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  • 悩み

    今の社会の「情報」
    たぬきさん / 福岡県 / 40代 /
    記事ID: 66840

    本来の情報に触れずに、偏った情報に触れると、「社会のため」として「本来でない」主張をする人がいます。

    「円周率はおよそ3」もちろん円周率は無理数ですから延々と続きます。
    しかし、曲線上にドアを作るとなると、ドアの設計に誤差がある以上、「およそ3」としかいえないのです。
    小数点以下どのようにするかなんて、実際の工学では違うものです。
    それを「今は学問が成り立たない」という答えですよね。

    同じように「障害者はかくあるべき」という場合、視覚障害と聴覚障害が正反対になるはずです。ましてや他の障害の場合を考えるとややこしい。

    しかし健常者って、勝手に都合のよい「障害者」を作って当てはめるから、現実に合わないってあるのです。
    段差にしても、視覚障害と車椅子だと正反対です。

    都合のよい「障害者」ばかり見て障害を考えても意味がないってわからないのでしょうか。

    投稿日時:2018年01月25日 20時05分

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  • かなしい

    自分がふと思ったことでゾッとした
    ひんしのくまさん / 岩手県 / 30代 / 精神疾患の当事者
    記事ID: 66830

    あの事件から一年半ですね。

    自分がふと思ったことでゾッとした事がありました。
    自分の子供が障害を抱えていても「大変な事もあるけど自分にはこの子が存在する事が幸せ」と「思い込んでいる」のではないかという事です。
    「あぁ、被告の考えってこういう事か…」と思いました。

    障害を抱えている子供がいても「幸せ」という親が100%ではないということを考えなくてはいけないでしょう。

    「障害者は不幸しか生まない」
    この考えが社会に少なからずあることを忘れてはダメです。

    投稿日時:2018年01月25日 17時36分

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  • なっとく

    タブーはタブーじゃない
    瞬さん / 神奈川県 / 40代 / 障害児の母親
    記事ID: 64593

    「障害者のリアルに迫る東大ゼミ」っていう番組でいいこと言っているなと思いました。
    生産性のあるなしを考えたり、障害者は可哀想だ差別を無くそうと憐れんだりすることこそが差別なんだと。
    存在している理由を探すのではなく、そこに存在しているだけでいい。
    障害児・者の親はそんな感じで自分の子どもに接していると思います。
    私も障害児を育てている親です。大変な事もあるけど、見ていて可愛い。だから育てられると思います。
    健常者は障害者の性的欲求を否定し拒絶します。それは人として認めていないからでしょう。健常者にとっては物でしかないんだろうなと思います。
    差別や偏見は無くならないけど、多面的に見れば対応の仕方は変わってくると思います。

    投稿日時:2017年11月09日 05時01分

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  • ムカムカ

    精神障害者が知的障害者を襲った事件
    たけしさん / 50代 /
    記事ID: 64147

    精神障害者が知的障害者を襲った事件で、社会が障害者を差別云々で焦点をぼやけさせてはいけない。
    もちろん、精神障害者の殆どは問題など起こさないが、ごく一部には危険な人も居る。
    そこから目を背けては、また同じ事件が起きる。
    今回の犯人に対して、措置入院を解除してはいけなかった。

    投稿日時:2017年10月22日 12時37分

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  • ムカムカ

    気に食わなければ追っ払う。
    たぬきさん / 福岡県 / 40代 /
    記事ID: 63980

    どこの社会でも、これが基本と気づきました。
    病院では、病名をつけて如何に言うことを聞かせ、くすりをのませてなんぼ。
    福祉施設は「あなたのため」の名の下に強引に無理難題を押し付けで、できないと「あんたが悪い」と。
    企業はほしいものは利益。障害者を就職させても「補助金という利益」のためで「労働力」ではない。ブラックだろうが飼い殺しだろうが逆らえない。

    最近、ネットのあるSNSでそれを感じます。
    都合のいいことを言う人間はどこでもかわいがられる。
    しかし自分に不都合だとすべてを悪意に見られる。
    しかもそういう世界は「権力者」と「権力に忖度する腰ぎんちゃく」でできていて、その枠組みに入らないと干される。

    私も過去、鉄道のサークルで被害にあった。しかし同じような被害にあっていながら同じことをする。「他山の石」ってないものだと。しかも不信感を持つと、組織的に干される。証拠をつぶし、特定の権力者を持ち上げるのは人間の根本と。

    だれもが被害者になる社会。しかし「敵意を持たれるか否か」で同じ状況でも大違い。敵意をもたれれば組織的に抹殺、しかし忖度する人間を持っておけば危険を回避できる。

    投稿日時:2017年10月16日 18時12分

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  • その他

    誰もが近しい感情を持ち得るからこそ、考え続けることが大切
    ちーさん / 東京都 / 20代 /
    記事ID: 63948

    どんな理由であれ許容される殺人などないと思います。
    その上で、犯人を擁護する気持ちは微塵もありませんが、正直な気持ちをかきます。

    支援を受けなければ生きられないひと、家族や親戚、職場や街中で出会う、いわゆる障害者と呼ばれる方に対して、ただの一度も苛立ち、不満を感じたことのないひとがいないと思います。もちろん、障害の有無によらず、人間はみな異なる個であり、一人では生きられません。
    しかし、特に重度の障害を持っていれば、生命活動の形が健常者のそれとは大きく異なり、その違いを理解するのは容易くないと思います。
    なかなか理解できず、生きていて何になるのだ、と疑問に思ってしまう気持ちを、完全なタブーにしてしまえば、共生の道はさらに遠退くのではないでしょうか。
    健常者だって、何のために生き、死んでいくのかなんて、簡単にはわからないのではないでしょうか?

    投稿日時:2017年10月15日 14時57分

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  • ムカムカ

    胸を張れる世の中に
    くるみたろうさん / 東京都 / 10代 / 妹
    記事ID: 63833

    中学2年の私には、重度の知的障がいをもつ3歳上の姉がいます。家族である私にとっての姉は、「喜怒哀楽のはっきりしているやさしい女の子」であり、学校だの成績だのしがらみに関係なく私を見てくれる「癒し」なのです。相模原の事件は本当にショックで泣いたほどなのですが、事件以降の社会の空気に違和感を覚えたので投稿させていただきます。

    1障碍者を見て気持ち悪がらないのは偽善だ

    2ダウン症児を堕ろさないのは無責任だ

    3知的障害者を抱える人間への犯罪被害

    1はネットでもよく見られますよね。一言で言ってしまえば「個人の考え方なのに勝手に偽善にするな!」なんですが、「気持ち悪い」という感情は見慣れないものへの「恐怖」からくるものなのは有名ですし、もっと人間一人ひとりの心が柔軟になるだけで解決出来ると思います。「規則・常識」を重んじるピリピリした社会は、カタチの違うものにいちいち不寛容で気持ち悪いなと思ってしまいます。

    2は本当に見るだけで嫌な話題ですよね。「ダウン症児を堕ろすな」とは私も言いませんし、制度がある以上個人の自由だと思います。でも「ダウン症児を妊娠したけどそのまま産む」人を無責任だと非難するのは何故でしょうか?批難している人達は「私が堕ろすべきと思うのだからあなたもそう思うはず。思わないのなら無責任だ!」という押し付けをしているように思えて仕方ないです。

    3は大問題なのに何故世間でなかなか明るみにならないのか。知能のある人間はターゲットに対して「自分より強いか弱いか」の選別をします。水戸事件は〈まだ〉20年少し前の話です。弱さにつけこまれて金を巻き上げられる障害者もいます。テレビはもっと取り上げるべきです。


    私はまだ13才で未熟ですが、差別をなくすために何が最善なのかを探っています。それが家族にとっても自分にとってもプラスになると思うからです。けっして偽善ではないです

    投稿日時:2017年10月11日 00時38分

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  • 提案

    障碍者に対する正義感をつくる
    エーさんさん /
    記事ID: 63257

    私はメンタル面での障碍があります。大学生です。不安障害、統合失調症など、それぞれの主治医によって違う病名をもらいました。(症状と時期がそれぞれ違っていたからかもしれませんし、複数なのかもしれませんが)
    自身がどの病気なのか、正直よくわかりません。むしろ、どの病気でもいいと思っています。(多分、割と状態がいいからです。でも、私は障碍者です。)
    私は自身の、意地という名のプライド、また「正義感の後ろ盾」から、自身がメンタルの病気をもっていることを割と大学や近所で大っぴらに言っています。カミングアウト、というより、自然と病気のことを公にしています。それは、障碍者が卑屈になることに確固たる怒りを覚え、おかしいと思っているからです。これが「正義感の後ろ盾」です。
    この、障碍者が卑屈になることはないという理念を私に与えてくれたのは、身近にはいない、他の障碍者の苦しみや楽しみを教えてくれているメディアのおかげでもあります。ハートネットTVさんもそうです。こういう確固たる「正義感」、温度の感じられる正義感をつくってくれるのは「障碍者」の喜び悲しみの実情をきちんと伝えてくれる良質なメディアでもあるのではないでしょうか。身近で障碍者と触れ合えないから、よく知らないから、事件がおこるような考えが生まれるなら、メディアももっと障碍者のことを、可能な限り取り扱ってもらいたいな、と思いました。

    投稿日時:2017年09月21日 00時08分

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  • かなしい

    今度は宇都宮で…
    いんびじえぶるさん / 新潟県 / 30代 / 凸凹当事者
    記事ID: 62950

    今度は宇都宮の施設で、現役のスタッフさんが入所中の障がい者を殴るという事件が起きました。

    やはり、こちらから「運動」を起こし、戦わない限り、同じことの繰り返しだと思います。

    投稿日時:2017年09月12日 12時50分

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  • その他

    向いてるひと。向いてないひと。
    いもこさん /
    記事ID: 62631

    私が働いている事業所では、知的障害のかたがいて、職員よりも私を頼っています。

    相談を誰にしたらいいか解らず、ストレスを抱えていたよう。

    職員が、知的障がい者のひとに
    対して、まずは、勉強するべき。

    私は、単なる利用者、福祉は勉強しない、身障者てす。

    でも、わたし、福祉系の仕事が合う気がします。


    投稿日時:2017年09月04日 23時09分

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