これまでの街歩き

ライプツィヒ/ ドイツ

2014年12月2日(火) 初回放送

語り:貫地谷しほり

撮影時期:2014年9月

街の「アーケード」

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 ライプツィヒの名所の一つにアーケード街があります。「メドラー・パッサージュ」と呼ばれる全長142mに及ぶアーケード街は、1912年に商業家アントン・メドラーにより建設され、当時はドイツで最大の規模を誇る建物でした。国際的な商都であったことを物語るこのアーケード街は、東ドイツ時代まで、国際的な見本市会場として利用されていたそうです。
 その中に「キュンメル・アポテーケ」というビストロがあります。アポテーケとはドイツ語で「薬局」という意味なのですが、実はここ、店主が薬局のようにお客さんを癒したいという思いを込めた名前なのだとか。薬ではなく、美味しいお酒と料理、そして店主の素敵な笑顔は、ライプツィヒの人々にとって最高の癒しの場なのです。

街の「19世紀の豪華社宅」

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 中心街から少し離れたヴァルド地区には、19世紀中頃に建てられたグリュンダ―ツァイト時代の豪奢(ごうしゃ)な集合住宅が軒を連ねています。グリュンダ―ツァイトとは、19世紀、ドイツの産業革命期に工場や企業が次々と建設された時代をさす言葉で、今で言うバブル期のこと。当時、隆盛を極めた企業の社員住宅として建てられ、今もそのままの姿で並んでいるのです。どの建物を見ても集合住宅とは思えない豪華さ!
 親切なご夫婦の自宅を見せてもらうと、天井に描かれた素敵な画、扉の上の彫刻、実用的な食料庫、さらには当時のままの巨大な鍵やガラスの模様など、建設された100年前のままなんだとか。古い建物でも使える所はそのままに、自然体で暮らす家族の様子が印象的な出会いでした。

街の「アンティーク修復工房」

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 中心街から南に離れた場所、東ドイツ時代には缶詰工場だった建物で、グリュンダ―ツァイト期に建てられた工場跡地などから調達した産業用ランプなどのアンティーク製品を修復する若い職人たちに出会いました。工房を始めた理由は、東西ドイツ統一後、閉鎖され廃虚になっていた工場跡で、放置されていた物を収集し始めたことがキッカケだとか。
 ライプツィヒの人たちは、古い物や修復された物、東ドイツであった頃の歴史が息づいている物に価値を見いだす人も多いのだそう。ライプツィヒに暮らす住民として、脈々と受け継がれる歴史を大切に、敬意を払って暮らしている人たちに出会いました。

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