NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 糸井羊司

今の自分を、もっと極めたい。
12/7
ニュースの核心を伝えるために。
  • 『ニュースウオッチ9』と『ニュースきょう一日』の仕事について教えてください。

    “ニュースリーダー”という仕事なんですが、こう言うとだいたい「何のリーダー(Leader)なんですか?」と聞かれます(苦笑)。読むほうのReader、ニュースのナレーション(通称:影読み)担当です。
    ただ、どちらもニュース番組なんですけど、番組の性格がそれぞれ違いますので、原稿を読むときの音声表現もそれぞれ変えるようにしているんです。

  • 具体的にはどう違うんですか?

    『ニュースウオッチ9』は、その日のニュースを深くじっくり伝える番組といいますか…、当日の動きそのものに加えて、そのニュースに関わる方たちがどんな思いを抱いているのか、なども交えてお伝えします。ですから音声表現も、情報を客観的に伝えるトーンだけじゃなくて、ドキュメンタリーのナレーションのような表現が必要だと思っています。声のトーン、語りの間(ま)などを計算して、ニュースや企画の雰囲気に合うように努めています。

  • 『ニュースきょう一日』はどうですか?

    緩急のある読みを心がけています。15分という限られた時間で10本前後のニュースをお伝えしますので、それぞれ「ここがこのニュースの肝です」と印象づくように、メリハリをつけるようにしています。
    あと、どちらの番組でも大事にしているのが、とにかく“読まない”こと。“文字を丁寧に音声化する読み方”はしません。ニュースの内容や文脈に合わせて、あえて“ぶっきらぼう”に読んだり、わずかに感情を乗せたり…。そのほうが“ニュースの核心”が伝わるはず、と思っています。

  • そのほかにも現在担当している仕事は?

    台風や地震などの災害関係の特設ニュース(緊急報道)を担当することが多いです。ニュースのナレーションに加えて、緊急報道に対していかに的確に対応していくか、それがいま自分に与えられている大きな役割だと考えています。ですから、ふだん土日は休みですけど、週末に大きな台風がやって来そうだ…という時などには、なるべく予定を空けておいたりもしています。

  • 緊急報道の難しさはどこにありますか?

    情報を正確に伝えるのはもちろんですけど、いまそこにある危険、そして、その先の危険をいかに察知して、それを防ぐためにどんな呼びかけをするか、ということでしょうか…。“減災報道”と呼ばれていますが、特に東日本大震災以降、その役割が求められるようになりました。
    そのためには、それぞれの災害の特徴や、その場所で過去にどんな災害があったのかなどを、自分の中に蓄積していくことが欠かせません。自分の場合は、過去の特設ニュースを、できる限り多くビデオで見て、災害そのものや、適切な伝え方を学んだりしています。
    あと、若いころに気象予報士の資格を取得したんですが、それが台風報道のときなどには、多少なりとも役立っているように思います。

12/14
子どものころの憧れが、現実に。
  • 学生時代に特に夢中になっていたことは?

    高校2年生から大学4年生まで、学校に通いながら、民放のクイズ番組でクイズの問題を作る仕事をしていました。
    高2のときに『クイズ作家募集』というのがあって、それに応募したのがきっかけで、年に2回放送される特番の4択クイズなどを作っていました。

  • 趣味というより仕事になっていたんですね。

    ええ。最初は毎回応募していたんですけど、そのうち『君はもう応募しなくても、次も呼ぶから』と言われて…、ずっと担当させてもらっていました。
    そのときの蓄積が今に至るまでかなり役立っているのかなと。問題文を簡潔にわかりやすく作る表現力、正解が正しいかどうかを確認する“裏取り”をする力、そして人を楽しませる要素をちょっと盛り込む遊び心。これって、クイズだけじゃなくて放送全般に共通することなのかなと。それを17歳、18歳という吸収力のあるときに学べたことは、自分の財産だと思っています。

  • では、そのころからアナウンサーになりたいと?

    それはもっと前の小学校のころでして…。当時人気のあった、その週のベストテンを発表する歌番組が大好きで、「あの順位発表を、自分がやりたい!」と思ったのがきっかけでした。
    6年生のときにその番組は終了したんですが、「この番組、将来、絶対復活するに違いない。そのときは自分が司会をやりたい!」と(笑)。プロ野球選手になりたい、宇宙飛行士になりたいとかいうのと同じ、子どもながらの純粋な憧れでした。
    でも高校3年のときに「ひょっとして、夢で終わらせなくてもいいのかも」と思えることがあったんです。

  • どんなことですか?

    NHKの放送コンテストで、決勝まで進んだことです。
    3年生のときに放送委員会の顧問の先生に勧められて、NHK杯全国高校放送コンテストのアナウンス部門に出場しました。学校のニュースを1分半くらいの原稿にまとめて、それを伝えるというものでしたが、県の予選、本選、全国大会の準々決勝、準決勝に残って、決勝まで行くことができました。
    まぐれだったと思いますけど、決勝まで行けたことで「単なる憧れで終わらせなくていいのかな…」と。ポジティブな勘違いができたわけですね(苦笑)。

  • NHKに受かったときのことは覚えていますか?

    子供のころから言い続けてきた目標でしたからね、家族や親戚がとても喜んでくれたことが印象に残っています。それが、僕としてはうれしかった。
    高校生のころからクイズを通して放送の現場を体験しながら多くのことを学べたこと、そして子どものころに憧れた仕事を今できていること。本当に、感謝しかないですね。

12/21
社会を動かす力が放送にはある。
  • 新人時代に苦労したことや壁にぶつかったことは?

    苦労した、行き詰まったというより、喜びのほうが大きかった。もちろん、自分が担当する企画の題材を見つけられなくて、休みの日も休んでいる気がしなかったこともありましたけど、やっぱり自分がやりたかった仕事をしているという喜びや感謝の気持ちのほうがまさっていましたね。

  • いたって順調だったということですか?

    ただ、初任地・福島放送局の最後の年、5年目のときに、自分の力不足を思い知らされました。アナウンサーが誰にインタビューするかを決めて、取材・編集もやるという25分のインタビュー番組を担当したときのことです。
    新人アナウンサーは、地域の中で自分ならではのテーマを探して、取材して、発信していくことに、もがきながら力をつけていくんですけど、自分はそれがあまりできていなかった。どちらかというと、高校・大学で携わったクイズ番組などで培ってきたものを出す場を与えられていましたからね…。

  • 具体的にはどういうことで苦労したのですか?

    取材したのは古本屋さんのご主人です。そこは持ち込まれた古本をお金と交換するのではなくて、町おこしの一環として「(当時は)買取価格1670円につき森1坪と交換します」というユニークな発想のお店でした。
    ただ僕は最初、その方の“目に見える活動”だけしか取材できなかった。その人を突き動かす背景や原動力、さらにはこの番組を通して自分はどんなメッセージを発信したいのか?そこまで考えて、はじめてインタビューとして成立するのに、それをなかなか理解できなかった。ですからこの仕事を通して、インタビューする意味を一から学びましたし、今まで自分は何をやっていたんだ…と、反省もしました。

  • 自分にとって大きな転機となった仕事はありますか?

    名古屋にいたころに取り組んだ、ウミガメの砂浜を守る活動の取材です。
    連続テレビ小説『エール』のオープニングで、すごくきれいな砂浜の映像が出てきましたよね?あそこは愛知県豊橋市にある表浜(おもてはま)という海岸で、本州有数のウミガメの産卵場所なんです。ところが、取材した前の年に次々やって来た台風の影響で砂浜がどんどん削られて、砂浜に埋もれかけていた波消しブロックが、壁のようにあらわになってしまった。そのために、その年に上陸したウミガメの半数ほどが、卵を産めなくなってしまったんです。ブロックにぶつかって、ぶつかって、最後はあきらめて海に帰る様子が、無数の足跡になって残されていました。
    その状況を憂いて立ち上がったNPO法人の方を取材しました。

  • その放送が何かのきっかけになったのですか?

    放送を見た方々が豊橋市に「ウミガメのために、なんとかできないのか」と電話してくださったそうなんです。でも税金で設置した波消しブロックです。撤去するのは法的な問題もあって簡単じゃありません。でもNPOをはじめ地域のみなさんの声や市役所の方の努力で、一部ですが、撤去が実現しました。そうしたらその直後、まさに撤去したその場所にウミガメが産卵する!というサプライズまであったんですよ。
    小さなことかもしれませんけど、社会を動かす助けになる力が放送にはある、それを実感できた仕事でした。私の転機というか、取材者としての原点ともいえる仕事です。


12/28
自分の夢を語ってください。
  • 今後チャレンジしたいこと、やってみたい仕事は?

    今とはまったく違う畑で新たな挑戦をするというよりは、今やっているニュースを伝えるということと、災害報道(減災報道)で、いかに信頼されるアナウンサーになれるか、そこを突き詰めて行きたいと思っています。それが今の自分に求められていることだと思うし、自分の進みたい道でもあります。
    「もう君は、いいよ」と言われるまでは(苦笑)、続けたいですね。

  • 子どものころに憧れていた音楽番組の司会は?

    当時、司会をしていた方が、著書で「あの番組は音楽番組ではなく、生放送の情報番組なんだ」と書かれていました。“生の動きを伝える”という意味では、まさに災害報道も同じです。目の前で起きていること、その次に起きそうなことを読み取って、リアルタイムで自分の言葉で伝えていく。自分が今、任されていることは、ジャンルは全く違いますけど、根底には共通するものがあると思っています。

  • プライベートで楽しんでいることは?

    中学2年のときに、それまでのお年玉をはたいてビデオカメラを買ったときから撮影が趣味で、それは今も変わりません。実はHDカムという、ひと世代前の放送用カメラを持っていまして…、それで撮影・編集して、音響効果をつけたりするのが好きで、楽しんでいます。
    年々変わっていく近所の風景を、映像の記録として残したいと思っています。あと、うちは息子が4人いるので、その成長記録も。

  • ただ放送用のカメラですから、肩に担いで、目立つじゃないですか。中学生の息子に「文化祭にそれを持って来るのだけはやめてくれ」と言われました(笑)。なので、そういう時は“少~し小さめのカメラ”を使っています。

  • アナウンサーを目指している人たちにメッセージを。

    僕は今、小学6年生のときに憧れたアナウンサーという仕事をさせてもらっています。これは本当に幸せなことだし、感謝しかないです。
    学生の方には、アナウンサーに限らず、自分のやりたいことをあきらめないでほしい。自分の可能性はこんなもんかな…と早々に決めつけないでほしいなと思います。そして、自分の好きなこと、熱中できること、やりたいと思っていることを大事にしてください。
    あと、夢を持っていること、それを周りに話すことを、恥じないでください。無責任なこと言うなと叱られるかもしれません。私自身、母子家庭で育ってきましたけど、家庭環境に限らず、さまざまな事情もありますよね…。でも、無難な着地点を、最初から決め過ぎないでほしいです。夢は大事にしてほしい。そう思います。


    ありがとうございました。


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