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ご意見・ご感想募集みなさんの率直な意見をお待ちしています。

2015年10月10日のテーマ

巨大化する“組み体操” 誰のため? 何のため?

スポーツの秋を迎え、学校は運動会シーズン真っ盛り! その花形種目の1つである組み体操が、近年巨大化しています。 人間ピラミッドが高さ7mに及ぶ例も。 賞賛の声がある一方で、1年間に8500件以上の事故が起こり、障害が残るケースもあります。 どうして、組み体操が巨大化しているのか?危険を知りつつ、やめられない事情とは? 学校と体育をとりまく現状を深読みします。

●組み体操についてどう思う?
●組み体操が巨大化しているのはなぜ?
●学校の体育で、何を教えるべき?

このほか、ご意見や疑問を自由にお寄せください!


テーマに寄せられたご意見

コミュニケーションをとるために大事だと先生が思うのなら…

自分は組体操のピラミッドは低めのを数ヶ所に分けてするのが良いかと…

でも先生がコミュニケーションをとるため、いじめ防止に繋がるからというなら先生達でもピラミッドをやってみたらと思う。
生徒のコミュニケーションの場がなくなってきてるというけど先生も一緒だと思うし。
生徒は先生が先生の中でどのポジションにいるのか見ているし、教えてくれている人達の雰囲気やコミュニケーションのとりかたとか生徒に移るものだとも思う。
先生同士の協力する姿を見せるのが生徒にとって良い影響を与えると思う。

劣等感も悪くないかも

小野さん、ハッキリ意見を言ってくれて大好きです!小学校の体育、私も嫌いでした。何をやっても、努力しても、苦手な種目は苦手・・・。でも、スポーツは好きだったんです。やるからには試合に出て勝ちたい・・けれど、勝てなかった~。悔しさと屈辱感はいまだに忘れられない劣等感です。
今、私が楽しんでいるスポーツは、ハイキングと自転車(ママチャリであちこち行く!)と植木の剪定。身体を動かすのは好きみたいです。そんな私を見て、「活動的」とか「スポーツウーマン」なんて言ってくれるひともいます。「体育が苦手」という劣等感は、「算数が苦手」と同じで、あってあたりまえ。(でも、何か違う・・・とは思いますが・・。これを書くと、長くなるので。)
「苦手」という劣等感があるからこそ、大人になって何か出来たとき、すごく嬉しいのかもしれないな~とも思っています。劣等感も悪くない、のです。

体力低下も心配です。

今、小学校の教師をしています。先日組体操をしました。ピラミッドは五段で、補助が3人つきました。
今の子どもたちの体力はかなり低いです。ボールを投げれば3m、持久走は途中で止め、短距離は本気で走ろうとしません。じっと座ることさえできず、握力計が動かないこともよくあります。この状態でなんでもかんでもなくしていけば、益々体力は低下してしまいます。
うちのクラスにもクラスに入りにくく、組体操を端で見ていた子もいました。みんなでその子の分も頑張ろうと声を掛け合い成功したあとの子どもたちの表情はとても自信に満ち溢れていました。中には泣いて抱き合う子もいます。
できない、やりたくない、だからやらないは社会に出てから通用するものではないです。できないけどやってみる。それでできたときに自信がうまれるのではないでしょうか。
そのために教師が教材研究し、みんなができる授業を考えていかなくてはと思います。

いろんなとらえ方があるんですね。

いじめられっ子や主張できない弱い子だから土台に回されるということはあり得ないと思います。多くの教員は、そんな組み方は絶対にしません。むしろ、踏ん張りのきかない子は、できるだけ負担のないところにします。小さな技でも、出来るだけ全員が上に上がれる機会もつくるように配慮しています。
八千件を超える事故があるとのことですが、私の回りでは骨折などの大きなケガは聞いたことがありません。きちんと安全を確保できる指導をし、子どもたちの力に合った構成にすれば、組体操が危ない、必要ない、という流れにはならないのではないでしょうか。
大阪市の打ちだしは、ある意味ではよかったです。ただ9月1日付と、現場にとってはギリギリ過ぎて困ったところも多かったようですが。
わたし自身も、6年生の担任ですが、鈴木氏のように笛を吹く自分に心酔するというのではなく、子どもたちのがんばりと成長に胸が熱くなりました。

学校教育なのに非科学的?

組み体操の議論でも「一体感」や「達成感」といった精神面が争点となる体育教育の在り方に疑問を感じます。
パソコンが広く普及し誰でも演算トライアルが簡単にできる今日、どんな業界でも生産や運営の最適化に表計算ソフト等を活用するのは当たり前の時代です。組み体操程度なら児童生徒の体重や制作過程の動揺を計算し、自校生徒の体力テスト結果を参照すれば安全に実施できる段数も算出できるはず。更には事前の筋力トレーニングで段数が増やせるかどうか、達成目標を生徒へ示す事も難しくはないと考えます。
脱水症状や熱中症等の知識も貧弱で、クラブ活動で「水を飲んだらバテる」と忍耐を強要し事故に至ったり運動嫌いの子供を生んでいた私たちの小中学生時代から“精神論偏重”の体育教育は余り変わっていないのかな、と思いました。

福岡県の中学校の体育祭の組み体操にて

ピラミッド崩しなどと言う事をやっている中学校があります。自分も組み体操の一番下の土台として参加させられたのですが、崩した際に鼻の骨を骨折すると言う出来事が発生しました。その事について学校側にピラミッド崩しを止めるように抗議しましたが聞き入れて貰えませんでした。
協力することで得られる達成感などと教師は言っていますが、実際にやっている生徒から見たら、教師の見栄のためにキツイ思いはしたくないと言うのが実情だと思います。
現在の平均体重で十段ピラミッドをすると言うのは土台の生徒の負荷や怪我をするリスクを考慮していないと自分は思います。
故に一度体育教師に一番下の土台として体験させて実感させてみるのが一番改善案が出る機会であると自分は思います。

今日の放送を観まして疑問に思ったこと。

ピラミッドの高さを何段と決めてから練習すること自体おかしいのでは?
腕立て伏せを何百回とか棒登り・縄のぼりを連続何回できたら何段、など運動会の練習に入る前の児童の体力で本来決めるべきなのではないでしょうか?
達成感は何も本番うまくいくかだけではなく「何段」やりたいから日々の体育で体力を付け日々頑張ったから「何段」に挑戦できたというほうが自然だし教育的にも合点がいきますがどうなんでしょうか。

組体操についてどう思う?

組体操をすれば体育大会に大勢の保護者が来てくれるからという理由で、プログラムに入れる学校が多い。しかし、身長の高い子供は、いつも土台になり、そのために一生抱えていかないといけないケガを負う子もいる。忍耐も、協調性も身に付くとか、みんなのためとか、我が子がいつも土台になったら、全生徒の親はどう思うのか?我が子は、この組体操のせいで、土台になったせいで、一生椎間板ヘルニアを負うことになった。怪我後は、部活も思いっきりできず、しばらくは、普段の生活ですらままならなかった。客寄せの為にやるなら、組体操などしなくて良い。一部の生徒の犠牲などいらない。

安全を教える教育を

乙武さんが仰っていた、理科の実験でマッチを擦ったりすることもある。
同感です。

危険を伴うことを、安全にできるように指導するのが教育だと思います!

感動の視点を変える

組み体操に反対はしません。が、より高い段数を完成させることだけが感動を生むとも思いません。小さなピラミッドでもその他の技でも、全体が揃って美しく演技できるようになれば、それは皆の努力の結果であり、生徒も保護者も先生も、達成感があるのではないでしょうか。感動の視点を変えてみては、と思います。

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