間が限られています。それでも、一度立ち止まって手を合わせていました。
    今でも亡くなられた方がいる現場に行ったときは、手を合わせることからはじめるようにしています。

08/20
新たな視点を探す。
08/27
現場でしかわからないことがある。
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