これまでの放送

“外国ルーツ”の子どもたち

放送日

6月4日(日)夜7:00

再放送6月9日(金)0:00(木曜深夜)

出演者

秋元才加ほか

“外国ルーツ”の子どもたち
“外国ルーツ”の子どもたちがバリバラに初登場!国籍に関係なく、両親もしくは親の片方が外国出身の子どもたちだ。彼らが抱える一番大きな問題は、「言葉の壁」。一見、日本語を流ちょうに話しているように見えても、授業にもついていけず、友達とも意思疎通ができずにいじめられたり、ドロップアウトするケースが多くあるのだ。また言葉の問題は、親子関係にも影を落としている。番組に登場した子どもたちの悩みに耳を傾け、専門家とともに、日本で暮らす外国ルーツの子どもたちをどうサポートしていくか、考える。

内容

出演者

  • 秋元才加さん  (タレント)
  • 金光敏さん   (放課後学習支援教室「Minamiこども教室」実行委員長・在日コリアン)
  • カイラさん   (フィリピンにルーツがある中学3年生)
  • アレックスさん (アメリカにルーツがある高校1年生)
  • 福美さん    (中国にルーツがある高校1年生)

“外国ルーツ”の子どもたちが集まる熊本の一軒家

放送内容

今回のテーマは、近年増加している「“外国ルーツ”の子どもたち」。両親または父母のどちらかが外国出身者である子どものことだ。子どもたちはどんな困難を抱えているのか。熊本県合志市では、NPO法人「外国から来た子ども支援ネットくまもと」を運営する日本語教師が自宅を開放し、無料で日本語を教えている。ここに、週末になると県内各地から外国ルーツの子どもたちが大勢やってくる。一緒に日本語を勉強し、ご飯を食べ、泊まる。学校で孤立しがちな外国ルーツの子どもたちにとって、ここは安心できる「もうひとつの家」なのだ。

日本語がしゃべれるからこそ隠れる悩みとは?

放送内容

一見問題なく日本語を話せるように見える子どもも、実は読み書きが苦手など、悩みは多い。中学生の時点で読み書きが苦手となると、学校の勉強が全然わからないということもしばしば。友達の話題についていけず、友達がなかなかできない、といった悩みも。また、外国ルーツだけにその国の言葉をしゃべれると思われがちだが、実はしゃべれないことも少なくない。そのことについて「なんだ、しゃべれないんだ~」と何気なく言った言葉が、その子にとっては心のキズになることもある。

親との間にできた「言葉の壁」

放送内容

中学3年生のカイラは、2年前に日本にやってきた。フィリピン人の母親と二人暮らし。ダブルワークの母はいつも忙しく、夕食前のわずかな時間が、貴重な親子のひとときだ。しかし・・・タガログ語で話す母親に、日本語で返事をするカイラ。日本での生活が長くなるにつれ、母国語であるタガログ語を忘れ始めているのだ。受験生でもあり、将来の進路について母親に相談したいと思っているのに、親子の間に言葉の壁が立ちはだかっている。

2つの言葉の間で揺れ動くアイデンティティー

放送内容

秋元
私も母親が外国人、フィリピン人だったので、難しい話ができなくて。
カイラ
高校はどうすればいいか。そのあと大学、専門学校、どっちに行けばいいか・・・そういう話をしたいんですけど、日本語で説明してもわからない。
福美
中国語、使わないので忘れてきてるんですよ。日本語はゼロからどんどん伸びていくけど、中国語が減っていく。すごく将来も不安だし、中国の友達とコミュニケーションがとれないと、距離が離れていく。

放送内容

秋元
私も日本には住んでますけど、フィリピンも好きでいたいし、誇りに思いたい。でも日本人としての誇りもあるから、っていうので今がんばってここに来られている気がするんですよ、その力で。
彼らってすごく可能性あるやないですか。これからの日本を作っていく意味でも。彼らの可能性を盛り上げると日本社会が元気になる、という感覚が必要なんですよ。

地域ぐるみで子どもを支援する

放送内容

全校児童の半数近くが外国にルーツを持つ大阪市立南小学校。この地域に暮らす外国ルーツの子どもたちのためにNPOが放課後教室を開いている。日本語教育はもちろん、自分の国に誇りを持てるように母国語でのスピーチも定期的に開催。さらに学校と連携することで家庭の状況も含めたより包括的な支援も可能にしている。現状の日本社会は、「日本のシステム」にすべての人を押し込めようとしている。それを推し進めるのではなく、外国ルーツの人や子どもに合わせた対応が求められているのではないか。

玉木幸則のコレだけ言わせて

玉木幸則のコレだけ言わせて

「特定の個性しか伸ばしていない」

「今日出てくれた子どもたちはインタナーショナルスクールに行けばいいんちゃうか?」 という意見があるかもしれない。けど、そういう見方自体がどうなのか考えないといけない。いろんな子ども、ひとりひとりに応じることができる仕組みに変えていかなあかんわけ。「みんなの個性を伸ばす」と言いながら実は特定の個性しか伸ばしていない社会の現状がある。だから今回のテーマでは、学校の先生だけを責めているわけじゃない。先生も含めて「社会の中でどう子どもたちを育てていくかを考えましょう」ということ。これから日本の社会がこの子たちを寛容に受け止める社会になっていけるかどうか、そこの問題やから。