残していきたい大切な記憶の場所

ドキュメント72時間「能登半島 桜咲く無人駅で」

レビュアー:Daoko(アーティスト)

「きのう何みてた?」は、さまざまな書き手が多様な視点から番組をレビューするコーナーです。
アーティストのDaokoさんが選んだのは、以前たまたま見つけ“自分にピッタリな番組”と心から感動したという「ドキュメント72時間」。ご自身が大切にされている人生のテーマにも深く分け入りながら、レビューを書いてくださいました。

(番組は見逃し配信「NHKプラス」でも配信中です。リンクは記事末尾にあります。)

はじめまして、Daokoという名前で音楽をやっています。

「他人はどのような感覚で生きているのか思案する」というのが人生のテーマの一つでもあり、生活の中でも創作の中でも、日々模索しております。

人間は基本的に自分以外の感覚で物事を感じることができないので、他人とのコミュニケーションの際に相手の感覚を想像することが大切です。

「心が痛い」と言う人の痛みがどれ程痛いのか? ひとりひとり違いますよね。

れは例ですが、どんなことにも疑問は生まれます。「私が見えている青は人から見てもこの青なのか?」とか。

想像することは、思いりとも言いえられると思います。

人とのつながりに良い影響を与えるので、いろんな人のことが知りたい私はいつも想像するのです。

そんな私に『ドキュメント72時間』はピッタリで、放送を偶々たまたま初めて見た時にはそれはもう心から、感動しました。

街を歩いていて通りすがる人たち、電車で隣に座ってる人たち……のことが知りたいのですから、それを直接聴けるこの番組は、私の“他人のことを知りたい欲求”を満たしてくれ、更には新たな発見を与えてくれる大切なものなのです。

「あの人は何を思って此処ここに居るのか」

ありきたりなようでありきたりでない。ふだんの自分では聴けないことを教えてくれてありがとうございます。

“デザイノイド”のようなドキュメンタリー

今回の放送について触れる前に、少し私の昔話をつづらせてください。

私は自然が好きです。

東京で生まれ東京で育ったことを人に伝えると「シティーガールだね~」と言われることもしばしば。

ですが、東京とはいっても地元は住宅街。

栄えてるとまでは決していえないものの、自転車圏内で大凡おおよその欲求は満たすことができました。

おまけにパソコンだいすきキッズだったので、学校から帰ってきてはインターネット……休日もインターネット……というテンプレート的インドア学生。

なので高校生になるまで渋谷や新宿などのいわゆる“都会”に行くことはなく、自分が都会っ子であるとの実感は全くありませんでした。

高校生になってインディーズレーベルに所属し、音楽活動にあたって渋谷でのライヴイベントに出演することも増え、交友関係も広がり、いつの間にか自然と都会での生活が中心となっていきました。

高校を卒業とともにメジャーレーベルに移籍したあとは、会社が宮益坂上にあったこともあり、渋谷に通い詰めることに。

絶え間なく人が行き交い、立ち並ぶ店もコロコロと変わっていく、流動的でせわしない街。

渋谷を歌った自分の曲の歌詞の中に『なんでもあるけどなんにもないな』というフレーズがありますが、これは渋谷の街を歩いて思ったことです。

都会に固執していた時期もあります。それは、渋谷をテーマに書く曲がたくさんあったからです。

考えれば考えるほど都会のことはよくわからなくなっていきました。

悩んでいる中で、自然豊かな場所に行きました。

心は晴れやか、直感で「すきだなぁ」と思いました。自然のことが大好きになったのです。

どうしてこんなに心かれるのだろうと考えた時に、偶々たまたま読んでいた本に答えはありました。『利己的な遺伝子』で著名なリチャード・ドーキンスが書いた本の中でデザイノイドというものについて説明がされていました。

デザイノイドとは「デザインされたわけではないが、あたかもデザインされたかのように見えるもの」のことです。

私は、これは自然のことだと思ったのです。

蝶々ちょうちょうや森が美しいのは、デザイノイドだからなんだと。

「私もそんなふうなアーティストになりたい」と強く思いました。

デザインされたものも勿論もちろん大好きですが、ありのままの姿で美しく生きる未来を自分で作ろうと思ったのです。

旅で自然のなかを訪れたことによる気づきでした。

それ以来、自然がもっと好きになりました。

テレビ番組もデザインされているものの一つと思いますが、『ドキュメント72時間』は人々の生活の一部に触れられる番組なので、ありのままの姿を残すデザイノイドの要素が強いと感じます。

記憶と場所をつなぐ無人駅

さて、今回の放送は石川県能登半島にある、桜咲く無人駅が舞台です。

コロナ禍で旅もできず大好きな自然になかなか会えていない私にとって、映像だとしても綺麗きれいな風景をられるのはうれしいことです。

無人駅っていいですよね、おもむきがあって、どこか懐かしくて。

私は旅でしか出会ったことはありませんが、その無人駅の印象は深く脳裏に焼き付いています。

今回の番組で紹介されていた無人駅は、桜と海と電車を楽しめるスペシャルな無人駅です。

コロナの影響もあってか、それとも もともとそうだったのか、主に地元の人たちでにぎわう駅。

みなさん、この駅に思い出があるそう。

「昔の初恋の人を思い出す」と言っていた御婦人が印象的でした。

いくつになっても思い出を回想できる場所があるというのは素敵すてきですね。

桜も春を象徴する木ですから、皆さんの記憶の中を辿たどるときっとその風景も見つかるはずですね。

電車も場所と場所を繋ぐもの。

駅は人の出会いと別れ、新たなスタートを運んでくれる場所でもあるので、それぞれの思い出が振り返られたり、新たに生まれたりする大切な場所なんだなぁと番組を観ていて感じました。

そういう場所は残していきたいですね。

“みんなの思い出の場所をみんなで大切に”

「私の大切にしたい場所は何処どこだろう? みんなで守っていかなければならない場所は、何処だろう?」

目を凝らして美しいものを直接見て、感じて、ひとの気持ちを想像して、やさしい気持ちを大事にこの鬱屈うっくつとした時代を生きたいと思えるような素晴すばらしい番組でした。

コロナが落ち着いた世界になったら、自然豊かな能登半島、そしてこの無人駅に桜を見にいきたいと思います。

▶︎ NHKプラスでの見逃し配信はこちらから

★著者プロフィール

Daoko(だをこ)
1997年生まれ、東京都出身。アーティスト。15歳の時にニコニコ動画へ投稿した楽曲で注目をあつめ、2015年『DAOKO』でメジャーデビュー。その後も米津玄師との「打上花火」、岡村靖幸との「ステップアップLOVE」など、実力派アーティストとの共作を行いつつ、ソロとしての個性も強めている。小説の執筆、写真と絵の初個展の開催、自主企画ライブイベントの主催や、あらたなバンド形式でのツアーを成功させるなど、多様なクリエイティヴ表現を続け、国内外で注目を集めている。2019年には個人事務所“てふてふ”を設立し、2020年には4thアルバム『anima』を発表。

★Daokoさんの「最近、何みてた?」

・「不滅のあなたへ」
なんとなくNetflixで観ていたら一話目で心奪われ最新話までノンストップ。毎回泣けて胸いっぱいです。漫画も今読んでいますが止まらない! 最近の楽しみのひとつです。

・KEN/ケン(YouTube)
このチャンネルに限らず、海外の方々に日本の食べ物や飲み物を試してもらった反応の動画を最近観て面白いなーと思いました。英語の勉強にもなるし、海外の方といってもいろいろな人がいることもわかるし、自分の意見を率直に言う姿を見習おうと思ったり、さまざまな発見があります。

・「フルーツバスケット」
原作は私の人生のバイブルでもあるフルーツバスケット。お話が素晴らしいのでアニメでも泣けてしまう! アニメ版で最後まで観られるなんて夢のようなので最後まで楽しみに観続けます。キャラクターそれぞれのストーリーが丁寧に描かれているので全員いとおしく、台詞せりふも心打たれるものばかりなので優しい気持ちになりたい人にオススメです。

★レビュー番組

ドキュメント72時間「能登半島 桜咲く無人駅で」

【放送】5月21日(金)[総合]後10:45

能登半島を走るローカル線の無人駅が舞台。春、ホーム沿いに植えられた100本近い桜が満開を迎えると、ふだん、人けのない駅に多くの人がやってくる。桜と海と列車がそろう絶景を楽しみにやってくる親子。夜桜を見て、高校時代の恩師を思い出す男性。毎年変わらぬ桜から、1年の自分の変化を感じる人もいる。地域が衰退していく中でも、地元の人たちが守り続けてきた桜。訪れる人たちは何を感じるのか。3日間、耳を傾ける。

放送から1週間はNHKプラスで配信します

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