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ご意見・ご感想募集みなさんの率直な意見をお待ちしています。

2014年09月06日のテーマ

繰り返される大雨の被害 命を守るには…

この夏、記録的な大雨による被害が全国で相次いでいます。中でも、広島市では、8月20日に大規模な土砂災害が同時多発的に発生、多くの方が犠牲になりました。被害を受けた地区は「土砂災害警戒区域」に指定されておらず、さらに市による避難勧告が災害発生後に出されるなど、さまざまな課題が浮かび上がってきています。台風、秋雨という秋の大雨シーズンを前に、なぜ被害は繰り返されるのか?私たちはどう災害のリスクに備えるか?深読みします。

●なぜ、災害は繰り返されると思いますか?
●政府や地方自治体の対策の課題は何か?住民の防災意識は?
●いざという時の避難や対策はどうあるべき?
など、大雨や台風への疑問やご意見をお寄せ下さい!


テーマに寄せられたご意見

大島も広島も怠慢

なんといっても、自治体の怠慢以外なにものでもない。

ちぐる

広島市の土砂災害は衝撃的でした。夜間にあんな事が起きたら、お休みになられてる方も多いと思うので、逃げれなかったと思います。夜間の避難をどうすればいいかということを考えるべきだと思います。あと、ハザードマップが意外にも活用されていない気がします。

人が増え過ぎなのが根本的問題

今回のような災害が繰り返されるのは、
人が安全に生活できる土地に対して人口が増え過ぎてしまったのが問題。
昔は、山でも川でも海でも緩衝地帯を作って災害を避けることをしてたと思います。
日本は、山と海に囲まれているため、災害を避けて本当は生活できる土地って、考えているよる少ない。
日本で安全に生活できる土地の広さから、どのくらいの人が生活できるのか考えることも大切だと思います。

災害対策について

よく50年に1度の大災害と言いますが。今から50年先と思っていませんか?
 今日、明日が50年目かも分かりません。人命被害を最小限にとどめるには、少しでも早く避難するしかない。

豪雨の避難は普段の感覚から想像もつかない状況も・・・

8月20日の未明、私は広島市西部の職場に詰めており、被害が大きかった地域より1時間くらい前に雨のピークを迎えました。今回の雨は降雨より前に猛烈な雷が長く続き断続的な停電も頻発する状況でした。そして雷がおさまると同時に雨が降り始め、見る見るうちに室内から漏れる明かりでもはっきりと白く尾を引く雨粒が見える位の豪雨になりました。このような状況下で寝起きから身支度を整え安全に避難するのは困難だったかとも思えます。傘も懐中電灯も役に立たず、車の運行も視界が効かず難しかったでしょう。
最善は避難勧告に従って安全な避難所へ身を寄せる事なのは間違いありません。ただ、避難勧告が出なかったり届かなかったり、避難の準備が出来た時には豪雨のただ中だったり、そんな時も想定して「次善の策=悪条件下で可能な範囲での安全確保策」も普段から家族で話し合っていた方が良いと思います。

口先の防災意識ではなく、自助こそ必要!

政治家が何かにつけて「安全・安心」と言いだしてから、人間の管理することができない自然災害でも、何かあれば国や自治体の防災機関が絶対に助けてくれるという期待が強くなったように思います。
報道機関も、被災者の行動や居住地に潜在していた原因を調べずに、何か起きれば行政の対応遅ればかりを追及するため、国民は、ますます自分の命は自分で守るとか、住んでいる場所に潜在する危険を考えて行動しようとする意識が欠けていきます。
この何かあれば、全て行政がとか、社会が悪いという風潮を変えないと、異常気象が状態化した現代では、いつまでも同じことの繰り返しです。
人それぞれ周辺状況が異なるので、行政からの避難勧告を待つとか、昔から言われている災害の前兆現象にとらわれるのではなく、いままさに目の前で異常な降雨があれば、予め考え、準備しておいた災害対応を行うべきで、当たり前のことを当たり前にしましょう。

避難

我が家はリウマチで寝たきりの母を介護中。
私は車を運転できないので、私一人では母を遠くに避難させられない。
もしもの時はとにかく母を我が家の二階か三階に連れて上がり救助を待つことに決めています。

大切なのは命

危ないのに危ないと言わない。
土砂災害警戒区域に指定すると地価が下がる。
そんな話が聞かれる。

いつから日本人は、命とお金を天秤にかけるようになってしまったのか。

そういえば、原発も同じ。
命の大切さを教えなければならないのは、大人の方だ。

まさか自分に

災害、天災がある程度予想できるようになってきても、確実ではないので、実感としての危機感が持てません。
近所で被害が出て、初めて身の危険を感じて行動に移すのがやっとだと思います。
遠い地域で被害があっても、どうしても自分のところは大丈夫と思ってしまいます。
もし、自分のところでゲリラ豪雨があったらどんな危険が考えられるか、どうなったら避難を始めるかなど、何もない時に考えるのはとても難しい。そしてその避難の基準を防災無線や警報に頼ると、判断が遅れる可能性があるという。自分で判断する自信もない。
自治会で勉強会をしたり、回覧板で回したり、小学生のころから、地域の特性や過去の災害を学び、「自分ならどうする」を考え、動く訓練をしておく必要があるのではいかと思います。雷が鳴りだしたらどうする、竜巻警報が出たらどうする。いかに自分のこととして想像できるかにかかっている気がします。

「老人は置いていけ」と普段から老人が宣言すべきでないか

津波等からの避難に際し、老人を連れて行けば、世話をやく人も老人も、明らかに助からないという場面も多いだろう。
その様なときは、明らかに、若い人は老人を置いて行くべきだろう。

しかし、混乱の中で状況を判断し、結論を出すのは困難で、世話を焼く人も逃げ遅れるのでなかろうか。

世話を焼く人の決断を鈍らせないため、老人は普段から、周囲の人たちに、共倒れが予想される時は、自分を置いて逃げるようにと話して置く必要があろう。

若い人達のとっさの判断を鈍らせてはならない。

「津波てんでんこ」という表現があるそうであるが、ここまではっきりと説明されていないのでないか?

以上、老人から老人へ。

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