プロフェッショナル制作裏話
第6回「ひきこもり支援・石川 清」

プロフェッショナル仕事の流儀

11月29日(日)[総合]後4:10

新型コロナウイルスの影響で、多くの人が自宅に長い時間とどまる経験をした今年、NHKではあらためて「ひきこもり」について考える「#こもりびと」プロジェクトを立ち上げ、さまざまな視点から「ひきこもり」について伝える番組を放送しています。

11月29日(日)には、ひきこもり支援を20年にわたって続けてきた石川 清さんを取材した「プロフェッショナル 仕事の流儀」をアンコール放送。ひきこもる人の中には、他者との関わりを拒絶し、支援を受けることすら拒む人や、人生を悲観し、自暴自棄になる人も少なくありませんが、石川さんはそうした人のもとを訪ね、時間をかけて信頼関係を築き、希望の明かりをともしていきます。行政やNPO団体などに属さない“一匹おおかみの支援者”として、型にとらわれないスタイルで多くのひきこもりの人たちを自立へと導いてきました。

実はこれまで、多くのメディアが石川さんに取材を申し込んできましたが、石川さんは固辞し続けてきました。なぜ取材を拒み続けてきたのか? その理由を聞くと、「ひきこもりについて伝えることの“必要性”と同時に、“危険性”についてもメディアは考えるべき」と石川さん。いったいどういうことなのか。「ひきこもり」の石川さんを取材した木村ディレクターが聞きました。

石川 清さん
1964年、埼玉県生まれ。テレビ局の記者勤務を経てフリーへ。1998年、当時まだほとんど知られていなかった「ひきこもり」の存在に出会い、取材を続けるうちに支援者になった。ひきこもる人のところへ何年もかけて通い信頼関係を築き、一緒に旅に連れ出すことを通して本人の内面の成長をうながしながら自立へと導いていく独自のスタイル。これまでに500人ほどのひきこもりの人たちと関わってきた。

支援の現場から、ひきこもりを取材するあなたへ

石川 清さん(写真左)と木村ディレクター(写真右)

細く長く続けるためには潜伏が必要と思った

木村:石川さんのことを知ったのはいまから2年ほど前のことでした。「プロフェッショナル」でひきこもりの支援をしている方を取り上げたいとリサーチをしていく中で、ひきこもり当事者の親の会の方や支援団体の方などから、「重度のひきこもりの人たちを独自のアプローチで次々と元気にしている一風変わった支援者がいる」といううわさを聞きました。20年近くひきこもっていた人が元気になり、働いたり、結婚したりする人もいるという話でした。その支援者は、行政機関や医療機関、NPOなどにも属さずにフリーランスで活動しているらしい。でも、どこに行ったら会えるのか、どう連絡を取ったらいいのか誰も知らない。ネッシーみたいな都市伝説のような話でした。
その後、石川さんが書いていると思われるブログを見つけたのですが、隅から隅まで読んでも連絡先が書いてない。でもヒントが1つだけ書いてあって、石川さんが出している書物のなかにメールアドレスを載せてありますよと。「この謎解きはなんなんだ?」と不思議に思いながらメールをお送りした記憶があります。

石川:地元埼玉の家族会のニュースレターには連絡先を掲載しています。ただそれ以外に連絡先は基本的にオープンにしていないですからね。この界隈ではちょっと評判になるとひきこもりのご家族などからの依頼が殺到するんです。たくさんの相談がくると初めは対応しようと頑張るんですが、当然だんだんと十分な対応ができなくなります。その結果、効果的な対応ができなくなったり、きめ細かな個別対応が難しくなったり、あるいは支援者本人が疲れ果てて辞めていったりというケースをいくつも見てきました。ですから僕の場合はできるだけ細く長くやろうと最初から決めていました。この世界では例えば、家庭訪問を始めてから本人に会えるまで15年、20年かかるということがざらにありますので、そういう当事者たちに継続して関わっていくために、あまり有名にならずに細々と続けていくほうがいいんですね。

木村:一人でやらずに組織を大きくするという方法はとらなかったんですか?

石川:その方法もあると思います。ただ、組織を大きくする弊害も見てきたんですね。志をもってひきこもり支援に関わりだした人が、ちょっと評判になって組織が大きくなると現場を離れて管理する側に回ってしまう。そうすると個々のケースにどっぷり携われなくなってしまうんですね。それに3年たつと支援の方法は大きく変化することもありますので。支援者が長期的な、あるいは多様な密度の濃い経験を積めず、高いレベルの支援技能を獲得できなくなってしまうことはひきこもり当事者にとってマイナスです。そうなると僕自身は個人で長く続けられる方法を模索するしかない。

知ってもらいたい、でも…

木村:石川さんはこれまでメディアの取材依頼を断ってこられました。では、ひきこもりのことを社会にどう伝えるべきだと考えているのですか?

石川:いや、原則として取材依頼を受け入れていないのは事実ですが、完全な取材拒否ではないんです。ひきこもりのことについて知ってほしいという気持ちは人一倍あります。ただ、「簡単には取材できませんよ、時間もかかるし難しいですよ」と言うと、メディアのみなさん、結果的には取材に来ないですね。それが延々と繰り返されてきただけです。
取材を積極的に受けないのは、先ほど言ったように、細く長く支援を続けていくには支援者が有名になることは当事者にとって有益ではないと考えたからです。
実はもう1つあって、僕ももともとは取材をするつもりでひきこもり問題に関わったから分かりますけれど、取材に応じるとメディアの人から「当事者を紹介してほしい」と言われるのは目に見えているんですね。だって当事者を取り上げないと番組にも記事にもならないですもんね。ところが当事者を紹介するということは、時にとても危険なことになることがあります。

木村:どういうことですか?

石川:ひきこもりの当事者の中には、メディアに出ると混乱してしまってひきこもり状態が悪化したり、暴力的になったり、ときには自ら命を絶とうとする人も出るからです。2000年代の初めごろ、ひきこもりが社会問題としてクローズアップされるようになりました。元気になった元ひきこもりの人がテレビや新聞に出たり、あるいは講演をしたりということがいろいろありました。でもそれから数年たってみると彼らの一部には、状態が悪くなってしまった人や中には自傷や命を絶とうとした人もいたんですね。もちろん全員ではありません。メディアに出ることで元気になる人もいます。それはそれでいいんですけれども、常によい反応、よい経過をたどるわけでないんですね。そうなると僕としては取材に軽率に応じるのではなく、本人が自立していくことを最優先に考えるべきと思いました。
例えば、取材に応じることで有名になり、当事者の集まりでも話題の中心になり、自分はすごい存在なのではないかと無意識のうちに思ってしまうケースがあるわけです。実際にはたまたまメディアに出たからそうなっただけなのであって、本人の心理的な状態が大きく改善したからではなかったりするわけですね。そして一時的にメディアに出ても、今度はほかの人がメディアに取り上げられたりすると、自分は取り残されたような、見捨てられたような感覚になってしまうことがあります。本人としては自意識が高くなっていたところが、失望感が増して、逆に一気に実際よりも低くなって急激に気分が落ち込んでしまうことがあります。全員がそうではないですが、一部のひきこもりの人の場合はそういう危険性が高くありますので、軽率に紹介しないほうがいいと考えるようになりました。

木村:最初はそう考えていなかったということですか?

石川:僕も最初は、記事を書く気満々でひきこもりの世界に関わっていきましたからね。で、実際に記事も書きました。ジャーナリストとして失格かもしれないですけど、やっぱり1回か2回ぐらい取材しただけだと、記事ってすごく書きやすいんですよ。だっていろんな真新しいことに接しますでしょ? 新鮮な驚きがありますでしょ? それをそのまま表現すればいいでしょ?
そして実際僕は、自分が書いた記事に登場した人が、その記事をきっかけに不安定になるということを経験しています。その人はいまは元気にひとり立ちしていますが、その当時の彼の様子を見て、メディアに取り上げられることの副作用について深く考えさせられました。

木村:石川さんの同行取材をさせてもらうことになったとき、最初に「ひきこもり当事者に取材を申し込むこと自体がリスクだ」と言われたことはとても印象に残っています。

石川:ひきこもりの当事者に対して「いま僕はNHKの取材を受けているんだけど、よかったら取材を受けてくれない?」というだけで、僕の信用がなくなる可能性があるわけです。「こいつは俺を売ろうとしているんだ」「俺を売って金儲けでもしようとしてるんだ」というふうに勝手に思っちゃうことがあるんですね。ひきこもりの当事者は何度も裏切られたり傷ついたりしているので、自分はそういうふうにひどい扱いを受けるんだと確信していることが少なくないんですね。そうすると、裏切られるぐらいだったらその前に自分から人間関係を切っちゃおうとするんです。僕がその人と十分に信頼関係ができていない状態で、取材に協力してもらえないかという話を持ち出したら、その瞬間アウト。せっかく5年10年かけて会話を交わせるようになって支援関係ができたのに、それが切れてしまいます。そういうリスクを僕は犯せないですね。

木村:正直なところ、当初そこまでのリスクがあるとは考えていませんでした。いまから考えると非常に怖いことをしていたと思います。そういう取材リスクを丁寧に判断していただけたことで、安心して取材を進めることができました。

知れば知るほど書けなくなる

石川:僕の場合は、1年、2年、3年とひきこもりの子とつきあううちに、どんどん書けなくなりました。知れば知るほど、良い悪いが単純に言えない領域が目の前に迫ってきました。僕はひきこもりの当事者と一緒にいろんな行動をしながら自立を支援するということをしますけども、ある人にとって良いと思ったことが、ある人にとっては悪いという場合が出てきます。そうすると、これは良いことだと断言する自信がなくなってくるんですね。分からなくなり、当然書けなくなります。

木村:ひきこもりについて書こうと思ってから、実際に本にまとめるまでにはどのくらいかかったんですか?

石川:1998年ごろからひきこもりについて関わり始めて、実際に本を出したのは2019年ですから20年近くかかりました。ただ、ちょっとずるいですけど、2019年の本も書けるところだけ書いたみたいなところがあって、本当に難しい判断がつかないデリケートな部分は書いていません。ひきこもり支援の手法とか、ひきこもりの当事者が元気になるプロセスとかについてはあまり書けず、支援者としての僕の日常を描くことに終始しています。それでも伝えられることはあると考えました。

木村:これは難しい問題ですが、取材しやすい人がメディアに取り上げられ、重篤な状態にある人であればあるほどその存在は取り上げられないという構造があります。そのことはどう考えていますか?

石川:それでも、ある意味ひきこもりの当事者の実情が伝わるのは間違いないんですよ。問題が認知され、ひきこもりの人を支援しようという力にはなります。
ただ、重篤な人のことが伝わらないまま進行してしまうことは、喉の奥につっかかった骨のような気まずさとかなしさと寂しさがありますね。自分からは語らない重度の当事者のことを他人が伝えようというのは、現状ではとても難しいことなんですよね。

メディアに望むこと

木村:支援の現場にいる石川さんからメディアに対しての注文はありますか?

石川:注文があるとすれば、定点観測はしてほしいなと思います。そのとき1回かぎりの通りすがりの取材ではなく、1年後2年後とかに、実際にそれを放送しなくても、自分が取材者として取り上げたケースがその後どういう経緯をたどったのか見てほしいと思います。その場の一瞬を切り取っただけでは分からなかったことが、数年たつと見えてくることはたくさんありますので。ひきこもり取材については、長期的な定点観測をしてようやく取材が成立するみたいに思う部分もあります。
僕はよくワイドショーなどで取り上げられている暴力的な手法によるひきこもり支援はよくないと思っているんですが、それを肯定的な趣旨で取り上げている番組もたまにありますよね。それに対しても最低限やってほしいと思うことは、やっぱりこれもきちんとした定点観測なんですよ。
暴力的な手法で施設に連れてこられても2、3週間くらいでその場に適応して一見変わったようになるひきこもりの人はいます。そうしないと生きていけなくなるわけですから。番組ではその一瞬だけを切り取るわけです。でもその人が1年後、2年後、3年後、どこでどうやって暮らしているのかを定点観測してほしいですね。1人だけでなくていろんなタイプの人を3、4人でよいので。そうすると暴力的な支援だけでなく、僕のやることも含めてさまざまな支援の限界や課題というものが歴然としてくると思います。そういう検証はいままでほとんどされていないと思います。やっぱり、時間をかけて支援を科学的に検証して社会にシェアしていくことはすごく大事だと思っています。

木村:テレビは新しいもの新しいものと追いかけるあまり、中長期的な検証や積み上げをないがしろにしてきた部分があると思います。宿題として受け止めたいと思います。

石川:もう1つは、ここまで話してきたことと矛盾するような話なのですが、あんまり難しく考えないで、難しい問題ほどどれだけ楽しみながら関われるかっていうことを工夫してほしいなと思いますね。シリアスな問題をシリアスなものとして捉えると、もう行き詰まっちゃって大変なことになりますからね。家庭訪問に行くときに、支援者として大事なことはなんだかんだいって、家の中に笑いをもたらすことなんですね。これはもう理屈じゃなく、まずそういう雰囲気がないと何もできないですからね。だから笑いが満ちてくれば、まぁなんとか頑張れるかなっていうところはあるし。ひきこもり問題の当事者や家族はただでさえ深刻に重くなっていますから、彼らをこれ以上追い詰めずに応援していくということをメディアにも考えてほしいと思いますね。

プロフェッショナル 仕事の流儀「人を癒やし、人に癒やされる ~ひきこもり支援・石川 清~」

【放送予定】11月29日(日)[総合]後4:10

聞き手 木村和穂ディレクター

2009年入局。初任の大阪局で障害者情報バラエティ「バリバラ」の立ち上げに関わる。脳性麻痺の若者が自分の障害を使って魚を釣る企画を考案し、作家の鈴木おさむさんに絶賛される。東京異動後は「ドキュメント72時間」「サキどり↑」「日本人のおなまえっ!」を経て、2018年にプロフェッショナル班へ。「外国人労働者支援・鳥井一平」「ひきこもり支援・石川 清」を立て続けに制作し、現代社会に深く斬り込むスタイルを確立する。不条理から目をそらさず、取材がどれだけ難しくともへこたれず、どんな危険をも顧みない班随一の“熱男”。石川さんの取材中も「何も撮れないです」と言いつつ、常に笑顔だった。白シャツとデニムをさらりと着こなし、「シリコンバレーの経営者!?」と後輩からイジられる側面も。チャームポイントはかわいい靴下。「囲碁棋士・井山裕太」「ブランドプロデューサー・柴田陽子」「車いすテニス・国枝慎吾」も制作。

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