自殺について語ろう

玄侑 宗久(げんゆう そうきゅう)さん

1956年福島県生まれ。現在は臨済宗福聚寺住職。2001年、「中陰の花」で第125回芥川賞受賞。2007年には柳澤桂子氏との「般若心経 いのちの対話」で第68回文藝春秋読者賞を受賞。小説のほか、仏教や禅関連の著作、また対談なども多い。2008年8月には連作小説集『テルちゃん』(新潮社)刊行。
(2008年度掲載)

玄侑さんの自著『無功徳』(海竜社)の中でも、本メッセージを紹介するとともに心といのちについて禅の訓(おし)えを綴っています。

玄侑 宗久さんからのメッセージ

 二十代、死ぬことを考えた日々を憶いだすと、不思議なことに気づいた。住んでいた部屋や建物の外観、駅の名前は覚えているのだが、駅からそのアパートまでの道筋や、逆にアパートから駅までの景色がまったく憶いだせないのである。
いったい何を見て歩いていたのだろう。
たぶん歩幅も狭く、首も回らず、意識は頭にばかり行っていたのだろうと思う。
要するに、病んでいたのである。
今は、たとえば手作業するときは意識を手におき、歩くときはからだの中心部に意識を保ち、椅子に坐れば意識は椅子との接触面に広げる。そうすると、余計な考えが煮詰まらず体が動かしやすいばかりでなく、自分が常に変化しつづけているのが実感できるのだ。
常に変化しつづけるなら、最悪の事態も好転するに決まっているではないか。
変化は自分だけでなく、周囲との関係のなかでとてもダイナミックに起こる。
今後の成り行きを頭で勝手に分かったつもりになり、もう死んだほうが、などと思ったことが今はとても恥ずかしい。
私が若かった頃よりも社会の情勢はもっと息苦しく、生きにくい世の中になっているとは思う。若者や高齢者には、特に情がない社会制度だとも思う。
しかしどうか諦めないでほしい。
人生という崇高な作品の完成は、粘りづよく苦を乗り越えていった晩年だけにあり得るのだと思う。私はこれまでほぼ1000人ほどの死に顔を見てきて、つくづくそう思うのである。
最後に一つだけ、あなたの白血球の寿命がほぼ24時間であることを申し上げておきたい。白血球は毎日入れ替わっている。昨日の続きが今日ではないのである。

 
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