8月11日、「アイドル」というドラマが放送されました。(ご覧いただいた方、ありがとうございました!)

昭和初期から終戦間際まで、戦時下の日本で、1日も休むことなく営業を続けた劇場 「ムーラン・ルージュ 新宿座」。そこは、“アイドルに会いに行ける劇場”でもありました。
ファンとともに成長し、劇場の絶対的エースで日本初のアイドルといわれる明日あした待子まつこさん。このドラマでは、明日待子さんという一人のアイドルの青春を描いたドラマに加え、劇場での歌とダンスを贅沢ぜいたくに盛り込んだ“戦時下のエンターテインメント”をテーマに制作されたオリジナル作品です。

小野寺とし子/明日待子(古川琴音)
上京し、ムーラン・ルージュのオーディションに受かり、座員となる。下積み時代を過ごす中、あることがきっかけで、
センターに抜てきされ、トップアイドルへの道を歩み始める。

そう、ドラマの見どころの一つは、きらびやかなステージでバンドの演奏に合わせてキャストが歌い踊るステージショー。私は作詞作曲から、振付、ステージング、カット割りなど…その演出を担当しました。
ふだんは音楽番組のディレクターとして「うたコン」や「NHK紅白歌合戦」を制作しています。
実は今回のように、ステージショーのシーンは歌番組を演出するディレクターが、芝居シーンはドラマ部のディレクターがそれぞれ担当する…という“部局の垣根を越えて”制作されるドラマはNHKでは極めて異例。ドラマの現場に携わるのは入局以来、初めての体験だったのでドキドキしながら制作に参加しました。

今回は、ドラマ内で繰り広げられたショーがどのように作られ放送に至ったのか、その舞台裏をお話ししたいと思います。

ヒントはどぶろっく

今回私が演出を任されたのは7曲。まずは、ミュージカル界で活躍する山崎育三郎さんと愛希れいかさんがメインキャストのこちらの曲をごらんください。

「恋のかけひき」の動画はこちら

水兵(育三郎さん)が絶世の美女(愛希さん)をあの手この手で必死に口説こうとするミュージカルナンバーです。

こうした劇中で披露したオリジナル曲は、今作の音楽監督を務めていただいた宮川彬良さん、詞は及川眠子さん(「残酷な天使のテーゼ」など数々のヒット作を手がける)に書き下ろしていただきました。
ゼロからの曲作りがどのように進んでいったのかというと…

まず、物語の流れに合わせたミュージカルを制作するうえで、骨格となる場面設定やプロットを作りました。

ある港町へやって来た水兵たち。女たちが集まってくる。
色男の水兵(山崎育三郎)はまるで彼女らを相手にしない。
そこへひときわ美しい女(愛希れいか)が現れる。
水兵は女を口説こうと、あの手この手でアプローチ。
女はひらりひらりとかわし続ける。2人の駆け引きが火花を散らす。

プロットをもとに、続いて及川さんに作詞をお願いしました。すると、最初にいただいた歌詞の中に以下のようなフレーズがありました。あの手この手で口説こうとした後の曲を締めくくるラストの部分です。

水兵   今宵こよいは僕と
女    今宵はあなたと
水兵   一緒にいよう
女    一緒にいない
水兵&女 朝になるまで

…一緒にいないんかい! 結局なんも起きないんかい!!!

最初に見たとき心のなかで思わずツッコんでしまった歌詞でしたが、一方で一つのアイデアが浮かんできました。
「歌の上手な2人がこんな意味もない歌詞を無駄に壮大に歌いあげたら、ちょっとシュールで面白いかも…」

そこでヒントとなったのが、「どぶろっくの“あの歌ネタ”」です。
去年、民放の某番組で育三郎さんがこの歌ネタを披露しているのを拝見し、歌唱力の高い人が何の意味もない歌詞を歌うとめちゃくちゃ面白くなる! と個人的にとても感銘を受けていました。
今回のオリジナルミュージカルも、全体的にもっとコメディタッチにして、ちょっと笑えるような方向にしていけば、ほかのショーとも差別化が図れるかもしれない。ということで、宮川さん、及川さんとご相談しながら「よくよく聞いてみるとちょっと笑えるミュージカル」というコンセプトで曲作りを進めていきました。

水兵は、自信過剰でモテモテだけど親しみを感じられるようなツッコミどころ満載なキャラという設定にして及川さんに歌詞をさらに書き進めていただきました。
作曲の宮川さんには、歌詞の流れに合わせてさまざまなジャンルの音楽が目まぐるしく登場するような展開にできないかとご相談しました。山崎さんがソロで歌唱する最初のパートはワルツ、恋のかけひきの部分はスウィングに、そして無駄に壮大にフィナーレを迎え、なんかわからないけどちょっと感動…宮川さんの遊び心満載の曲に仕上げていただきました。
育三郎さん、愛希さんも楽しんでパフォーマンスしてくださいました。

「恋のかけひき」歌詞

より魅せる!ショーの撮影テクニック

出来上がった歌詞、音源をもとに、「演出シート」を作成。
(余談ですが、「演出シート」は紅白などの大型の歌番組でも活用しています。このシートをもとに振付師、撮影・照明などの技術スタッフ、セットなどを作る美術デザイナーとのイメージ共有をします。)

演出シート

曲の流れに合わせて、キャストの大まかな動きや照明の展開など、思い描いたショーのイメージを書き込んだものです。この演出シートをたたき台に、ステージングの詳細は「振付師」と一緒に作っていきます。
今回の振付は「梅棒」の皆さんにお願いしました。ストーリー性のある演劇的な世界観をダンスで表現するのが得意なエンターテインメント集団です。かつて私が紅白を演出した際に、郷ひろみさんのシーンの振付でご一緒したことがあり、大変お世話になった方々です。今回も素敵すてきなシーンを作っていただきました。

 左:筆者 中央:梅棒・天野さん 右:suzuyakaさん
○はダンサーのステージ上での立ち位置と詳細なフォーメーション

振付師との打ち合わせを重ねてそれぞれのショーの振付が完成。
次はいよいよ、キャストへの“フリ入れ”です。振付師が考案した振付を音楽に合わせて一つ一つ覚えてもらう作業です。
すべてのショーの振付を、およそ3週間かけてリハーサルを行いました。

NHKのリハーサル室でのワンシーン

ここはもうダンスの専門家でない私は「お任せ」状態です。しかし、ぼーっと眺めているだけではありません。
リハーサルで細かいダンスの動きを確認しながら、どうすれば魅力的に見せられるかを考えながら1カットずつ構図を決めていきます。これが「カット割り」です。

「ようこそ新宿」カット割り

例えば、物語冒頭のショーでのこちらのカット。
上手(客席から見て右側)の踊り子から下手(客席から見て左側)へ順番に足を前に出す振付を撮った部分です。

この振付を見たときに最初に思ったことは、

「これは“さしみ”で撮るやつだな」

です。
「さしみ」とは、カット割りの専門用語です。NHKの音楽番組の現場では当たり前のように使われています。
一列に並んだものを斜めから角度をつけて撮影する、カット割りのテクニックです。

「さしみ」の画角を確認中の筆者

と、文章で書くとショーが完成するまであっという間なのですが、実際にはうまくいかない部分があったり、想像と違っている部分があったりと修正に修正を重ねて出来上がっていきます。
楽しいけどとても大変な作業です。。。

禁断の技? ファンタジー作戦

こうして作り上げていったショーでしたが、実は制作しながら、あくまでドラマの中でのショーという位置づけのため、さまざまな制約があることに頭を悩ませていました。時代背景を忠実に守らないといけないため、当時存在しなかったステージ演出装置や照明機器は使えません。
例えば、ふだんの歌番組では欠かせない「ムービングライト」。

ムービングライト

テレビの音楽番組やライブなどでは必ずと言っていいほど使われている照明機器で、デジタル制御によって、ロボットのようにヘッドが回転したり、色を変えたりすることもできます。ステージ演出をド派手に彩ってくれる私にとって頼れる相棒のようなヤツなんです。
が、もちろん当時にそんなハイテク機器が存在するはずもありません。。。

そのほかも、演出でやりたいことが設定上できないことが多々ありました。ふだんやっている音楽番組の演出からすると、ある意味“飛車角落ち”のような状態。
せっかくの機会だし、普通のドラマでは見られないような“飛車角有り”で作るハイクオリティーのショーを実現させる方法はないか?
演出のジレンマで悶々もんもんとする中、次第に頭の中で悪魔(?)の声がささやきはじめました。

「設定、変えちゃう?」

ドラマとは、時空を越えられるエンターテインメントです。(と勝手に思っています)
「時空を越えちゃえば、何やってもいいんじゃね?」
ということで、

“待子が劇場の後ろの扉を開けると、それが空想の世界への入り口になっていて、彼女が思い描いた理想のステージが始まる”

という設定を勝手に作ってしまいました。
なので、ラストショーはドラマの中で現実とファンタジーが入り混じったような世界になっているんです。

こうしてできた物語ラストのショーは、劇中で唯一趣の異なるステージになっています。

「ようこそ新宿」の動画はこちら

ステージ上には、出征したはずの正太郎(山崎育三郎)や劇場を離れていった芳子(愛希れいか)もいます。客席には、かつてムーランに通い詰めていた大勢の学生たち。そして、待子が恋に落ちた富安(正門良規)も。ある意味、現実と時空を越えたファンタジーの境界線に位置するような世界です。

というわけで、この時代には存在しなかった照明や特効(金チップの降らしものなど)を使ってもOK! 多少強引ではありますが、そういうことにしてしまいました。

私がそんな“飛車角有り”のショーにこだわりたいと思ったきっかけとなった言葉があります。
実は劇場の隅にこんな言葉が飾られています。

椎名桔平さん演じた千里役のモデルとなった、実在した劇場の支配人・佐々木千里さんが当時モットーとして掲げていた言葉です。

佐々木千里(椎名桔平)
ムーラン・ルージュの支配人であり、演出にも口を出す、敏腕プロデューサー。
待子などの新人を発掘、育成し、劇場を連日満員にして知名度を上げ、成功を収めていく。

「空気やご飯と同じように、人間が生きていくうえで娯楽も必要不可欠である」
「ムーラン・ルージュ 新宿座」は昭和初期から終戦間際まで、戦時下の日本で「不要不急」と言われながらも1日も休むことなく営業を続け、エンタメのともしびを絶やさぬようにと戦い続けました。

思えば現代の日本もコロナ禍によって、エンターテインメントの各分野は「不要不急」と言われ、活動自粛や休業を余儀なくされました。私がふだん一緒に仕事をさせていただいている歌手、ミュージシャン、イベンター、PA業者、照明業者…エンタメに関わる数多くの人たちがやるせない思いを抱え、自問自答を続けながら、オンラインでのライブやリモートでセッションした動画を配信するなど、どうにかして人々を楽しませようと日々戦っているのを目の当たりにしてきました。

私がこの作品を通じて一番伝えたかったことは「見た人に希望を与える娯楽の底力」です。
現代のエンターテインメント業界の一端に身を置くものとして、必死にエンターテインメントを守り続けたムーランの人々の魂を受け継ぐと言ったら大げさかもしれませんが、見てくれた人たちに少しでも楽しんでもらえるように最高のショーを作らなければならない。そんな思いで、歌、ダンス、照明、特効…ショーの魅力を最大限に生かしたステージに何としてもこだわりたかったのです。このドラマが皆さんの心を少しでも明るくできたのなら幸いです。

池田泰洋

2007年入局。メディア総局 第3制作センター(エンターテインメント)所属。
これまでの担当:「NHK紅白歌合戦」「SONGS」「バナナ♪ゼロミュージック」「シブヤノオト」「うたコン」「KOHH Document」「KID FRESINO one-off」など多数の音楽番組を企画・演出

キャスティングにもこだわってます

余談ですが、劇中にある現役のアーティストがカメオ出演しています。この方たちです!

そう、純烈の皆さんです。物語冒頭のオーディションシーンで千里に不合格を言い渡されるシーンにご出演いただきました。

戦争という重いテーマを描くドラマですが、今回取り扱うのは「エンターテインメントの世界」。見た人がちょっと笑えたり、明るい気持ちなれたりするような仕掛けはできないかと考え、カメオ出演を思いつきました。
「純烈の皆さんの明るく楽しいキャラクターでドラマを盛り上げてもらいたい! でも忙しいだろうし、チョイ役だからな~…」
ダメ元で依頼したら思いがけず快く受けてくれました! 純烈の皆さんは本当に心が広い!

ちなみに、「アイドル」というタイトルなので、ショーのシーンでも本物の現役アイドルをキャスティングしました。
戦時下に活躍したアイドルと現代のアイドルが劇中でつながる…日本に脈々と受け継がれる“アイドルの歴史”も感じられるような要素を入れることも狙いでした。
また、せっかくなら普段の音楽番組では見ることのできない座組をと考え、つばきファクトリーとBEYOOOOONDSの皆さんに力をお借りしました。

純烈の雄姿&現役アイドルのドリームチームをもう一度見たい方、見逃がした方はNHKプラスでどうぞ!
↓↓↓