【再放送】美輪明宏、50年前の未公開録音テープ
「ヨイトマケの唄」の歌声

美輪明宏 ヨイトマケの唄 その愛と秘密

【再放送】4月14日(土)[BSプレミアム]後1:30
※2月3日(土)初回放送

美輪明宏さんが作詞作曲し、大切に歌い続けてきた「ヨイトマケの唄」。2012年の「NHK紅白歌合戦」での熱唱には、昭和を知る世代だけでなく10代、20代といった若者世代からも大きな反響が集まりました。実は近年、「上を向いて歩こう」「明日があるさ」など数々の名曲を生んだ作曲家・中村八大さんの遺品の中に、50年前の「ヨイトマケの唄」のライブ音源が大切に残されていたことがわかりました。昭和が生んだ2人の天才の知られざる交流とは、いったいどのようなものだったのでしょう。

番組ではこの1968年に録音されたテープの発掘を軸に、「ヨイトマケの唄」と、“シンガーソングライター美輪明宏”の人生を丹念に見つめます。また、美輪さんの歌に人生を支えられた人、同じ時代を生きた人……そうした方たちの証言も細かに集め、美輪さんのこれまであまり知られてこなかった姿も明らかに!

番組制作を担当する上田未生プロデューサーから、番組を制作するきっかけや、美輪さんへの取材の舞台裏などを伺ってきました。

美輪明宏×中村八大、2人の天才同士の出会い

──どういう経緯でライブ音源の存在を知ったのですか?

実は私自身、もともと美輪さんの歌や人生観が大好きで、折あるごとに美輪さんの歌を聴きに行ったり著書を拝読したりしてきました。

ところが去年、音楽プロデューサーの佐藤 剛さんが書かれた『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」天才たちはいかにして出会ったのか』という本を読んでびっくり! 昭和を代表する作曲家の中村八大さんと美輪さんの間に、知られざる接点があったんだと知りました。

しかも八大さんの遺品の中には、50年もの間、大切に「ヨイトマケの唄」のライブ音源が保管されていたとも初めて知って……。このお2人が、当時どういう交流を持たれていたのか、ということに強い関心を抱いたのが出発点でした。

お2人には音楽だけでなく、九州で過ごした少年時代、太平洋戦争、といった共通のキーワードもありました。美輪さんは皆さんご存じの通り長崎の地で被爆体験を、そして、八大さんは中国青島で生まれたあと、母方の郷里の福岡県久留米市で青春時代を過ごしています。

九州のほど近いところで育った2つの才能が出会い、作品を残していったというドラマに深い興味がわいて。そこで改めて美輪さんご本人はもちろん、中村さんのご子息である中村力丸さんにもお話を伺い、お2人の交流と、その残された音源の意味を教えていただくことにしたんです。

懐かしい音源が残るテープを持つ美輪さん。

──美輪さんと八大さんは、どのようにして出会われたのでしょう?

皆さんが知るこの「ヨイトマケの唄」は、今でこそ多くの人々に愛され、名曲として浸透していますが、“発表されるまで”も、“発表されてから”も、数奇な運命と困難な道のりをたどった曲でした。

このライブ音源の録られた時期も、美輪さんご自身の音楽人生は苦難の時期だったといえると思います。当時シンガーソングライターという言葉すらなかった時代に、その草分けとして自分の道を貫こうとしていた当時の美輪さんには、歌手の先輩方からは厳しい目が向けられ、レコード会社からも正当には評価されない、という逆風が吹くばかりだったそうです。

そんな中で、美輪さんの作った歌をいち早く認めた人の1人が中村八大さんでした。美輪さんが自分で作詞作曲をした曲の数々を持って、中村さんのもとを訪ねたとき、「これは全部自分で書いたの?どれもよくできている」と絶賛なさったそうです。この「ヨイトマケの唄」のテープも、八大さんが音楽監督した「丸山明宏(美輪明宏)リサイタル」のときのものなのです。

未公開のライブ音源は、50年前に録音されたもの!

──逆境の中でのリサイタルだったのですね。

でも美輪さんと中村さんのお2人は、当時リサイタルを通じて、純粋に音楽家として日本の音楽シーンになにがしかの“挑戦”をしていたのだとも思うのです。

今回は中村八大さんの息子さんである、中村力丸さんからお預かりしたその音源を丁寧にデジタル処理し、50年前の美輪さんの「ヨイトマケの唄」の歌声をじっくりと楽しんでいただけそうです。おそらくですが、美輪さんのライブ音源で現存する「ヨイトマケの唄」のいちばん古いものになると思うので、ぜひ楽しみになさってください!

50年前はテープ自体が貴重で、レコーディング用でもなければ上書きされて何度も使われていた時代です。それをあえて中村さんが保存していたことからも、中村さんの強い思いが伝わってくるようでした。

──そのほか、美輪さんを知る方の証言が満載だそうですね?

レコードとして世に出る前に、最初の「ヨイトマケの唄」の大反響を巻き起こしたのが、美輪さんが1965年に出演したある民放のテレビ番組なのですが、その奇跡ともいえる出演交渉のエピソードを、当時の番組プロデューサーにお伺いすることもできました!

また、なかにし礼さんや槇原敬之さんといった、時代時代に美輪さんと交流を持ち、そばで見ていた方たちの“美輪さん像”もおもしろいと思いますよ。

美輪さんの名言至言もたっぷりと

──実際お会いした美輪さんはどんな方でしたか?

美輪さんご本人は時代を作り、数々の偉業を成し続けていらっしゃる方なのに、せん越ながらとても“かわいらしい方”というのがいちばんの印象です。もちろんまばゆいばかりの存在感はありますが、純粋でありどんなことでも受け入れてくださるような達観された視点とおおらかさもあり……。

それでいて、さすが作詞をされるだけあって、どんな話をされる際も目の前にさっと映像が浮かんでくるような表現力と説得力がありました。一言ひとことがものすごく心に突き刺さるフレーズというか。

大変長時間お話を伺ったので、すべてをご紹介できないのが残念なのですが、

「恋の橋が焼け落ちた先に、本当の愛がある」

という言葉なども私の心には残っております(笑)。「恋の橋が焼け落ちるって何!?」と、一瞬にして心をわしづかみにされるというか。番組の随所に、人生の大先輩でもある美輪さんの名言至言のアドバイスが満載ですので、そちらもぜひ楽しみに!

──番組をご覧になる方にメッセージをお願いします。

今のやわらかな物腰と優雅さをまとった美輪さんからは想像もつかないほどのご苦労を何度も何度も経験されていらっしゃるんだな、と今回改めて思わされました。それでいて、ご自身の信念や音楽への思いを曲げることなく純粋に貫いた美輪さんの生き方には、今を生きる私たちが学ぶべきものは非常に大きいと思います。

あとは若いころの写真もたくさんご提供いただいたので、そちらも見どころですね。美しすぎて、思わず画面に見とれてしまうかもしれませんよ(笑)。

「ヨイトマケの唄」に支えられた人たちからの証言も!

「美輪明宏 ヨイトマケの唄 その愛と秘密」

【再放送予定】4月14日(土)[BSプレミアム]後1:30

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