自殺について語ろう

斎藤 環(さいとう たまき)さん

1961年、岩手県生まれ。精神科医。ひきこもり問題の治療・支援や啓蒙活動に取り組み、「ひきこもり問題の第一人者」と言われる。また、サブカルチャー全般に造詣が深く、幅広く評論活動を行っている。著書に『社会的ひきこもり』(PHP新書)、『ひきこもり文化論』(紀伊國屋書店)、『文学の断層 セカイ・震災・キャラクター』(朝日新聞出版)、『母は娘の人生を支配する──なぜ「母殺し」は難しいのか』(NHK出版)など多数。
(2008年度掲載)

斎藤 環さんからのメッセージ

最近、「自分のことが嫌いで仕方ない」、という若者が増えているように思います。
いま「死にたい」と考えているあなたも、きっと自分のことが大嫌いなんでしょう。
自分が自分であることに耐えられない。
自分の存在は、人の迷惑にしかならない。
自分の顔も、声も、性格も、何もかもが気に入らない。
そう、自分の考え方も、生き方も、これまでやってきたことも、自分が作り出してきたものまでも。
そんな自分のありようは、これからもずっと一生変わらない。
そんなダメな自分ひとりのために、周りの人が苦しんだり困ったりするのはすまないし、迷惑をかけている自分がどうしても許せない。
自分のような価値のない人間は、早くいなくなったほうがいい。
そんなふうに感じたり、考えたりしてはいないでしょうか。
もしそうだとすれば、それはとても辛いことですね。
でも、ちょっとだけ、考えてみてください。
「嫌い」と「好き」とは、実は同じことです。このふたつの感情は、ちょうどふたごのように、根っこのところでつながっているからです。
なぜでしょうか。
「好き」も「嫌い」も、「気になる」という意味では一緒ですよね。
自己愛というのは、なにも「自分大好き」という気持ちばかりじゃありません。
好きであれ嫌いであれ、どんな形にせよ「自分のことが気になる」こと。
これが最初の自己愛なんです。
良かれ悪しかれ、自分のことが気にならない人はいません。
あなたは「自分が嫌い」という形でしか、自分を好きになれない病気にかかっているだけです。「病気」という言葉が強すぎるなら、「一時的なアンバランス」です。
だからお願いです。そんな理由で死を選んだり、体を傷つけたりしないでください。
「傷つける自分」や「死にたい自分」のことが、ますます「気になって」、それにとらわれてしまうからです。
そうはいっても、苦しさは変わらない。
そんなときは、どうすればいいのでしょうか。
もちろん治療やカウンセリングも、あなたの助けになるでしょう。もし今迷っているのなら、ともかく一度行ってみることをおすすめします。
でも、なかなかそこまでは…という人向けには、こんなやり方はどうでしょう。
いまあなたを支えている人、あなたが大好きな人、かつて好きだった人、嫌いだった人。あなたを待っている人、あなたから去っていった人、あなたが捨ててきた人。
つまり、あなたにとって「気になる」人たちみんなの顔を、ひとりひとり丁寧に、ゆっくりと時間をかけて思い浮かべてみてください。
そうすれば、あなたにもきっとわかるはずです。
「人間の顔」そのものが、「死んではいけない」という強いメッセージにほかならない、ということが。

※ちなみに「自分のことは嫌いじゃないけど、どうしても死ななきゃならない気がする」と感じている人。精神科医として断言しますが、あなたはかなり重症の病気です。
重症ではありますが、確実に治る病気です。
すぐにもよりの精神科で、治療を受けられることをお勧めします。

 
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