土曜の朝はしっかり!じっくり!週刊FU.KA.YO.MI生放送!

NHK総合 毎週土曜 午前8:15~9:28

―――

ご意見・ご感想募集みなさんの率直な意見をお待ちしています。

2013年08月31日のテーマ

子どものため? どう考える“過激”な表現

今月、松江市教育委員会が表現が過激だとして図書室の「はだしのゲン」について閉架にするよう小・中学校に求めていたことが明らかになりました。(26日に撤回)また、スタジオジブリの映画「風立ちぬ」の喫煙シーンについて自粛を求める声が上がったことも話題に。マンガやゲーム、テレビや映画など、子どもへの“過激”な表現についてどう考えたらいいのか? 今回のニュースを入り口に、日本の過去の事例をひもときながら、深読みします。

●マンガなどで子どもの目に触れさせたくないと思ったことは?
●子どもたちに対する規制や制限についてどう考える?
●規制するかどうかの線引きは誰がどうやって決める?


テーマに寄せられたご意見

人格形成の一部が規制されているというようにも考えられる

はだしのゲン騒動において私は一貫して今どきの保護者は現実の世界ではなく理想(夢)の世界で子供を育てているのかと思いました。
性的な表現・暴力表現などのある本には見ても大丈夫と思われる適正年齢を考えて与えたり、触れる機会をつくるなどをしたほうがよいと考えていますが、保護者が自らの教育に自信が持てない結果、子供にまつわる周囲の環境に口を出してなるべく穏便に済ませようとしているように感じます。育児放棄の一種のように思えるのです。
過激な表現というのも疑わしいワンシーンを取り上げて過剰反応するのは、そこから学べるはずの「何か」を感じる機会が永遠に失われているのではないでしょうか。

どう考える“過激”な表現

昔は家族で食事をしながらニュースを見聞きしていました。
今は子供に見せたくないどころか、食事中に効きたくないニュースが多すぎます。
ニュースは、現実の世界です。

長く語り継がれた物語と、現代の映像化技術の差

私も実際に子供に読んで聴かせる時、昔話の残虐さに戸惑ったことがあり、自分なりに文献などを読んでみました。
出した結論は、長い間語り継がれてきた物語には古い時代からの知恵が詰まっているので、へんにストーリーを変えるべきではない、ただし、それを「映像化」したものは同じではない、ということでした。
さるかに合戦の例でいえば、子供に語り聞かせるとき、語りて側は、「有利な立場にあるからといって弱いものいじめをしていると報いをうける」「弱い立場にあるものも協力して悪い奴を懲らしめることができる」点に重きをおきます。
そうすると聞いている子供には、懲悪勧善が十分に伝わるのではないでしょうか。
しかし、それを映像化して潰された蟹やサルを生々しく映像描写すると、子供の心にその場面が焼き付いてしまうと思うのです。
番組での議論が、物語と映像、漫画を同じものとしているので分けて考えるべきではないかと思います。

絵本、童話

絵本や童話の規制に関して反対です。
絵本についていろいろ学んだことがありますが、子供が絵本を読むことで自分の経験として頭に入るそうで綺麗なことばかりじゃない世の中に対応できる知恵がつくと言われています。こういうことをしたらこういうことになるというのを疑似体験しているのです。子供はちゃんとそれによっていろいろ学ぶのです。
実際にそういう場面に対応できず強く生き抜いていく力を削いでしまっているのです。

論争の現状

現在の数々の言い争いを見ていると、「表現があることで抑止されている」と「表現があることで助長されている」との水掛け論になっているようで、永遠に平行線をたどることは目に見えている。何をどうとらえるかは個人個人で違うのだから、過度な一般化はそれこそ将来のためによくない。

規制について

以前海外に住んでいたことがありますが、テレビで見せる番組で規制があり、クレヨンしんちゃんは11時以降の大人の番組、ウルトラマンも微妙な扱いだったと思いますが、どちらも子供に人気の番組でした。 
海外に住んでみて日本がいかにオープンなのかを実感しました。
子供の頃、いとこの家でキューティハニーを初めて見たときは衝撃的でした。どきどきしてみました、今考えると、変身のシーンしか覚えていない(笑)

見せていいモノとそうでないものは小さい子供にとっては親は考えながら対応していかなければならないかと思います。 

過剰な規制に不安

子供に与える情報を規制しようとしているひとたちは、自分たち以外の人間には十分な判断能力が備わっていないから、教えてあげなくちゃいけない、守ってあげなくちゃいけないと思っていらっしゃるようですね。愚民観の自覚、ありますか?
わたしは小学生のときから、物事を社会的正義にかなうかどうかで判断してきました。
自分の嗜好などが社会的に受け入れられるものなのかどうかの判断ができないような人は、どんな作品に触れたかに関わらず、その人の性質のせいでそうなっているのでしょう。
普通の人は、発信も受信も、自分の信じる正義に基づいて判断できます。
子供を、若者を、「知識も良識もない愚民」を馬鹿にしないで
学ぶ機会を必要以上に奪われるのが不安です。

結局

特に性的なもの、残酷なものは規制はせず、こどもだけに判断させるのは、心配です。
結局家庭、はは親の責任にされてしまうのでしょうか。

規制や制限

大人になるまで規制をしすぎると
大人になって規制がなくなると、免疫が何もない状態で沢山の情報が
入ってくるとその反動が怖いと思う。

大人の過干渉は...

二人の男の子を持つ母親で、大変興味深く拝見しています。

先ほど、暴力画像を幼児に見せた結果を話してましたが、幼児のマネは成長過程において必要不可欠です。
例えばケンカシーンはメディアからではなく兄弟から見ることもあると思います。
要は、ケンカ(暴力)が悪いと直結させるのではなく、その後相手や自分がどういった気持ちになるのか、これからどうすれば良いのかを学び考える機会なのだととらえることはできないのでしょうか。

子ども時代に大人が過干渉してしまうと、自由に閲覧できる年齢になった時に上手く対応できない大人になってしまうのではないかと不安です。


  • twitter
  • NHKオンデマンド