ノアのちょっとずつ猛進日記

多発性硬化症という難病で、視覚障害もある「バリバラ」レギュラー出演者ノア
(グレースより改名・現在アメリカに留学中)が、日々の生活の中で感じたことを綴っていきます。

まさか!はじめての〇〇

  • 2019年5月24日
やっと期末試験が終わりました~

  • 「私がプラスティック容器の飲み物をストローで飲んでいる正面の自撮り写真。ショートカットの茶色と金色の混ざった髪。青い縁の眼鏡をかけ、横を見て変顔をしている。首の後ろには、ジーンズ生地の車椅子のネックサポートが見える。薄青いシャツをきていて、薄紺色のネクタイを締めている。その上から黒いジャケットを着ている」

なんと!!
全教科「オールA」という、優秀な成績を納めることができた!

しかも、障害学を専攻している学生の中で、最も優れた人物に贈られる「アワード2019」受賞!!
この賞は、これまでは障害者問題を地域や国際社会に根ざして取り組んできた大学院生に贈られてきたもの
今回は、私のLGBTQSのサークルでの活動や、公立高校でメンター活動、自立生活センターのスタッフとして働いていること
それから「ADAPTシカゴ」のメンバーの一員として地域で活躍していること・・・
これからが認められて、学部生としては初めて選出された


  • 「私の全身写真。ショートカットで茶色と金色が混じった髪。青い眼鏡をかけ、呼吸器のマスクをつけている。薄青いシャツを着、両手で、名前の入った木の盾を胸元でかざしている。黒いスラックスを着ており、太ももの間に赤いチューリップの植木を挟んでいる。足元は、茶色のビジネスシューズを履いている」

    <表彰式のスピーチは緊張した?!「ノア大橋」と刻まれたトロフィーをいただきました>



これまで、学校で褒められることなんてほとんど無かった私
だから今回の受賞は、めちゃくちゃ嬉しい!!

アワードの選考委員の方からは
「今回、大学側から学部生に賞を与えていいか? と聞かれて、少々不安だったけれど、あなたにお会いして、直接お話しできて、きっとあなたは社会を変える人だって確信できた。だから、奨学金で沢山勉強して社会を変えてね
と嬉しいコメントをいただき、胸が熱くなった

この時いただいた奨学金は、シカゴで障害者の人権問題に熱心に取り組んでいた、起業家で障害当事者でもあるガブリエットさんが、亡くなる前に残していた「遺産は、地域を変えるリーダーになりうる若者のために奨学金に充ててほしい」という願いからのもの
授賞式当日は、ガブリエットさんの家族にもお会いすることができて身の引き締まる思いだった

  • 「ガブリエット氏の奥さんと私の正面からの2ショット写真。私は上記と同じ服装で膝より上が映っている。ガブリエット氏の奥さんはブロンドのパーマ髪でショートカット。透明縁の眼鏡をかけ、ほほえんでいる。首元には小さなネックレスをつけ、白い肩までのV字のブラウスを着て、黒いスラックスをはいている」

しかし!!
いつもの悪いクセで、頑張り過ぎてしまっていたらしく
実は最近、12日間の入院生活を送っていました(^^;)

体の異変は、授賞式の数日前から
介助者に「いつもより、体の筋緊張と震えが強くない?大丈夫?」と聞かれていたけれど
特に異常はなかったので授賞式に出席したり、普段通りに授業を受けていた

あくる日…
筋緊張が激しくなってくるではないか!?
そんな異変に気付きつつも、どうしても聞きたい授業だったので「根性!」と自分に言い聞かせ50分
授業が終わるころには、冷や汗がダラダラ
同じクラスの介助者に「やばいかもしれない…。病院連れて行って…」と訴え、緊急で病院へ向かった
しかし、そこでは私のもっている学生保険が使えないということで、他の病院を探すことに
その間にも体調が悪化していく私を見かねて、介助者が大学内の無償送迎車を緊急で手配してくれた


そのうち、意識はあるけど痙攣が止まらなくなり
声を出そうにも痙攣が強すぎて話せず
携帯に文字を打って意思表示しようとしたけど、震えで打てなくなってしまった


やっと、かかりつけの病院にたどり着いたかと思いきや
「こちらの病院では無理。紹介状を書くから、救急車に乗って他の病院に行ってください
という先生の言葉

思わず、目をひんむく私!!

というのも、アメリカの救急車はタクシーの何十倍ものお金がかかる
学生保険も適用されないため、5分の搬送で100万円近くかかったという話も聞いたことが!
そのことを知っていた私は、介助者には日頃から
「命に関わる時以外は、救急には行かない。できれば、かかりつけ医に対処してもらいたい。
それもダメなら、タクシーを拾ってでもいいから、救急車だけは絶対に乗せないで!!
入念に伝えていた

だから、それまで私のわずかな表情の違いでYESかNOかを読み取り医師に伝えてくれていた介助者も
この言葉にだけは、私の確認を取らずに「NO-------------!」即答!!
「今から自分で車を手配するから、どの病院に行けばいいかだけ教えてください」と必死だった

なんとか到着したところで
介助者も優秀学生に選ばれていたので、セレモニーに出席するため別の介助者に連絡
引き継ぎを済ませて、セレモニーへ
駆けつけた別の介助者が、私の代わりに入院の手続きを行ってくれた

その人も、いつもと違う私の姿に驚くことなく、普段どおりに接してくれて
「あ~、コミュニケーションが取れるとか取れないとか関係なく、ちゃんと会話しようとしてくれている。諦めんと、私の表情のどこで読み取れるか模索してくれている
と肌で感じることができて、些細なことだけど、なんだかとっても救われた

  • 病院用ベッドに寝ている私の全身写真。呼吸器をつけ、病院ガウンを着ている。手には、採血の後のテープや点滴のライン、患者用のリストバンドを付けている。ベッドの横にはモニターがあり、数字が並んでいる。
  • 私の首元から頭までのアップ写真。呼吸器を付け、病院ガウンを着ている。首元には、中心カテーテルが入っており、そこから輸血を受けている。首から延びた管は赤い血が見える」

そんな介助者たちに支えられ、体の機能はだいぶ落ちたものの、発語できるまでに回復して帰宅~!
改めて、日本の医療制度の良さを実感した入院生活でした
でも、このおかげ(?笑)で、介助者たちとも深い繋がりができたように思う
(実はこの時、私の介助に入ってからわずか1週間!)


記憶に残る、怒涛の入院生活でした~

  • 「私の胸元から上が写った笑顔の正面写真。ショートカット、青い縁の眼鏡をかけ、呼吸器をつけ、片耳には白いイヤホンが伸びている。うす青いシャツとその上から黒いジャケットを着ている」