「五稜郭に秘められた光と陰を楽しんでください!」(“城マスター”千田嘉博先生)

絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城「五稜郭」

2021年1月8日(金)[BSプレミアム]後10:00

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幕末、江戸幕府が北海道に築城した西洋スタイルの城・五稜郭。

新年1月8日に放送される「絶対行きたくなる!不滅の名城」では、北海道・函館の観光スポットとしても知られる五稜郭をクローズアップ! ユニークな星の形をした北の名城・五稜郭に秘められた3つの謎を解き明かします。

五稜郭の核心に迫るのは、もちろんこの人、“お城マスター”こと千田嘉博教授(奈良大学)。千田先生に番組の見どころを聞くとともに、広大なお城を散策する際にとっても便利なグッズを教えてもらいました!

美しい星形をした五稜郭。

五稜郭はなぜ星形? なぜ函館に!?

──五稜郭は、どんなお城と言えるでしょうか?

五稜郭といえば、西洋式の星の形をした城であるとか、明治維新の戊辰戦争で元新選組の土方歳三が戦死した城であることを思い浮かべる方は多いでしょう。五稜郭は、世界的にも珍しい、当時最先端の城でした。そして戊辰戦争で激しい戦いの舞台になった場所として、さまざまなドラマが詰まっています。たいへん個性的で魅力あふれる城だと思います。
私にとって五稜郭は、子どものころからあこがれの城でしたが、初めて訪れたのは大人になってからのことでした。特に、隣接する五稜郭タワーの上から、星の形をした城の全体像が見られることに感動しました。このように上から鑑賞する専用施設をもつ城は、世界でもたいへん珍しいものです。城の全体像を見たうえで、実際に石垣や堀を間近に見ることができるので、とても楽しむことができました。

実は複雑な仕掛けを持つ五稜郭。本体からやや離れた場所には、本体を援護射撃するための砦・半月堡が。

──築城の際に参考にしたとされる西洋式の星形要塞とはどんなものですか?

ヨーロッパの城がぜんぶ星形かというと、決してそうではありません。星形の城では、星の先端にあたる部分が三角のくさび形になって飛び出していますが、もともと西洋の要塞は、丸い塔が張り出しているのが主流でした。その後、長い時間をかけた進化の末に星の形になったのです。つまり五稜郭にはヨーロッパの最先端の築城技術が投入されていた。もし五稜郭がつくられるのがもっと早い時期だったら、絵本やおとぎ話に登場するような丸い塔をもった城になっていたかもしれませんね。
しかし五稜郭は、西洋の城をそのまままねしたものではありません。忘れてはならないのは、設計したのが日本人だったということ。五稜郭を設計した武田斐三郎は、西洋の城を勉強するとともに、そこに独自の工夫を加えていきました。果たして、どんな部分が“独自”だったのでしょうか? その辺りも含めて、五稜郭のユニークな形の秘密について第1の謎「なぜ五稜郭は星形なのか?」で解き明かしていきます。

設計者・武田斐三郎は、蘭学者の緒方洪庵や兵学者の佐久間象山に学び、日本のレオナルド・ダ・ヴィンチと称されるほど多才な人物でした。

──そんな最先端の城・五稜郭が築かれた函館は、当時どんな場所だったのでしょうか?

函館といえば、幕末に開港したハイカラで新しい町というイメージがありますが、実はたいへん長い歴史を持っています。縄文時代にはすでに大集落があったことがわかっていますし、室町時代には「志苔館しのりだて」という城もありました。そのうえ、函館には大きな船が入れる良港がありました。そのため、蝦夷地とよばれた今の北海道と本州以南との交易の拠点になっていたんです。つまり函館は当時の北海道の経済の中心地だったのです。
ですが江戸時代後期になると、“新たな脅威”が出現します。五稜郭は、その新たな敵から函館の町を守るために作られたのです。第2の謎「なぜ五稜郭は函館に造られたのか?」では、函館の歴史を紐解きながら、五稜郭がそこに築かれた経緯をたどります。

幕末、五稜郭に移転したという箱館奉行所(写真は、復元建物)(※)。これが、五稜郭が函館に造られたカギを握ります。
箱館奉行所の内部も昔のままに復元され、展示施設を備えた博物館になってます。

五稜郭に秘められたドラマとは──

──戊辰戦争の際、五稜郭での戦いはどんなものだったのでしょうか?

五稜郭は戊辰戦争のときに、「箱館戦争」(※)と呼ばれる激しい戦いで落城します。明治新政府に従おうとしなかった旧幕府の勢力が、榎本武揚や土方歳三に率いられて五稜郭に立てこもり、新政府軍と戦いました。
箱館戦争は、世界的に見ても当時の最先端の武器が使われたところに大きな特徴があります。五稜郭の設計からわずか十数年の間に、五稜郭が想定していなかったほどの高性能な武器が新しく登場したのです。
その一方で、五稜郭は“新たな脅威”に備えた城だったのですが、函館が開港してから武力衝突が起こらなかったことなどから、未完成のまま放置されていたのです。
このような箱館戦争以前の状況から考えると、榎本武揚や土方歳三たちが、新政府軍とどのように戦おうとしたかが見えてきませんか? 榎本ら旧幕府の勢力の驚くべき戦略、そして、なぜ最先端の城である五稜郭を拠点にした旧幕府の勢力が破れたのか──。その答えは第3の謎「旧幕府勢力は、五稜郭を拠点にどう戦うつもりだったのか?」をぜひご覧ください!

※明治初期に「函館」に表記が変更された。それ以前は「箱館」と表記。

箱館戦争では、最新式のライフル銃や大砲が大量に使われました。
当時世界でも最高峰と言われた軍艦「開陽丸」。旧幕府勢力は、この開陽丸と五稜郭を合わせた戦力を持って、新政府軍に迎えうとうとしたが……。

──最後に、視聴者の皆さんへのメッセージをお願いします!

今回の番組では、箱館戦争の舞台になった西洋式の城だという、これまでのイメージとは違う五稜郭の真実をご覧いただけると思います。最先端の城・五稜郭の光と陰、敗北の謎と秘められたドラマを、ぜひ楽しんでいただきたいと思います。
北の大地にさん然と輝く星・五稜郭に秘められた謎を解き明かしながら、その魅力を存分に味わってください!

連載コラム「教えて!千田先生」
“城歩きのコツ” その6

「航空写真」を見れば、城の全体像が一目!

タブレットに映し出された、国土地理院による五稜郭の航空写真。

お城はとても大きいので、自分がどこにいるか、今見えているものが何なのか、それがどこにどうつながっているのかなど、なかなかすぐにはわかりません。平地にあるお城の場合は、特にそうです。そこで役に立つのが航空写真です。航空写真を見ながら歩くと、お城の全貌を把握し、自分の位置を確かめることができます。今回の五稜郭は、目印になる高い建物もなく、また星形のシンメトリーな形をしているので、航空写真がとても有効です。

五稜郭の正門前の橋のあたりで、タブレットで航空写真を確認する千田先生。

絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城「五稜郭」

【放送予定】2021年1月8日(金)[BSプレミアム]後10:00

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