映画会社社長も驚き!ヴェネチア映画祭でグランプリ!

羅生門 デジタル完全版 ほか

9月21日(木)[BSプレミアム]後1:00 ほか

プレミアムシネマ 9月の注目作品

「愛とは決して後悔しないこと」。アメリカがベトナム戦争の泥沼化で混迷、荒廃していた1970年に生まれ、大ヒットした映画『ある愛の詩』(1970)の宣伝に使われた惹句じゃっく(宣伝コピー)だ。若い世代に圧倒的人気だったエリック・シーガルのベストセラー小説の映画化。アメリカだけでなく日本でも大ヒットしたが、コピーを作ったのは、当時の映画配給会社の日本代表の奥さん。妻が何気なく口にした言葉を夫が利用、映画のヒットにつなげている。

映画宣伝の世界では何が起きるかわからず、何がヒットするかもわからないというのが常識だ。「何がヒットするか見当がつけば苦労はしない」とはアメリカ映画界最大のヒット屋と呼びたいジェリー・ブラッカイマーの言葉。映画だけでなく、『CSI:科学捜査班』を始め、10作ものTVシリーズを同時に進行させながら「おかげさまで全部ヒットしている」と豪語したことがあるブラッカイマーでさえ、公開初日やTVの初放送のときは不安だと言う。

【放送日時】
プレミアムシネマ「ある愛の詩」
9月5日(火)[BSプレミアム]後1:00〜2:41

話が脇にそれたが「何が成功するかわからない」といえば、黒澤明監督の『羅生門』(1950)が1951年のヴェネチア映画祭でグランプリを受賞したときもそうだった。太平洋戦争が終わってはじめて日本から海外の映画祭に出品されたのが黒澤明監督の『羅生門』。受賞の知らせを受けた大映映画社長の永田雅一が「グランプリって何だ!」と叫んだ、と言う話はあまりに有名だ。この社長さん、『羅生門』を見たとき、「さっぱりわからん」と言ったそうだけど。そんな映画が受賞するなんて夢にも考えていなかっただろうし、日本映画そのものが海外で高い評価を受けるなどとも考えていなかったはずだ。もちろんヴェネチア映画祭が世界最古の映画祭で、授賞された最高賞がグランプリと呼ばれることも知らなかった。このあと『羅生門』は日本映画の海外進出の先駆けとなり、同じ年の第24回アカデミー賞では特別賞を受賞している。

【放送日時】
プレミアムシネマ「羅生門 デジタル完全版」
9月21日(木)[BSプレミアム]後1:00〜2:30

『ある愛の詩』の翌年に作られて地味なモノクロ映画にもかかわらず、そこに漂う郷愁に多くの人が魅せられたのがピーター・ボグダノヴィッチ監督の『ラスト・ショー』(1971)だった。ボグダノヴィッチは60年代から映画批評家として活躍、ジョン・フォードやハワード・ホークスら、ハリウッドのベテラン監督の研究家として知られていた。その知識を駆使して古き良き時代の映画への憧れや郷愁を盛り込んだことで、彼は「ハリウッドの最初の孝行息子」(エスクワイア誌)などとあだ名されたが、「ラスト・ショー」にはその孝行息子ぶりが十分に生かされている。1950年代初頭のテキサス州の田舎町を舞台に、ただ1軒の映画館がテレビの進出に押されて消えていく寂しさが甘美な情感と共に漂う。そしてそこに重なって描かれるのがこの町で育った少年少女の青春の終わり。俳優たちは少年少女の役の若い俳優たちを脇で支える誰もがすばらしいが、中でも際立つのが映画館の館主でビリヤード場やハンバーガー屋を持ち、《ライオンのサム》と呼ばれている男。演じるベン・ジョンソンはアカデミー助演男優賞を受賞した。映画の中には『花嫁の父』(1950)と『赤い河』(1948)が引用されている。

【放送日時】
プレミアムシネマ「ラスト・ショー」
9月7日(木)[BSプレミアム]後1:00〜3:07


【コラム執筆者】
渡辺祥子(わたなべ・さちこ)

共立女子大学文芸学部にて映画を中心とした芸術を専攻。卒業後は「映画ストーリー」編集部を経て、映画ライターに。現在フリーの映画評論家として、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ等で活躍。映画関係者のインタビュー、取材なども多い。また映画にとどまらずブロードウェイの舞台やバレエなどにも造詣が深い。著書に「食欲的映画生活術」、「ハリウッド・スキャンダル」(共著)、「スクリーンの悪女」(監修)、「映画とたべもの」ほか。

そのほかの映画情報はこちら

取り上げた番組はこちらです!

検索 NHKサイトでもっと探す

関連記事

その他の注目記事