これまでの放送

罪をくり返す障害者

放送日

7月29日(日)夜7:00

罪をくり返す障害者

出演者

田村裕(麒麟)ほか

罪をくり返す障害者
刑務所に服役している人の4人に1人に、知的障害などの可能性があると言われている。その多くは、福祉的な支援につながったことがなく、万引きや無銭飲食など軽微な罪をくり返し、その後も刑務所に戻ってきてしまうという。中には人生の大半を刑務所で過ごす人までいる。ハンディがあり、生きづらさを抱え、社会の中で居場所を持てなかった人たち。再犯を防ぐために、なにが必要か考える。

内容

出演者

  • 田村裕さん    (芸人/麒麟)
  • 幸地信一さん   (知的障害)
  • 池田忠男さん   (難聴)
  • 伊豆丸剛史さん  (「長崎県地域生活定着支援センター」所長)
  • 石野英司さん   (「南大阪自立支援センター」理事)
  • 松場邦依さん   (ヘルパー)

タブー視されてきた現実

累犯障害者 写真1

刑務所で服役している人の中に障害のある人が少なからずいるという現実は、これまでタブー視されてきた。「障害があること」と「罪を犯すこと」の間に因果関係がある訳ではない。理由として考えられるのが、障害のある受刑者の多くが、万引きや無銭飲食など軽微な罪で服役し、出所後も行き場所がなく、1年もたたずに同じような罪をくり返して刑務所に戻ってきてしまうという事実だ。

累犯障害者 写真2

全国に先駆けて、罪を犯した障害者の支援を行ってきた伊豆丸剛史さん(全国地域生活定着支援センター協議会事務局長・長崎県地域生活定着支援センター所長)は「障害ゆえに仕事にも職場にもなじめず、社会の中で居場所を失い、相談できる人もいない人たちのなかには、生きていくために罪をくり返さざるを得ない人たちのいる現実がある。出所後も支援につながれない社会が、彼らが再び罪を犯してしまう要因の一つ」と話す。

なぜ支援につながる機会がなかった?~幸地信一さんの場合~

累犯障害者 写真3

大阪市内の作業所で働く幸地信一さんは、作業所の代表・松場作治さんと12年前に出会うまで、住む場所はおろか、療育手帳も持っていなかった。過去の記憶もあいまい。松場さんが幸地さんと一緒に生い立ちをたどると、出身地・沖縄の中学校で知的障害と判断されていたが、療育手帳をとる手続きをしていなかったことがわかった。15歳から仕事で全国を転々とし、19歳のとき、初めて万引きで警察に逮捕される。以来、万引きや無銭飲食をくり返し、20代で刑務所に服役することに。

累犯障害者 写真4

それまで家族、教師、警察官や司法関係者など多くの人が、幸地さんと関わってきたはずだ。しかし誰も彼を福祉的支援につなげることができなかった。裁判を担当した弁護士の1人は、取材に対し「障害者だとは思わなかった。一応、『障害の検査を受けたことはあるか?』と聞くと、『ない』と言った。それ以上はとても聞けなかった」と語った。
12年前、松場さん夫婦と出会い、ようやく福祉支援とつながった幸地さん。それで全てが解決する訳ではないが、現在は市営住宅に住み、作業所に通う毎日。この7年間、罪は犯していない。「落ち着いて生活している」と本人も語る。

罪を償った障害者が、地域で生活できるシステムを

累犯障害者 写真5

ゲストのお笑い芸人・麒麟の田村裕さんは「自分もホームレス体験があるが、記憶がほとんどないということは、よっぽど大変な思いをしたからだと思う」と語る。国も、罪をくり返してしまう障害者の問題を深刻に受け止め、2009年、各都道府県に「地域生活定着支援センター」を設置。罪を犯した障害者らが出所後に地域で生活していけるよう支援する取り組みを始めている。

定着支援の制度で新たな人生~池田忠男さんの場合~

累犯障害者 写真6

池田忠男さんは難聴で、他人とのコミュニケーションが苦手。孤立しがちでアルコールに依存して職を失い、万引きなどをくり返してきた。しかし4年前に出所した時、大阪府定着支援センター所長の山田真紀子さんと出会い、初めて福祉的支援を受けることになった。山田さんは、かつてクリーニング店で働いた経験のある池田さんに、洗濯を請け負う作業所を紹介した。

累犯障害者 写真7

しかしある朝、池田さんが作業所に来ない。作業所の職員が池田さんの自宅まで迎えにいくと、「ちょっと頭が痛くて」と言う。どうやら前日に酒を飲み過ぎ、起きられなかったようだ。こうした失敗は今も時々ある。この日は、職員のサポートで、無事、仕事に行くことになった。

累犯障害者 写真6

池田さんの支援にかかわるのは、定着支援センター、作業所の職員だけではない。相談支援員、医療関係者、ヘルパーなど様々な立場の人たちがチームを組んで当たっている。支援のあり方について話し合うカンファレンスは、チーム全員が集まり、池田さんを交えて話し合う。本人の意思を尊重しながら、それぞれが専門的意見を出し合い、連携して支援を行うことで、安定した生活につなげようとしている。“チーム”で支援をすることで、本人も複数の相談相手ができ、支援する側も長く関わり続けることができるのだ。

支援につなげるための壁をどう打ち破るか

累犯障害者 写真7

定着支援センターの活動が始まって以来、大阪刑務所でも、障害などがあり出所後の生活に支援が必要と思われる人全員に、福祉的な支援を提案している。しかし本人が「支援を受けたくない」と言えば、再び何の支援につながることもなく出所していく。刑務所がどんなに支援が必要だと考えていても、「本人の同意」がなければ、支援できないという壁があるのだ。

累犯障害者 写真6

これについて伊豆丸さんは、「これまで支援を受けた経験がない受刑者に対して、どんなサポートが受けられるのか、支援を受けるとどんな生活が送れるのか、具体的にイメージしてもらえるような説明や取り組みが必要」と話す。障害がある人が「理解するための支援」と「自己決定するための支援」が重要なのだ。
それが「被害者も加害者も生まない社会」を作り出す。そのためには、何らかの理由で生きづらさを抱えている人がいる現状を、全ての立場の人が、知っていくことが必要なのだ。

玉木幸則のコレだけ言わせて

玉木幸則のコレだけ言わせて

「行き着くところは社会の障害理解」

今回はあくまでも、地域の支援を受けて何とかうまく生活できてるっていう例やけど、まだまだ、受け入れる社会にも、送り出す刑務所にも、課題がある。そもそも「外の社会より、(自由が全くなくても)3食ご飯が出て、ある意味安定している刑務所の方がマシ」なんていう現状が問題。刑務所は「障害者が再犯しないためのプログラム」を、考えていかないといけない。それに、社会に受け入れられた後も、幸地さんの場合なんかは、次の段階、例えば「こんな仕事に就きたい」「こんな人生を送りたい」っていう希望があった時に、そこに向けての支援があるかどうかが、大事。また「支援」と言うけれど、一人ひとりが抱える生きづらさを、周りのみんなで考えていける社会であるなら、福祉サービスだけに頼らなくてもいいはず。行き着くところは、社会のみんなが障害を理解し、支えていくことで解決していく問題だということ。