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  • 精神疾患の親に育てられた経験のある方 体験談・メッセージをお寄せください(2017年4月「チエノバ」)

    番組ディレクター
    記事ID:56728

    「気分に波のある母親に毎日振り回された」
    「恥ずかしい、知られたくない、誰にも相談できない」
    「私のせいだ、私がもっと頑張らないと…」

    ここ数年、精神医療や福祉の現場で、「精神疾患の親に育てられた子ども」の存在に、少しずつ光が当たるようになってきました。
    そこで明らかになってきたのは、当事者が抱える壮絶な生活の実態と生きづらさです。親に病識がなく未受診だったり、周囲の大人から病気のことを説明してもらえないなど、理由の分からないまま混乱の日々を送っていたという人が少なくありません。「家族のことは誰にも話せない」「自分がなんとかしなくては」と抱え込み、「誰も助けてくれない」と絶望したり、「親を殺したい、でも見捨てられない」などの葛藤に苦しんだという声。さらには、大人になってからも、自己肯定感が持てない、対人関係の困難さなど、さまざまな生きづらさを抱えるケースが多いと言われています。
    しかし、こうした問題は、社会にほとんど知られていません。

    そこで“チエノバ”では、改めて、精神疾患のある親に育てられた当事者の声を募集し、番組で取り上げます。

    例えば
    ●子どもの頃、こんなことが辛かった、苦しかった、分からなかった
    ●大人になってから、こんなことで苦しんだ(苦しんでいる)
    ●周囲の大人にこんなふうに関わって欲しかった、こんなサポートがあれば良かったのに
    ●自分を救ってくれた出会いや経験、過去との向き合い方、今だから言えること
    ●渦中にいる子どもたちや同じ立場の人たちに「これだけは伝えたい」こと… など

    番組は、みなさんからのカキコミをもとに作ります。
    あなたの言葉が、こうした子どもたちがいることを世の中に知ってもらうことに繋がり、また、同じように苦しむ人たちにとっての力になるかもしれません。

    ぜひ、体験談・メッセージをお寄せください。お待ちしています。

    ※放送は終了しましたが、こちらのカキコミ板ではみなさんにとっての「交流の場」となるよう、引き続きご意見を募集します。ぜひ、あなたの「声」をお寄せください。

    番組スタッフより
    ★関連番組

    2017年4月6日放送  WEB連動企画チエノバ 「精神疾患の親を持つ子ども」

     
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    投稿日時:2017年03月01日 13時53分

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  • エール

    我が家の場合
    ハート1号さん / 40代 / 子供
    記事ID: 63253

    私は生後から現在迄、両親の心が健康な時をほとんど知りません。兄妹の2番目は私が生まれる前に病死。母はその為精神を病んだそうです。(発達障がいもある様に感じます。)母からあなたは子供が死んだから仕方なく産んだと言われて育ちました。母は新興宗教に夢中になり、父は酒を飲むと暴れます。長子は数年前から精神障がい者です。母は私に虐待を続け、進路、就職等で母の希望の進路しか許してもらえず、私の全てを支配しました。面と向かって、イライラ解消で子供を虐待しても構わないと言われた事もあります。私は、生きていいのか分からず過ごして来ましたが、20代後半に、死んだ姉からチャンスを貰ったと思えるようになりました。今も母に怯え、過去の記憶が蘇り悲しくなります。今は、幸か不幸か実体験が活かされる仕事に就いています。

    投稿日時:2017年09月20日 22時49分

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  • 悩み

    子どもの精神的な負担について、もっと考えて欲しい。
    みかんさん / 神奈川県 / 10代 / 子ども
    記事ID: 63052

    私のお母さんは、私が小学生の時に統合失調症になりました。発症してからずっと病院に通い、薬を貰って服用しています。だけど、季節の変わり目や、ストレスが溜まると調子を崩し幻覚や幻聴の症状が出るみたいで、時々急性期病棟に数ヶ月間入院しています。
    私は、母親が幻覚や幻聴の症状が出てから入院するまでの期間がすごく嫌でした。父親も、母が発症するまで精神病については無縁だったし、しょうがないかもしれないけど、私が小中学生の頃は病院に連れていくタイミングが悪く、症状がすごく悪くなってからだった気がします。母親が変な状態になっているのが凄く嫌でした。今でも嫌ですが。行方不明になったこともあるし、小学生の頃は毎日毎日顔色うかがって心配して、救急車が通ると自分の母親が乗ってるんじゃないかって思ったりしてました。本当にいろいろあったけど、トラウマがたくさん残っています。そして今1番自分の中で思っているのが、自分がそういう状況で生活していて、怖い思いもたくさんしたのに、誰も周りの大人が自分のことを気にかけてくれなかったこと。
    お母さんの病気と向き合うことで一杯いっぱいだったのかもしれないけど、例えば病院の人とか、誰でもいいから気にかけて欲しかったなって。せめてもの救いがあったら、今の自分の心持ちとか、ちょっと違ったんじゃないかなって思います。幸い自分は、友だちや出会った人には恵まれて特に外では嫌な思いもせずに毎日過ごしているけど、結局自分自身の肯定感とか、心底にあるものって変わらないし、人に母親のことを相談できたことも一度もありません。もっともっと、精神病の親を持つ子どもに関心を持つ社会になって欲しい。自分の無念を晴らす為じゃないけど、私は将来福祉の道に進んで、頑張っていこうと思います。今日初めてこの掲示板を知ったんですけど、いろんな方の投稿を見てみようと思います。

    投稿日時:2017年09月14日 21時35分

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  • かなしい

    誰かの病気を疑っている状態における周りの態度 その態度による家族の苦しみ
    みちこさん / 子ども
    記事ID: 62997

    どのように書くべきか悩ましかったのですが

    この夏、芸能人のスキャンダルとして、ワイドショーやネットニュースにたくさん出ていた話題、そのニュースへの反応、主にネット上での反応が苦しかったです

    ここで意識しているニュースは、別々の芸能人の方複数人についてですが、個人の名前を書くつもりをありませんし
    その方を病気であろうか否かなどを今ここで書くつもりはありません

    私はその方々のニュースの取り上げ方、取り上げへの反応に苦しさを感じました


    冷笑している感じ…
    ばかにしている感じ…
    それでいて、病院に行くべきだ、家族は何してると家族への非難さえ

    そのような環境を私も経験してきたから


    私は子供の時
    親が明らかにおかしいのに周りの大人は親戚なども助けてくれなかった
    直接的には極力関わらないように距離を取られ、ばかにされ
    時には、親がおかしいことについて子供の私が注意される

    私は虐待環境におかれ
    救済もなく大人になり、家を出てから親とは距離を置いてきました

    何度も病院に行ってほしいと親に伝えました
    でも嫌だと、行ってくれない
    本で調べて、この症状であろうという病気を見つけ、検査に行ってほしいと伝えましたがやはり行ってくれなかった

    家族も途方に暮れていることがあると思います
    病院に行かず、ひどいことを繰り返す家族から、逃げるしか私は生きられなかった

    病気かもしれないと思う人がいたら一緒に考えるか、
    何も出来ないなら、せめて放置のみで、ばかにするような態度をとらないでほしいなと私は思います


    投稿日時:2017年09月13日 15時56分

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  • 提案

    僕の対処法
    ねこさん / 東京都 / 10代 / 子ども
    記事ID: 62886

    僕の父親はよくキレるのでトラブルを避けるためになるべく家の外に出るようにしてます。お店や体育館や公園や図書館など...そこで勉強も出来ます。家に帰るのは食事の時や寝るときだけです。そうすれば父親と会う回数が減ります。

    家にずっと居なければならない法律などありません。嫌な人とは離れればいいのです...

    投稿日時:2017年09月10日 23時51分

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  • かなしい

    ようやく自分の人生を
    ニックさん / 長野県 / 10代 / 長男
    記事ID: 62770

    僕が中2の時に父が双極性障害と診断され、仕事をやめました。
    母も臆病でヒステリックな性格から離婚が決断できず、高校3年のとき僕が限界をむかえ離婚を懇願するまで毎日辛い思いをしていました。
    学校でも中学時のいじめのトラウマから友達との距離感をつかめず孤立していました。
    学校の先生に相談してもなかなか親身になってもらえず軽くあしらわれ本当に辛かったです。
    学生という立場の人間にとっては
    家庭と学校が世界の全てなんですよね。家庭で苦しんでる子は学校でも他の子のように振る舞うことが出来ない。本来元気を蓄え安全基地となる場所が戦場と化すんです。心が疲弊し、対人関係もままならなくなると結果的に周りから孤立し、いじめの対象にもなりやすくなる。負のスパイラルが起こるんです。ボロボロの心で家庭と学校を往復するだけの5年間でした。そして教師といえどもこの家庭問題やいじめによる子供特有の孤独感、自己否定感を理解し、励ませる人はごくわずかだと思います。この苦痛を理解出来るのは、実際に自分も苦しんだ経験がある人だけなのかなと思いました。
    ようやく経済的にも自立し自分の居場所を取り戻しましたが、相変わらず気分は当時のままです。
    いつか同じような苦しみを乗り越えてきた方と友達になれる日がくれば嬉しいなと思ってます。




    投稿日時:2017年09月07日 21時24分

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  • うれしい

    いつか
    たんたんさん / 埼玉県 / 10代 / 子ども
    記事ID: 62687

    私は母子家庭で母は私が2歳の頃に統合失調症と診断されました。父と母が離婚してから今までずっと母方の実家に暮らしています。私の叔父にあたる母の兄も精神疾患で祖母も呼吸器系の病気などを患っています。家族の中で健康で的確な判断ができる人が私しか居ないので、負担が大きく辛い事が多いです。今は母も毎日お弁当を作ってくれたり家事も出来るようになり、とても感謝をしていますが、小学生の頃受けた母からの育児放棄や精神的苦痛が今も心の傷となり人を信頼できず、他人にも偽った自分を演じてしまったり、家族に素直な態度を取ることができません。そんな私を家族は理解してくれるはずはなく、いつもいつも叱られます。母の病気を悪化させる原因だと思われているのでしょう。自分が今まで生きてきた十数年間で自分と同じ経験や境遇の人に出会った事もなく、この事を相談できる訳でもなく、ずっと悩んでいましたが、このページを見つけて書き込まれたコメントを読んで、自分だけじゃないんだと味方ができたような気持ちになりました。救われた気持ちです。私は学校をたまに休みがちですが、自分の大好きな部活に熱中して充実した学校生活を送っています。家庭環境は複雑でたくさんの問題がありますが、いつか家族でお互いの事を尊重し合いながら暮らしていけるようになる日が来るまで頑張りたいと思います。まとまらない文ですみません。

    投稿日時:2017年09月05日 23時22分

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  • その他

    自分を大切に
    ひろさん / 鹿児島県 / 30代 /
    記事ID: 61916

    私の母は私が生まれる直前から統合失調症と診断されました。生まれたと同時に親子3人バラバラになりました。父は都会に残り、母は出身地の病院へ入院、私は母方の祖父母の元へ預けられました。
    入退院の繰り返しで家にいるときはいつも泣いていたり、幻覚が激しかったり、時に暴れたりしてました。育ての祖父母は母の病気を受け入れたくないのか無関心なのか、あまり母に寄り添わず自分勝手な行動・発言をしていたように見受けられました。
    このような家庭で育った私は親に甘える事が出来ず、愛情不足で苦しんでました。小さい頃の写真は笑顔がなく、また構ってほしいため、話を聞いてほしいため嘘をついたりにらんだり暴れたり…。
    中学生の時に母は自殺しました。
    この頃からは定かではありませんがつい最近まで自己否定感が強く自分を傷つけてました。そのため人間関係が上手く出来なかったり恋愛が出来なかったり、仕事依存になったり。
    また、祖父母が年を取ると私に依存するようになりいつの間にか共依存になってました。本当に苦しみました。
    今私は自分の意思でカウンセリングに通ってます。お金はかかりますがこれからの人生自分の為にと思い…。少しずつですが自己肯定感や自尊心が感じるようになりました。自分本来を取り戻す為に、自分を大切にします。

    投稿日時:2017年08月17日 15時25分

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  • かなしい

    病気に甘えた母
    くろさん / 愛知県 / 40代 / 子供
    記事ID: 61318

    双極性障害と統合失調症だった母。父は私が生まれると同時に家から出て行きました。母は家事が全く出来ず、祖母が遠くから来て家事と私の育児を全て引き受けて来ました。物心が付いた頃から、母は寝ているか体調がいい時には、パチンコに行って夜になっても帰ってこない日々でした。私が小学生になった頃、祖母が入退院を繰り返すようになって高学年になった頃には、家事全般を私が一人でやって何とか生活して来ました。ある日、家庭科で習った味噌汁を作って母に食べさせたら「まずい!」ご飯が少しでも固いと「こんなメシ食えない!」
    何か失敗すると「お前は私の子ではない」中学生になっても、お弁当を作ってもらえず、お昼を食べるのが本当に辛かったです。
    母には本当に振り回されました。夜中に外に出て大声で喚いて警察が来る事もありました、朝方に突然「幽霊が見える」などと言ってどこかに電話していたり、とにかく気が休まる事がありませんでした。
    中学二年の時に祖母が亡くなって、進路を決める時期になっても、母は「私は病気なんだから働いてね」高校に行かせて欲しいと頼むと「うちにはそんな金ないから」進学は諦めて就職しました。働くようになってから母の浪費癖が酷くなって給料を前借するようになりました。働いても生活が苦しくなる一方で、もうその日を生きるのでやっとと言う状態になりました。20歳で私は家を出ました。それから連絡は一切せず一人で暮らして来ました。頼れる人は誰一人いませんでした。何年か経って、私自身もうつ病と診断されました。昨年、役所から連絡があって母が亡くなった事を知らされました。
    遺品の中にあったエンデイングノートは、何も書かれていませんでした。何も伝わらなかったのかと言う無力感、この辛さは誰にも分からないと思います。

    投稿日時:2017年07月31日 15時55分

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  • かなしい

    母を守るために
    キャンディさん / 20代 / 子ども
    記事ID: 59834

    父の二度の浮気により、(別れたと言ってその後も継続していた)母はうつ病になりました。だんだん家事をこなせなくなり、なんとか仕事へは行くものの、土日は寝たきりの母に、当時思春期だった私はだらしない母だ、ときつく当たり、病気を理解しようともしませんでした。うつ病により、突然浴びせられるひどい暴言、そして父への消えない不信感から「死にたい死にたい」と母から何度も聞かされ、その度に怒り、そして涙が止まりませんでした。母が自殺していないかな、とドキドキしながら帰宅していた毎日でした。大学に進学したことで、精神疾患について学ぶ機会もあり、母の病気や精神疾患への理解が少しずつできるようになってきました。昨年私は結婚し、父母と別居していますが、先日、ついに父が出て行ったことで母のうつ病がひどくなり、いつ自殺してもおかしくない、と感じた私は、実家へ帰り、ひたすら母の辛い思いを聞く、側にいる、メンタルクリニックへ一緒に行く、と言う日々を送っています。精神疾患をもつ人と話をしていると、言葉を選び、神経を使い、また、大好きな人が死にたいと感じている事実、そして全てを投げ出した父への怒りなど全てが辛いです。私自身の仕事、自分の生活との両立が難しく、体への異常も出てきましたが、何とか私がしっかりしなければ、と踏ん張っている所にこのサイトを見つけました。番組は見れていないのですが、皆さまの投稿に、「私だけではない」と感じ少しホッとしました。子どもはいくつになっても親から見れば子どもです。精神疾患をもつ親へ一生懸命関わる子どもへのサポートが、より広がれば今回の私のように少しでも前向きになれる人が増えるのでは、と思います。

    投稿日時:2017年06月17日 16時29分

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  • 悩み

    割り切れないこと
    鞠さん / 熊本県 / 20代 / こども
    記事ID: 59809

    私の母は私が5歳の頃から統合失調症。自分が生まれてからだったことでどこかで「自分のせい。生まれてこなければよかったんだ」と思っていた。というのも、母の入院中に電話をかけたとき、「あんたなんか嫌いや。私の子じゃない」と言われたからである。
    それから数年し、祖父が自殺した。自分は周りを不幸にしてきたんだ…償いをしなければ…という思いもあり、今は精神科看護師をしている。いろいろ勉強して本当は自分のせいではないとわかっていても受け入れることができない。何に対しても自罰的で嫌なことも飲み込んでしまう癖がついていて、子供の頃からの考えは割り切ることができない。

    投稿日時:2017年06月17日 00時33分

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