グレースの難病女子日記

多発性硬化症という難病があり、視覚障害もある番組出演者・大橋グレースが、恋愛、仕事、
そして進行していく自分の障害のことまで、日々の中で感じたことを綴っていきます。

ありのままの私を受け止めてくれた福島

  • 2018年8月24日
7月20日から25日までの5日間、幼稚園から中学まで過ごした故郷の福島県帰省してきた

福島へ帰るのは10年ぶり
2011年の東日本大震災で、当時住んでいた栃木から大阪に避難してきた時も
福島にいる大切な人たちのことが心配だったけど
体力的なこともあって、なかなか帰れなかった

だけど今回、アメリカへ行くことが決まり
しばらく会えなくなる人が沢山いるから、思い切って4泊5日の旅に出ることに!

そして、旅の目的はもうひとつ…
私には発達障害があって、大人になってからは特に
周りとのコミュニケーション悩むことが多い
でも振り返ってみると、子どもの頃は、伸び伸びと生活できていたように思う
だから、友だちが「どんな風に私のことを受け入れてくれていたのか」を聞いてみたい



ドキドキわくわく…色んな感情を抱えつつ
大阪から新幹線を乗り継ぎ、6時間!
やっと福島駅にたどり着いた!


最寄り駅である東福島駅にはエレベーターが無いので
福島駅で降りて、そこからバスで移動できないか調べることに

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すると…
乗りたかったバスは1日に3本しか走っておらず
最終の便はすでに行ってしまっていた(泣)

ということで、急いでタクシーをつかまえる!
運よくユニバーサルタクシーがつかまり、宿泊先の教会までたどり着くことができた~

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到着すると、娘のように可愛がってくれていた近所の人たちが
私たちが泊まれるように部屋を整えて、夕ご飯の準備までしてくれていてビックリ!

実は、福島へ帰ることは宿泊先の関係者1人と
中学校時代のバスケットボールのチームメイトにしか言っていなかった
それは、震災があってみんなが大変な思いをしているのに
私は避難して大阪で暮らしていたし
今更どんな顔をして会ったらいいか悩んだのと
連絡を取っていなかったので、みんなの近況が分からなかったから…


なのに、地元のみんなのネットワークおそるべし!
私が帰ってきていると聞いて、沢山の人が駆けつけてくれたおかげで
みんなで夕食を囲み語り合うことができた

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昔話にも花が咲き、当時の私を知るこんなエピソード

「グレースって、すぐ、動物になってなかったっけ?」


ん?! 動物???

「うんうん。人にすぐ噛みついては、怒られてたっけ!」

私って、どんな子どもだったんだ?!(笑)


それから、私のお母さんのこんな話も!

他の子と比べて成長が遅かった私のことを、友だちのお母さんに指摘されたとき
「人間はみんな違うの。誰かと比べる必要なんてない
私の子どもたちは、姉妹みんな違うけれど比べることはしないし
それぞれがやりたいことを最大限尊重するわ」
と言っていたらしい

よく考えてみたら、“他人と違う”ということで悩むことは幼少期にはなかったかもしれない

母は必ず「どうしてそう思ったのか?」と聞いてくれて
他の人と違う考えでも、「すごい発想の仕方!天才!」と私のことを褒めてくれた
おかげで社会に出るまでは、「私はワタシ」と確固たる自信をもって生きてこられた
そう考えると、今の私がワタシとして存在していられるのも親のおかげだし、今更ながら感謝



翌日も、懐かしい顔ぶれが、次々と駆け付けてくれた
しかも、福島名物の桃や野菜、お米や自家製の梅干しなど差し入れもたくさん!
故郷の味に大満足~♪

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一番会いたかった小・中学校のバスケのメンバーコーチも来てくれた
またまた思い出話で盛り上がる

「当時のグレースの感情のコントロールの出来なさは、今振り返ると笑えるよね
 タイムアウト中にチームメイトにキレまくって、みんな泣きながらコートに戻るっていう!
 コーチも、グレースのあまりの剣幕に黙ってたよね」

そんなことが…すみません(苦笑)

「でも、うちらを思って伝えたいことがあるけど、それを上手く表現できなくて
言い過ぎたり、感情的になったりしてるんだなって思ってたよ。それに、そんなグレースについて行きたいと思っていたし、グレースがいれば勝てると信じてたから

自分で聞いてもびっくりするような行動を取っていた私を
みんなはどうしてこんなにも受け入れてくれていたんだろう…
ずっと気になっていたことを聞いてみたら

「だって、それがグレースでしょ?」

という答えが返ってきた
私を丸ごと受け入れてくれていたことが分かって、すごく嬉しかった


グレースはグレースのままで、周りの目なんか気にしないでアメリカでやってきな! 
応援しているよ~」

そんな、同級生の励ましを受けて、アメリカで頑張るパワーがさらにみなぎった!
そして、最高の人達に出会えた私はすごく幸せだなって思った♪

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さらに、福島時代にお姉さんのように慕っていた人からは、こんな言葉をもらった

「これだけの人が集まってくれるのは、みんなグレースのことが大好きで、いつも家族のように心配して応援して…。そういう愛情の深い関係だからだよ。だから、胸張って、どんなことが起きても大丈夫!私たちは福島で待ってるから、何かあったら、いつでも帰っておいで! 人生1度きりだから、グレースらしく生き抜いて!

家出した時には泊めてくれたり、いつも相談に乗ってくれて
甘えベタな私が唯一心を開けるような存在の人
そんな大切な人からのメッセージに、不覚にも、帰りの新幹線で大号泣


私がワタシらしく生きてこられたのは、幼い頃から沢山の人が愛してくれて
「発達障害のあるグレース」じゃなくて、「ありのままの私」を見てくれていたからだなぁと思った


人生一度きり
応援してくれる人がこんなに沢山いるなら
自分が信じた道を進んでいこう! と再認識できた最高の帰省の旅、福島でした



アメリカでも私らしく生きていきたいと思ったグレースでした~♪