NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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特集 伝えたいこと、大切にしていること
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現場の声を伝えたい。 伊藤海彦
  • 子どものころ、打ち込んでいたことはありますか?

    野球です。朝から晩まで野球のことばかり考えていた子供でした。
    高校時代には、ピッチャーとして、1年生のころから試合に出してもらっていました。2年生の春の千葉県大会準々決勝、銚子商業戦では、9回1アウトまでノーヒットノーラン。次の打者にヒットを打たれましたが、9回と10回も0点で抑えました。しかし、残念ながら、延長11回、1アウト1塁で相手チームの4番バッターに長打を打たれ、その年の春は千葉県のベスト8で終わりました。最も記憶に残っている試合ですね。

  • 当時はどんな生活を送っていましたか?

    野球のためだけの生活を送っていました。
    高校の野球部に「カロリーは米で補う」という考えの栄養士の方が来てくださって、その指導を受けて、とにかくお米を食べました。1時間目の授業が終わると2個、2時間目が終わると2個、3時間目が終わると2個。そして昼休みには弁当プラスおにぎり2個という毎日です(笑)。1日におよそ4,500キロカロリー摂っていたと思います。
    ただ、そのぶん体も動かしていました。自宅から高校までの10キロを自転車で通っていたし、練習後にも自主練をしていたので、家に帰るのは夜の10時ごろでした。野球の練習だけでなく筋トレもやっていたので、どんどん体が大きくなっていきました。入学してから体重が10キロ以上増えました。

  • 野球は大学でも続けたんですか?

    小学生のころから野球しかやってこなかったので、野球以外のことにも挑戦したかったのでもういいかなって(笑)。
    ただ、野球が強い大学にこだわって、進学したのは東京六大学でした。
    大学では野球部にも友達が多かったので、六大学野球の観戦にはよく行っていました。

  • 野球をやめて、何か変わりましたか?

    見る見る体重が落ちました(笑)。
    普通の食事に戻したら一気に体重が落ちたんです。久しぶりに祖母に会ったら「あんた、病気なの?」と真顔で心配されたくらいです(笑)。

  • 野球をしていたことは、アナウンサーを目指すことに影響しましたか?

    高校球児だったころ、NHKの高校野球中継をよく見ていました。そこで、アナウンサーの実況ってすごいなと思い、興味をもつきっかけにはなりました。

  • アナウンサーとして大切にしていることは何ですか?

    現場に行くことです。たとえば、大学野球、早稲田対慶応の試合を見に行ったとします。実際に試合を現場で見ていれば、そのあと友だちと会って「あの選手のホームランはすごかった。外角のスライダーを片手でこう打ってライトスタンドにもっていったんだよ」と話せるわけです。インターネットで試合経過と結果を知っているだけの人には絶対にわからないことが話せます。
    また、どこかに魅力的な人がいて、おもしろいことをやっていても、実際に現場に行かなければその人の本当の魅力を誰かに伝えることはできません。まずは関係を築くことからはじめて、その人の生の言葉を聞き、細かな仕草を観察する。そうすることで、自分の言葉で、自分なりのアプローチで、その人の魅力ややっていることを伝えることができます。
    原稿を間違えなく読むことも大切なことですが、現場に足を運んで、そこで見たもの感じたことを自分の言葉で伝えることもアナウンサーの魅力だと思います。

  • 最後に、どんなアナウンサーを目指していますか?

    30代のうちは、現場で取材していたいですね。自分が見聞きしたことを自分の言葉で伝える。そこを大切にしたいし、もっともっと追求したい。
    僕が現場に行くと、そこにいる人々の切実な声や喜びの声が自分を通して聞こえてくるなと思っていただけるアナウンサーになりたいです。

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「やりたい!」を形にできる。 赤木野々花
  • 番組でハープを演奏することもありますが、はじめたのはいつころですか?

    物心がついたころには弾いていました。母は私をハープ奏者にしたかったそうで、3歳から習いはじめました。地元の岡山にはハープの先生がいなかったので、神戸まで通って指導を受けたほか、福井県や長野県、フランスで開かれた、様々な講習会でも学びました。
    そして、いつしか私自身もハープ奏者を目指すようになっていました。

  • アナウンサーを志望するようになったきっかけは何ですか?

    私のハープの先生は、「音楽の表現力を高めるためには音楽だけをやっていてはダメだ」、「いろいろなことを勉強して人間の幅を広げないと音楽の幅は広がらない」という考えの方でした。だから、大学では、国連の役割やアフリカの内戦や紛争について学ぶことにしました。
    また、国際放送の『NHKワールドJAPAN』でアルバイトもはじめました。そこで国際報道の現場を間近で見ているうちに、アナウンサーに興味を持つようになったんです。
    たとえば、海外の紛争地を取材したジャーナリストがいて、その情報をコメントにまとめ、映像を編集するスタッフがいる。そうした人々の思いを背負って最終表現者として視聴者に伝えるのがアナウンサーです。そんな仕事に魅力を感じるようになりました。

  • アナウンサーになるために、どのような準備をしましたか?

    アナウンサーを目指そうと決めたのは大学3年生のころでした。
    とにかく表現力を身につけようと、『NHKニュース7』を毎日見ることにしました。
    当時、番組の最後に日本の風物詩の映像が流れて、キャスターの武田真一アナウンサーが映像を引き立てるコメントをしていました。その30秒くらいの映像を録画し、まずはキャスターの声を消して、自分なりに描写します。そのあとキャスターのコメントを聞きます。そんな練習を毎日していました。就活時代、私の先生は、武田アナウンサーだったんです(笑)。

  • アナウンサーとして大切にしていることは何ですか?

    「わからないと、素直に言う」ことです。
    たとえば、打ち合わせをして、十分に理解できていない情報があったとします。もちろん、アナウンサーとして勉強して備えますが、それでも知らない情報はあります。そんな時は、恥ずかしいと思わず、「わからないので教えてください」と言うようにしています。よく理解しないままコメントしても伝わらないし、誤った情報を伝えてしまう恐れもあるからです。
    これは、入局したときからずっと心がけています。

  • アナウンサーのどんなところにやりがいを感じていますか?

    たとえば、『日本人のおなまえっ!』で、ゲストがフリートークを交わすなか、ぜひ紹介したい情報をさりげなく盛り込めたときや、ゲストの良い反応を引き出せたときには、達成感があります。
    また、出演者やディレクター、カメラマンなど、チームで番組をつくっているという感覚も大好きです。子どものころから演奏してきたハープは、ずっと1人で弾いていたので、大勢で何かを成し遂げるということに憧れがあったのかもしれません。うまくいったときに、みんなで一緒に喜びを分かち合えるのもいいですよね。

  • 今、アナウンサーを目指している人に、アドバイスはありますか?

    NHKのアナウンサーは、中継、ナレーション、実況はもちろん、番組の企画や編集など、幅広い仕事があります。
    だから、「どうしたらアナンサーになれるか?」も大切ですが、「アナウンサーになって何をしたいか?」をよく考えてほしいなと思いますね。面接でも、「アナウンサーになってこれをやりたい!」と言える人のほうが、より熱意が伝わるのではないでしょうか。

4/19
スポーツを通して、伝えたいこと。 豊原謙二郎
  • 初任地は佐賀放送局でしたが、 そこで印象に残っている仕事は?

    私はモータースポーツも好きだったので、できればそれに関わる仕事がしたと思っていました。とはいえ、自動車レースのF1は民放で放送していたし、NHKでモータースポーツの仕事は無理だろうなとも思っていました。
    そんなとき、佐賀県出身でオートバイによる世界グランプリ(ロードレース世界選手権・MotoGP)で戦っている選手(眞子智実さん)がいることを知りました。さらにNHKでMotoGPのレース中継がはじまったこともあり、その選手で番組を作りたいと提案し続けました。彼が佐賀に里帰りしたときや日本でレースがあるときは取材し、夕方の情報番組のスポーツコーナーで彼の活躍を紹介するなどして、およそ1年間追いかけました。そして、その取材の積み重ねが一つの番組になったんです。
    アナウンサーになる前に「NHKでは、自分がやりたいことを『やりたい!』と言い続け、そのためのアクションを続けていれば、いつかは実現できる組織だよ」と言われていたのですが、それはこういうことか!と思いました。

  • スポーツアナウンサーを志したのはいつごろのことですか?

    緊張感とワクワク感が同居しているスポーツの現場の空気が好きだったので、そこに関わり続けたい。そして、その空気に最もふれられるのがスポーツ実況でした。でも、しゃべるのがうまくなかったので、佐賀放送局のころは、スポーツアナウンサーには絶対になれない・・・と弱気になっていました。
    でも、次に赴任した京都放送局のときに、ここで勝負しないとおそらくスポーツ実況を担当するアナウンサーにはなれないと思い腹をくくりました。

  • スポーツ実況を担当するために、どんなことをしましたか?

    ひたすら自主練ですね。野球の試合の録画を見たり、高校や大学の野球部の練習試合を見に行ったりして、実況の練習をしました。練習試合では、観客もほとんどいない中、1人、ずっとブツブツ言っていました(笑)。

  • スポーツの放送を担当する上で大切にしていることは何ですか?

    スポーツを、ただのスポーツで終わらせない実況をしたいと思っています。30歳を過ぎたころから、そう考えるようになりました。
    それは、試合をより楽しんでもらえるように伝えることを前提として、見ている人たちが選手に感情移入できる、「この選手がこんなに頑張っているんだから、自分も頑張ろう」と思ってもらえるような実況です。みなさんにそう感じてもらえるように、私は選手の努力に報いる放送をすべきだと考えています。

  • それはどういうことですか?

    ワンプレーのために日々汗を流している選手、そしてその選手を支えている、監督、コーチ、家族、ファンのために実況をする。そうすることで、視聴者が選手に共感できるポイントが生まれるのではないかと考えています。
    たとえば、高校野球の試合、サードへの強い打球。グローブで捕球することはできなかったが、体でボールを受け止めて前に落としたとき。「サード、ボールを落としました」と言うのと、「サード、強烈な当たりを体で止めました」と言うのでは印象が全然違います。
    取材を通して、その選手が試合のためにどれだけ厳しい練習をしてきたか知っているので、打球を後ろにそらさなかった選手のプレーを、「体で止めました」と実況したい。そのほうが見ている人にも、その選手の試合にかける熱い思いが伝わるのではないでしょうか。

  • どんなアナウンサーを目指していますか?

    スポーツには、勝った負けた以上のものがあって、その価値を最大限に伝えられる放送をしたい。私はスポーツの世界が好きだし、スポーツは人間が生活していく上でとても役立つことを教えてくれると思っています。
    たとえば、一見、無謀なプレーに見えても、実は自分を犠牲にしてチームメイトを生かしていることがあります。また、注目を集めるようなすばらしいプレーの前に、目立たなくても本当はすごいプレーでお膳立てしていることもあります。いいプレーには影の立役者がいることも多いのです。
    これは実況だけでなく、スポーツニュースでも同じですが、「スポーツは人間が成長する上で、役に立つ、良いものである」ということが感じられる実況をしたいし、そういう放送ができるアナウンサーになりたいと思っています。

4/26
人格を磨く。 杉浦友紀
  • どんな学生時代を過ごしましたか?

    サークルとアルバイトに夢中になっていました。
    子どものころからテレビが大好きで、バラエティのミニ番組やミュージックビデオ、CMなど、幅広いテーマで映像をつくるサークルに入っていました。私はプリンと携帯電話のCMを作りましたが・・・今にして思えばメインの役割は飲み会の幹事や合宿のセッティングだったかもしれません。先輩や仲間たちが映像を作る手伝いをしながら、さまざまなレクリエーションを企画することが好きでした。

  • アルバイトはどんなことをしていたのですか?

    幼児向けの英語学習コンテンツの制作です。キャラクターを使った幼児雑誌の見開きページの構成を編集者の人と作ったり、そのキャラクターが登場する映像制作の補助をしたりしていました。幼児教育やマスコミ業界に興味があったので、楽しかったです。
    そのころはNHKのEテレで教育番組を作りたいと考えていました。

  • それでNHKを志望したのですね。

    第1志望はディレクター、第2志望はアナウンサーでエントリーしました。
    だから、アナウンサーとして採用されたときは驚きましたね。自分にアナウンサーとしての資質があるとはまったく思っていなかったので。

  • アナウンサーになってみてどうでしたか?

    学生時代にアナウンサーとしての勉強は何もしていなかったし、すべてがはじめてのことばかりだったので戸惑いました。でも、NHKのアナウンサーは、特に地域局では、自分で話題を見つけて提案し、構成を考えるというディレクターの役割も担います。私の初任地は福井でしたが、そこで、ずっと憧れていた仕事につくことができたと思いました。

  • これまでスポーツ番組も担当してきました。

    2012年から『おはよう日本』のスポーツキャスター、2013年からはサタデースポーツとサンデースポーツのキャスターを務めました。
    でも、スポーツの知識が乏しく、様々な競技をどう見ていいのか、インタビューで何を聞けばいいのか、はじめは悩みました。だから、例えば、野球なら中継をみながらスコアブックをつけるなど、基本的なことから勉強したんです。

  • スポーツの取材にはどんな思い出がありますか?

    2013年、東日本大震災から2年、東北楽天イーグルスが日本一になりました。そのシーズン、ほかのスポーツキャスターに比べて知識も経験も足りなかった私は、できる限り球場に行ってチームを取材することにしていました。
    取材を通して、星野仙一監督や選手のみなさんと、少しずつですが、信頼関係を築くことができたのではないかと思います。シーズン終了後には、開幕から24連勝を達成し、翌年からメジャーリーグに行くことになっていた田中将大投手のドキュメンタリー番組の制作にも携わり、インタビューすることができました。
    その年の取材は、スポーツキャスターとして私の財産になり、少しだけですが、アナウンサーとしての自信にもつながりました。
    ひたむきに競技に人生をかけるアスリートの姿に間近でふれ、どんどんスポーツの世界に魅了されました。スポーツキャスターの6年間は、私にとって宝物です。

  • アナウンサーとして大切にしていることはありますか?

    「テレビにはその人の人格以上のものは映らない」という言葉です。初任地の福井で上司から言われました。
    どれだけ背伸びしても、どれだけ着飾っても、どんな仮面を被ったとしても、その人の人格以上のものはテレビには映らない。だから、人格を磨かなければならない。
    今でも、自分が怠けそうになったとき、その言葉を思い出しています。

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