これまでの放送

玉木幸則 “平成”を語る 後編2009-2018

放送日

12月9日(日)夜7:00

再放送12月14日(金)0:00(木曜深夜)

出演者

藤本美貴ほか

玉木幸則 “平成”を語る 後編2009-2018
まもなく終わる“平成”―――障害者・マイノリティーの視点から“平成”を振り返る企画の後編!語り部は、今年50歳を迎えたミスターバリバラこと玉木幸則だ。この30年、障害者の社会参加や性的マイノリティーへの理解が進んだ一方、2年前に相模原市で起きた障害者施設殺傷事件など、差別意識や優生思想の根深さが露わになる出来事も。“平成”という時代が積み残した課題とは?玉木目線で平成後半のトピックを選び、みんなで徹底トーク!

内容

出演者

  • 藤本美貴さん    (タレント)
  • ベビー・バギーさん (ドラァグクイーン/ゲイ)
  • 万次郎さん     (トランスジェンダー/芸人)

平成最後の10年を振り返る

玉木幸則 “平成”を語る 後編2009-2018 写真1

先週に引き続き、ミスターバリバラこと玉木幸則の人生年表にそって、“平成”を振り返る! 後編は、平成最後の10年。その始まりとなる2009(平成21)年、障害者の自立を支える仕事に没頭していた玉木は、バリバラの前身番組『きらっといきる』の司会に抜擢!初登場のスタジオ、「僕の言語障害は治りませんから、週に1回この声を聞くことによって慣れていってください。自分らしくしゃべっていきたい。」と玉木らしく語っていた。

「東日本大震災」から見えてきたこと

玉木幸則 “平成”を語る 後編2009-2018 写真2

玉木が最も印象に残っているという出来事のひとつが、2011(平成23)年3月11日に起きた「東日本大震災」。最大震度7の強い揺れと大きな津波により、甚大な被害が出た。2年目、5年目には被災地で番組を収録。自身が体験した阪神・淡路大震災の時とは違い、なかなか復興が進まない状況にショックを受けたという玉木。福島県南相馬市を訪れた際は、原発事故の影響で避難する人が多いなか、地元で暮らし続けたいという障害者の生の声を聞き、どんな仕組みがあれば望む場所で生活ができるか皆で考えた。

玉木幸則 “平成”を語る 後編2009-2018 写真3

また岩手県宮古市で行われた収録では、「ヘルパーの手を借りて自立生活をする障害者がほとんどいない」という、別の問題も見えてきた。地元の女性に玉木が話を聞くと、「人に迷惑をかけないようにと言われて育ったため、ひとり暮らしをしたくても、踏み出せなかった」という。これを受け、スタジオでは「“迷惑”ってどういうこと?」を考えてみた。レギュラーの岡本真希は「私も迷惑かけちゃいけないって育てられたけど・・・自分ではお風呂に入れないからヘルパーさんに手伝ってもらっている。それは、助けてもらってはいるものの迷惑をかけているとは思わない」と話した。

玉木幸則 “平成”を語る 後編2009-2018 写真4

ゲストの藤本美貴さんは2児の母。「ベビーカーを押していて、駅の階段で手伝ってもらうこともある。昔の人は、『人に迷惑かけてまで出歩かなくても』と言ったりする人もいるけど、“助けてもらう”のと“迷惑”は違うと思う」と自身の経験から語ってくれた。必要なことは手伝ってもらい、お互いに助け合う。障害がある人もない人も、「自分はいろんな“おかげさま”(=陰の人)に支えられて生きている」という気持ちをもてれば、誰もが自分らしく生きられる社会になるのではないか。そんなことを考えさせられた出来事だった。

相模原障害者施設殺傷事件

玉木幸則 “平成”を語る 後編2009-2018 写真5

もう一つ、重要な出来事として玉木が選んだのが「相模原障害者施設殺傷事件」。2016(平成28)年7月26日、神奈川県相模原市の知的障害者入所施設で、19人の命が奪われた前代未聞の大事件。犯人の元職員の男性が語った「障害者は不幸しか生まない」という言葉に賛同する声がインターネット上で広がり、社会に衝撃を与えた。
番組にも、犯人に共感するというメールが寄せられた。その中のひとり、30代の男性が玉木との対談に応じた。「知的障害者はお金を稼げていない、社会に貢献できていない、周りに負担ばかりかけている」と語る男性。

このように「生産能力によって人間の価値が決まる」という考え方は、決して一部の特別な人たちの考え方ではない。これに対し玉木は、「自分自身の生きる価値が否定されたらどう感じるか」と問いかけた。すると男性は、「僕は健康な健常者だから他人事なんですよ、結局。他人事だから自分に矛先がむかってないことに安心する」と言い、「命が大事みたいなことを言い出したらキリがない。自分のおばあさんが寝たきりになって、毎月何百万かかります、何千万円かかりますとなったとき、社会全体にそれを許す余裕があるのか」と続けた。「あなたが70歳になって体が動かなくなったときに殺されても仕方ないってことですね?」とさらに問いかける玉木。議論の末、男性は「いま必死に生きているつもりで、実際必死に生きている。(社会に)余裕がないのがいけない」「本当は生き続けたい」と話した。

玉木幸則 “平成”を語る 後編2009-2018 写真7

おなじく“生産性”といえば、ことし夏にも「LGBTの人たちは生産性がない」という国会議員の発言が物議を醸した。これに対して万次郎は「人に対して生産性という言葉を使い、お金を生み出す、子どもを産む、そういうものだけでしか判断できない考え方を作り出した社会が怖い」バギーちゃんは「相模原の事件について玉木さんが男性と直接対談したように、私たちも当事者の声をちゃんと伝える機会が大事かも」と語った。

障害者は不幸、ではない

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障害者の生きる権利を守るための国際的な約束「障害者権利条約」が国連で採択され、日本も2014(平成26)年に批准するなど、大きな変化があった平成の時代。一方で、2013(平成25)年に「新型出生前検査」が始まると、胎児の染色体異常が確定し出産可能な人のうち98%が人工妊娠中絶を選んだというデータも・・・。こうした世の中の動きに、玉木は「生きている人たちが、必ずしも同じ方向をむいて歩いてない!?」とモヤモヤしている!

そんな玉木がいつも思い浮かべるのが、幼いころ母親から言われた「ちゃんと産んであげられなくてごめんね」という言葉。「障害がなく産んであげたいという、お母さんの気持ちは分かる」と話す藤本美貴さんに対し、玉木は、「幸せかどうかは、障害に関係なく、生きてみないと分からない。本人にしかわからない。」と強く主張。美貴さんも「お母さんも当時はそう言ったかもしれないけど、今、玉木さんが幸せだと聞いたら、すごい幸せだと思う」と語った。

玉木幸則 “平成”を語る 後編2009-2018 写真7

岡本真希も「私、生きていて不幸せと思ったことがない。障害者は不幸だと思っている人に、私の生活を見せてあげたい」と笑う。大西瞳も「脚を切った時はすごく落ち込んだけど、もしいま脚が生えてきたら、逆に仕事も失うし、パラリンピックに出るという夢すら断たれる。悪いことが起こったと思っても、結果的に不幸かどうかは生き続けてみなければわからない」と語った。
2週にわたり、“平成”のさまざまな出来事をバリバラ的目線で振り返った。どうすれば、それぞれが自分の思う“幸せ”を実現できる世の中にできるのか?これからも、みんなで考え続けていきます!

玉木幸則のコレだけ言わせて

玉木幸則のコレだけ言わせて

「結局は、人を大事にしているか」

今回はいろんなトピックがあって濃かったし、ひとことで振り返るのは難しいけど、例えば相模原の事件やLGBTの話など、根本的なところはつながっていると思う。結局は「人を大事にしているか」、という話。だから収録でも言ったけど、これからのバリバラは、生きづらさを持っている人がいるなら、健常者も障害者も関係なく焦点を当てていくべきやと思う。それともうひとつ、相模原の事件などを風化させないことが大事。「毎年その時期が来たらそれを思い出す」だけではなく、なぜそんなことが起きたのか? その裏にはなにがあるのか? をみんなで考えて、語り尽くして、変えていく、ということがやっぱり大事やと思う。