知られざるエピソード満載! 180分の永久保存版

ありがとう裕さん さらば石原軍団 ~日本人が最も愛した男 真実の物語~

2月27日(土)[BSプレミアム]後6:00〜9:00

1956年、すい星のごとく現れた大スター・石原裕次郎。1987年に52歳の若さでこの世を去った裕次郎さんは、いまなお多くの日本人に愛され続けています。去る1月16日、そんな裕次郎さんが夢を実現するために設立し、彼亡き後、仲間がその思いを引き継いできた石原プロモーションが、その歴史に幕を下ろしました。そんな今だからこそ、改めて振り返りたい。

石原裕次郎とは、どんな人物だったのか─?

2月27日(土)放送の「ありがとう裕さん さらば石原軍団~日本人が最も愛した男 真実の物語~」は、石原裕次郎さんの生涯を描き出すドキュメンタリー番組です。 今回は、番組の見どころを紹介するとともに、当番組のプロデューサーであり、長年石原プロの取材を続けてきた関本好則氏に聞いた、裕次郎さんのエピソードをいくつか紹介します。

3つの角度から、裕次郎を浮き彫りに

番組では、裕次郎さんが残した数々のエピソードを、関係者の新たな証言VTRや過去の貴重な映像資料を交えて紹介。石原裕次郎という人物をあらゆる角度から浮き彫りにしていきます。その柱となるのは、次の3つ。

大スターとしての顔
経営者としての顔
プライベートな顔

関本プロデューサーが語る番組企画のきっかけ

実は、裕次郎さんが亡くなって3年後に、NHKで“日本人が最も愛した男・石原裕次郎の世界”というテーマの特集を担当したんです。「ドキュメント石原裕次郎の世界」、まき子夫人が裕次郎さんを語る「夫・裕次郎」、そして渡 哲也さんら石原プロの方々によるトーク番組「ボスを語る」などのコンテンツを織り交ぜて、トータル40時間の番組を制作しました。それ以降、石原プロにまつわる番組をいくつも制作させていただきましたが、この度、石原プロが幕を下ろすと聞いて、当時つくった番組の映像に、新たなエピソードを加えて番組をつくろうと思ったんです。それに、石原プロの番組を最後に作るなら、僕しかいないとも思いましたし。

映画『嵐を呼ぶ男』などに主演した石原裕次郎さんは、一躍スターに。
まき子夫人とは、映画『狂った果実』で共演。番組では、まき子夫人だけに見せた裕次郎さんの素顔も浮き彫りに。

初めて明かされる、知られざる秘話も!

さらに番組の中では、これまであまり語られてこなかった、裕次郎さんの知られざるエピソードも紹介されます。その一つが、映画「黒部の太陽」制作の裏で繰り広げられた、映画会社と石原プロとの壮絶な攻防戦――。当時、裕次郎さんは、石原プロモーションを設立して間もない頃でした。俳優としてだけでなく、自分たちで映画を企画・制作するべく精力的に動き始めますが、そんな彼の前に、映画業界の古い慣習が立ちはだかります。当時32~33歳だった裕次郎さんは、その圧力に屈せず、あの手この手を使って立ち向かい、やがて見事「黒部の太陽」公開にこぎ着けるのです。裕次郎さんのそんな挑戦者たる姿も、ドキュメントで描かれていきます。

もう一つ明かされるのが、裕次郎さんの闘病秘話。1981年、裕次郎さんが大動脈りゅうの手術をしたというニュースが全国をかけめぐりました。公式では、その3年後に検査で肝臓がんが見つかったと発表されましたが、実は、1981年の手術の際にがんの巣は見つかっていたそうです。あまり大きくなかったということと、当時の医療技術では切除できなかったということで、本人にはその事実は隠され、知っていたのは、渡哲也さんと兄・石原慎太郎さんとまき子夫人と小林専務の4人だけだったといいます。

退院した裕次郎さんは、「ファンの皆さんへのお礼のために全国を回りたい」と、ドラマ「西部警察」の全国シリーズというものを始めます。北海道から九州まで全国縦断ロケを敢行し、その先々でファンに感謝のことばを述べる裕次郎さん。徐々にがんが悪化する中で、裕次郎さんと彼を取り巻く人々との絆を物語るエピソードも見逃せません。

番組では、生前裕次郎さんが訪問インタビューに答えた映像も。

人間性がにじみ出るエピソードの数々

志に向かって奔放でがむしゃらかと思えば、その一方で繊細できめ細かい一面をも合わせ持ち、そして何より、会う人会う人すべての人をひきつけてしまう魅力の持ち主。番組では、大スター・石原裕次郎さんが残した数々のエピソードが紹介されます。彼の人となりが浮かび上がってくるかのような多彩なエピソードを、関本プロデューサーにいくつか紹介してもらいましょう。

関本プロデューサーが明かす裕次郎エピソード

●そんなに!? ヨット好きエピソード
「新婚間もない頃から、年末年始は1週間休みをとって、家族でハワイ旅行に出かけると決めたそうです。ある年のハワイ旅行でも、いつものように裕次郎さんは毎日ヨットに乗っていて、帰る日も『ギリギリまで乗りたい』というので行ってしまった。まき子さんは先に荷物を持って、飛行機のタラップの上で待っていたそうですが、なかなか裕次郎さんが来ない。そのうち、飛行機の中で待たせていた乗客が『なんで飛行機が飛ばないんだ』と騒ぎ出しました。するとそのときに、海パンひとつで走ってくる裕次郎さんが現れたんです。乗客から『おもしろい!』と拍手が起こったそうですよ」

●意外と!? 繊細エピソード
「番組では、裕次郎さんの部屋が亡くなった当時のまま残されていた頃の映像も入れ込んでいます。びっくりしたのが、寝室に置いてあるテレビの小さい主電源のランプを、黒いテープで上から貼って隠されていたこと。ちょっとでも明かりがあると、眠れない方だったようですね」

●恐るべき記憶力と細やかな心配りの持ち主エピソード
「『黒部の太陽』の時の話です。当時、何百人という映画制作に関わっていましたが、現場に姿を現した裕次郎さんが『よお、●●くん』と学生アルバイトにまで声をかけたそうです。みんな、感激してしまったそうですよ」

石原裕次郎さんのすべてが詰まった180分! ぜひ、お見逃しなく!


「ありがとう裕さん さらば石原軍団 ~日本人が最も愛した男 真実の物語~」

【放送予定】2月27日(土)[BSプレミアム]後6:00~9:00

取り上げた番組はこちらです!

その他の注目記事