自殺について語ろう

人と人とがお互いに尊重でき、つながりあえる社会めざして。(前編)

1978年に「自殺防止センター」を立ち上げて以来、「死にたい」という人々の電話相談を受け続けてきた西原由記子さん。生きるか死ぬかのギリギリの淵に立った人々の声に、真摯に耳を傾けてきた西原さんに、活動にかける想いをうかがいました。
(2010年度掲載)

西原由記子さん(にしはら・ゆきこ)
1933年、兵庫県生まれ。78年大阪に「自殺防止センター」を設立した、日本の自殺防止の先駆的存在。98年東京にも「自殺防止センター」を立ち上げる。
※西原さんは、2014年2月にお亡くなりになりました。

「死にたい」という言葉から
逃げてはいけないと思いました。

自殺防止のための電話相談をはじめてちょうど30年になりました。それ以前から、自殺に関しては心を痛めていました。当時の日本は自殺者の低年齢化が進み、社会問題になっているような状態でした。それまではせいぜい20代の自殺だったのが、10代前半の子どもたちの自殺が目立ちはじめてきたころです。同じころ、親しくしていた青年を自殺で亡くし、彼の死を無駄にしたくないと、電話相談をはじめることにしたのです。
子どもたちは「死にたい」と訴えていました。しかし、まわりの大人たちは「そんなバカなことを言うもんじゃない」と、その言葉を封じ込めます。「死にたい」という言葉は、実は「助けてほしい」というサインなのに、大人は「死にたい」という言葉に怖じ気づいて逃げてしまう。私は、子どもたちの言葉から逃げずに、そのサインを発している相手と深く関わっていこうと思ったのでした。

はじめた当初は、子どもたちの電話もそうですが、圧倒的に成人女性からの電話が多かったですね。男性のほうが自殺する人数は多く、誰にも言わずに、悩みや問題を抱えたまま自殺してしまう方が多いのです。性差を超えて、人間である限り誰だって、追い詰められたら死にたくなるのは当然だと、私はずっと訴え続けました。2000年ぐらいからは、中高年男性からの電話も多くなっています。

30年間、さまざまな方からのお電話を受けていますが、自分の悩みをそっくりそのまま受け入れてもらえない人が多いという点は変わらないですね。人が自殺にいたるということは、ぽつんと一人ぼっちになり、誰とも関わりがなくなるということ。もし、誰かがそこに関われたら、その人も自分を表現することができていくのでしょうが、自分からはとうてい関わる気力がない。ですから、私たちは、そこになんらかの働きかけができて、つながることができればいいなと思っています。


年末から年度末にかけて
危機的な状態が続いています。

これから年度末の3月にかけて、大変なことになりそうな予感がします。ちょうど急激に自殺者数が増えた98年を思い出します。あのときも3月がもっとも自殺者数が多かった。そのときの傾向によく似ているんです。だから、なんとか策を考えなければならないと思っています。
どうして年間3万人もの人々が自殺で亡くなっていくのでしょう。その答えは、「人間の価値をどこに置くか」ということに関係があるような気がします。
人間の価値をお金に換算する……私たちはそんな世の中に住んでいます。私たちは、その人がその人らしく生きられるという社会を備えられないまま、規格通りでなければ、それ以外はふるい落とされてしまうような殺伐とした社会を続けている。だから、こんな状態になってしまっている……そんな気がするのです。

30年間も活動をしてきたのに、ちっとも自殺者数が減らない……とむなしく感じることがたまにありますが、そんな自分を傲慢だとも思います。「自殺者数を何パーセント減らす」とか「何人減少させる」といった数字上の問題ではなく、私と出会った人、仮にたとえたった一人でも、その命をいとおしんで、「一緒に生きていこうよ」と言える社会づくりをしなければならない。個人個人が目覚めていくしかないんですよね。一人ひとり、お互いの関係を認め合うこと。それぞれを認め合いながら、その人らしい生き方ができるようになればいいですよね。

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