NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 小西政親

頑張った先に、個性がある。
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みなさんの代わりに、自分はそこにいる。
  • プレゼンターを担当している『ニュース シブ5時』とは?

    その日に起きた出来事やニュースをいち早くお伝えしています。でも、それだけではなく、キャスターや我々プレゼンター、解説委員も交えながら井戸端会議にように、「その言葉の意味って?」、「どうしてそんなことが起きたの?」と、ニュースをかみ砕いでお伝えしています。 テレビの前の方が「ん?」と納得できないでいる事柄について、みなさんと一緒に理解を深めていけたらいいなと考えています。

  • プレゼンターとして心がけていることは?

    『とはいえ』ですね。
    プレゼンターとして世の中の新しい動き、何かを達成した人、おいしい料理など、さまざまなことを取材してお伝えします。それらをより深く探るキーワードが『とはいえ』です。
    確かにその料理は、おいしいに違いない。『とはいえ』、それだけこだわっているとお値段は高いのでは?そういう『とはいえ』感覚を大切にしています。
    中継や取材で、お話を聞いたあとに『とはいえ』と書かれたボードを出して、さらに切り込んでいく。聞かれた本人は一瞬「うっ」と言葉に詰まることもありますが、そのあとに出てくる言葉に本音がポロリと出てくることもあります。視聴者のみなさんに「そう!そこを聞いて欲しかったんだよ!」と共感して頂くのが目標です。

  • コロナ禍になって、取材に出かけることも極端に減ったのでは?

    私はいろいろな人たちに直接出会って、心の通うコミュニケーションをすることに価値を見出してきた人間なので、出向けない、直接会えないというのははがゆいですね。 一方で新たな可能性も感じます。「この話は直接会っていたら聞けなかったかもしれない」と感じる瞬間があるのです。取材先にとって、アナウンサーやカメラマンがたずねて来るというのは非日常的なこと。構えさせてしまう、緊張させてしまうことも。でも、リモートでお話をうかがうときは、ご自宅などリラックスした環境で話せるので、自然体で思わぬひと言を話して下さることがあるのです。

  • アナウンサーとして大事にしていることは?

    自分が現場にいるのは、あくまでも視聴者やリスナーのみなさんの代わりだということです。 ときにノーベル賞の受賞者に会ったり、人気の俳優さんにインタビューしたりすることもあります。また、一般の人たちが立ち入ることができない場所に入れてもらうこともあります。でも、それは自分が特別な存在だからではなく、あくまでもみなさんの代表としてそこにいる。みなさんに代わって聞きたいことを聞き、見たい映像を撮るために最善を尽くす。そのために自分はそこにいる。これは、アナウンサーになったときから思っていることで、この気持ちはこれからもずっと持ち続けたいと思っています。

9/13
営業職からアナウンサーへ。
  • 学生時代は何か夢中になっていたことはありますか?

    高校時代のバンド活動です。60年代、70年代のイギリスのロックバンドに憧れ、友だちとバンドを組んでライブハウスで演奏していました。
    優勝するとレコーディングができるというライブハウス主催のコンテストがあって、私たちは準優勝だったのですが、もし優勝していたら今ごろはロックスターになっていたかもしれません(笑)。

  • 大学時代で特に印象に残っていることは?

    今の仕事につながっていると思うのは、臨床心理学を学んだことです。いわゆるカウンセリングです。悩みや不安を感じている人と、会話をすることで前向きな気持ちになってもらう。大学時代に学んだ人との接し方は、いまアナウンサーとして取材をする時、放送で伝える時に活かせていると思っています。

  • アナウンサーを志望したのは、そのことがきっかけですか?

    それが違うのです。最初は営業職員として入局して、千葉局・船橋営業センターで4年間営業の仕事をしていました。

  • それが、どうしてアナウンサーになりたいと思ったのですか?

    営業職員には、地域で『NHKのど自慢』や『NHK歌謡コンサート』などの公開番組があるとき、本番が始まる前の「前説」という説明パートで、NHKの様々な取り組みや、それを支えている受信料について、説明、ご案内する役割があります。
    ある日、終演後にお客さんをお見送りしていると、1人の男性が私に近づいて来て「君の前説は下手だったけど、熱意が伝わったよ」声をかけてくれたのです。
    普段の営業の仕事ではお客様のもとを訪問し、受信料についてお話をしますが、私が未熟でご納得頂ける説明ができず、長く悩んでいました。
    そうした中かけて頂いた「伝わった」という言葉。聞いた瞬間、うれしくて涙があふれました。
    つたないしゃべりでも、必死に伝えれば届く。ならば、取材したことを自分の言葉で伝える仕事に挑戦してみたい!という思いが芽生えました。
    ちょうどそのころ、他の職種からアナウンサーにチャレンジできる機会があったので、自ら手を挙げることにしました。

  • アナウンサーという仕事のどこに魅力を感じたのですか?

    大学でカウンセリングの勉強をしたことを思い出して、放送を通して自分の言葉で誰かを勇気づける、元気にすることに挑戦できると考えたのです。
    ただ、それまで育ててくれた上司や先輩には申し訳ないという気持ちがありました。一人前の営業職員にしようと4年間も育ててくれたのに、急にいなくなるわけですから。

  • これから営業職員として活躍することを期待しているわけですからね。

    ところが、当時の先輩や同僚は快く私を送り出してくれました。「これまで営業職員として、直接視聴者と向き合いいろいろな意見を聞いてきたのだから、それを活かせるアナウンサーになれよ」と言ってくれました。
    そして、はなむけにアナウンサーの必需品であるストップウオッチをプレゼントしてくれました。アナウンサーになって13年ですが、今もそのストップウオッチは私の宝物です。生放送前に緊張するとき、心が折れそうなとき、悩んだとき、いつも私を勇気づけてくれます。

9/27
滑舌の悪さとの闘い。
10/4
必死な姿こそが、個性だ。
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