これまでの放送

玉木幸則 “平成”を語る 前編1989-2008

放送日

12月2日(日)夜7:00

再放送12月7日(金)0:00(木曜深夜)

出演者

藤本美貴ほか

玉木幸則 “平成”を語る 前編1989-2008
まもなく終わる“平成”。2週にわたって、障害者・マイノリティーの視点から“平成”を振り返る企画!語り部は、今年50歳を迎えた「ミスターバリバラ」こと玉木幸則だ。前編は、平成元年20歳だった玉木の人生年表に沿って振り返る。どんな学生時代を過ごし、社会へ出たのか?障害者の自立をサポートしながら、何を考えてきたのか?障害者をとりまく時代の動きは?玉木が大事にする「自立」「自分らしさ」をキーワードに語り尽くす!

内容

出演者

  • 藤本美貴さん    (タレント)
  • ベビー・バギーさん (ドラァグクイーン/ゲイ)
  • 万次郎さん     (トランスジェンダー/芸人)

玉木幸則と「平成」を振り返る

玉木幸則 “平成”を語る 前編1989-2008 写真1

みなさんにとって、平成の30年を振り返って印象的な出来事は何ですか?―――ゲストの元「モーニング娘。」の藤本美貴さんは、アムラー世代。安室奈美恵さんに憧れて芸能界に入ったこともあり、彼女の引退は印象深い“平成”の出来事だったそう。ちなみに、玉木年表を紹介してくれるのは、平成にちなんで“ガングロ”“コギャル”に扮したバギーちゃん。

玉木幸則 “平成”を語る 前編1989-2008 写真2

1989(平成元)年、玉木は愛知県の大学で福祉の勉強中。福祉問題を研究するサークルに、アルバイトに・・・キャンパスライフを謳歌していた。サークルでは現在の妻とも出会った。当時の玉木の様子を、妻は「妙に自信ありげで弱音は吐かず、頑張っている感がすごかった」と語る。その理由を玉木本人に聞くと、「健常者の社会に入っていくなかで、バカにされたくないという思いが強く、ちょっと無理をしていた」のだそう。肩肘張って生きていたのは、それまでの生い立ちが関係していた。

養護学校での生活

玉木幸則 “平成”を語る 前編1989-2008 写真3

小・中と地域の一般校に通っていた玉木。高校進学のときも普通高校を希望したが、周囲の反対もあり、寮のある養護学校に通うことに。そこでは、「ここにいる間に、社会に出るための準備をしないといけない」と先生に言われていたという。隔離された環境の中、学校以外の人との交流もほとんどなく過ごした3年間。「学校の中にいれば確かに守られるけど、嫌なこと、楽しいことの経験も少なくなる。だから、高校を出た後に余計にしんどくなる」と玉木は当時を振り返る。

「自立生活センター」の職員に

玉木幸則 “平成”を語る 前編1989-2008 写真4

大学を卒業した玉木は、ひとり暮らしを目指す障害者のサポートをする「自立生活センター」の職員になった。1992(平成4)年のことだ。親元や施設で暮らすことの多かった障害者が、街に出て自立生活を始めた1980年代以降、自立生活センターは全国に広がっていた。実は玉木、大学卒業後、1年間別の障害者施設で働いていたが、仕事への疑問を感じ始めていた。そんな時、センターの代表に声をかけられたのだ。障害者の自立を支えるやりがいのある仕事・・のはずだったが、当初はあまり気合いが入っていなかったらしい。そんな玉木の意識を変えたのが、1995(平成7)年に起きた、阪神・淡路大震災だった。

阪神・淡路大震災が、玉木を変えた

玉木幸則 “平成”を語る 前編1989-2008 写真5

大きな揺れにより、当時住んでいたアパートは倒壊。落ちてきた2階の下敷きになっていた玉木は、近所の人の手でなんとか救出された。しかし、隣の部屋の大学生は亡くなってしまった。この経験から「自分には何かやるべき役割があるのかも・・・」と思うようになり、仕事への向き合い方も変わっていったという。震災後、玉木は自立生活センターで中心的な立場になっていた。その様子を、2003(平成15)年にバリバラの前身『きらっといきる』が取材。障害者の自立を支えるなかで、「“自立したい”という本人の気持ちがいちばん大事」と熱く語る姿があった。

それは、玉木が震災を経て学んだ「ちゃんと目的、目標をもって生きること」に通じることだった。

玉木幸則 “平成”を語る 前編1989-2008 写真6

玉木が一生懸命取り組んできた“自立”の仕事。「自立って何?」とあらためて聞くと、“自分らしく生きる”というキーワードが。「『自分らしく生きるってこういうことじゃないかな?』って考えられることが大事だ」と語る玉木。そして、どんな障害がある人も“自分らしい生き方”を実現できる、というきまりができたのも、実はこの“平成”の時代。2006(平成18)年、国連で障害者権利条約が採択されたのだ。行きたい高校に行けないなど、自分らしい生き方を選べず悔しい思いをしてきた玉木にとって、大きな出来事だった。

この後、時代はどう動いていくのか?後編につづく・・・

玉木幸則のコレだけ言わせて

玉木幸則のコレだけ言わせて

「本質的な問題は変わっていない」

小さい頃の施設時代の思い出とかもまだまだあるけど、今日はそこまでは喋れなかった。え? このテーマでもう一回? ないない!(笑)、照れるわ(笑)。あらためて考えると、昔に比べて良くも悪くも、それなりに(障害者が)生きていける社会になったというか。今は障害が軽ければ就職ができたりする環境が整いつつある。けど、障害のある人の権利が確立したか? 守られているか? というとちょっと違う。今も昔も「生産性」という枠組みの中での評価でしかないから。その枠組みが昔と比べるとちょっと広がってそこに障害のある人が少し入れるようになったかもしれないけど、本質的な問題は変わってないと思う。