これまでの放送

障害者×戦争

放送日

8月5日(日)夜7:00

再放送8月10日(金)0:00(木曜深夜)

出演者

高橋みなみほか

障害者×戦争
戦争のさなか、兵隊として戦争に協力できず、「役立たず」と差別された障害者。一方、視覚障害者が、敵機の来襲を監視する”防空監視員”として任務にあたるなど、多くの障害者が「国の役に立とう」と戦争に協力しようとした事実も明らかになっている。障害者は戦争の時代をどう生きたのか。何が戦争に向かわせたのか、番組では、戦争を知らない世代の障害者たちと一緒に考える。

内容

出演者

  • 高橋みなみさん  (歌手・タレント)
  • 桂福点さん    (全盲/落語家)
  • 福角幸子さん   (脳性まひ)

戦争で役立つことが価値とされた時代

障害者×戦争 写真1

8月15日は終戦の日。戦時中、障害者たちは何を考え、どう生きたのか。当時の様子を聞くため、全盲の落語家・桂福点さんが、戦争経験者のもとを訪ねた。
最初に話を伺ったのは、重度の脳性まひで、生まれつき体が不自由な松田春廣さん(93歳)。
当時、障害者は兵役免除の対象だったが、20歳になると松田さんの元にも徴兵検査を受けるように通知が届いたという。検査のため、大勢の人の前で裸にされ、体を見られながら笑われたことは、松田さんにとって今でも忘れられない記憶だ。

当時、戦争に協力できない障害者は「役立たず」、(飯だけを消費する)「穀潰し」と批判された。食糧難の時代、松田さんは家族から食事さえ与えてもらえない日もあったという。「私は殺されていたかもしれない」――松田さんは、当時の恐怖を口にした。

障害者×戦争 写真2

次に訪ねたのは、視覚障害のある島津祐策さん(86歳)。5歳で視力を失ったことをきっかけに琴を習い始め、8歳の時には、陸軍病院を慰問。戦地で傷を負った軍人たちに琴の演奏を聞かせた。「子ども心に、誇らしいという思いがあった。目が見えなくても、国の役に立つんだ、って」と語る島津さん。幼い頃から身体に染みついた「役に立ちたい」という思いは、当時、障害者がいかに厳しい状況に置かれていたかを物語っている。

障害者×戦争 写真3

長年、盲学校の教師をしてきた岸博実さんは、戦時中の盲学校に関する様々な資料を集めてきた。その中に、ある高名な大学教授が盲学校で生徒たちに話した講話の記録が残っている。そこには、「あなた方は、直接兵隊になって国の役に立つことができない立場です。目の不自由さから来る身の至らなさに思いを致さなければならない」とはっきり書かれていた。さらに、アメリカ軍機の音を収録したレコードもあった。盲学校の生徒たちに聞かせることで敵機の音を記憶させ、空襲に備える監視員として訓練させたという。

障害者×戦争 写真4

当時の監視員の気持ちを知りたいと、福点さんは群馬県に残る防空監視哨へ。狭いすり鉢状の穴の中で耳を澄まし、その不安や恐怖を追体験した福点さん。「役立たず」「穀潰し」と非難していた障害者をも、どうにかして戦争に協力させようとしていた事実に、ショックを隠せなかった。

障害者×戦争 写真5

ゲストの高橋みなみさんも、「こんなにリアルな話を聞いたのは初めて」と驚いた様子。番組のレギュラー陣も「もしその時代に戻ったら、自分も“役立たず”なんじゃないか」(岡本)「戦争の役に立つか、立たないかで価値を判断されていたら、邪魔になるとされて、そっと山の中に捨てられたりしたんじゃないか」(グレース)と、当時の空気感を想像して、障害者に厳しい目が向けられる恐怖を語った。

「役に立たない者は不要」戦争当時の思想とは

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今回、戦争体験者の声を聞きに行ったリポーターがもう一人いる。脳性まひの福角幸子さんだ。訪ねたのは、鹿児島市に住む上村慶子さん(79歳)。脳性まひで生まれつき足が不自由だ。母に背負われて空襲で逃げ惑う最中、周囲から厳しい言葉を浴びせられ、家族からも「母さんを辛い目にあわせるなら死んでしまえ」と言われたという。「迷惑をかけるばかりの存在、障害者は生きていく資格もない」、社会全体からそう言われているような気持ちだったという。

障害者×戦争 写真7

戦争時代を障害者はどう生きたのか、みんなにも知ってほしいと、福角さんは朗読会を開いた。参加者に感想を聞いてみると、「自分なら生きることを諦めていたと思う」という車椅子の男性。福祉の現場で働く女性からは「助けなきゃって今は思うけど、究極の状況になったらどんな行動をするのか分からない」という意見も出た。朗読を披露した福角さんは「障害者だからしょうがない」と考えさせるような空気が社会にもあるのではと指摘した。

「今」考える戦争 考え方は変わってきた?

障害者×戦争 写真8

「戦争に役立つか」という指標が、「経済に役立つか」という見方に変わっただけで、今も人間を生産性で判断する世の中の価値観は変わっていないのではないかーー玉木さんはそう指摘する。戦争当時に限った話というわけではなく、優生保護法や相模原の事件の背景にも、命を偏った物差しで測ろうとする空気感があるのではないか。戦争を「過去にあった大変なこと」で終わらせてはいけない。一人一人の命の大切さについて、バリバラはこれからも考えていく。

玉木幸則のコレだけ言わせて

玉木幸則のコレだけ言わせて

「そもそも“役に立つ”ってどういうことなのか?」

そもそも「役に立つ」ってどういうことなのか? それはなかなか具体化できないことやと思う。それに、それぞれの得手・不得手があるやん? 個性を仲間が認めていければいいんやけど、(戦時中のみならず)今の社会もそうではない。「給料泥棒」って言葉もあるし。「仕事ができる・できない」、そういう物差しがあってもおかしくはないけれど、社会がそういう思考性だけで回ってしまうことが、ものすごく怖い。だから職場で引け目を感じたり、周りに合わせてしんどいなと思っているひとに、「今のままでええやん」って言ってあげられるか、が大事やと思う。それが光になって、なにかが変わっていくことがあるかもしれへんやん。