共振しあう悲しみへの乾杯

宮城発地域ドラマ『ペペロンチーノ』

石戸 諭(ノンフィクション・ライター)

「きのう何みてた?」は、さまざまなレビュアーが多様な視点から番組を評するコーナーです。東日本大震災から10年の節目で制作された数多くの番組から、ノンフィクション・ライターの石戸さんが選んだのは、仙台局発のこのドラマでした。

『ペペロンチーノ』は一人ひとりが持っている東日本大震災への感情を可能な限りすくい取ろうとした作品である。東日本大震災で被災した地域を歩き、人の話に耳を傾けるたびに思うことがある。この地には、死者とともに生きる人々がいかに多いのか、と。10年が区切りになる人もいれば、外から押し付けられた区切りをいらないという人もいる。

本作を視聴しながら、昔取材した一組の親子を思い出した。

小学生の娘を亡くした父親は、6歳年が離れていた妹の成長した表情に亡くなった娘の面影を見る。彼には娘の遺体を自分の手で、発見し、抱きしめた過去がある。

ふとした瞬間、妹の顔のほんのわずかな変化に、あれ亡くなった娘がいるのかなと思う。彼は、そんな時間を悲しいのではなく、むしろうれしいのだと言った。娘を亡くした悲しみは癒えるわけではないし、あの日から何年と言われても「そうか」と思うだけだが、この瞬間は娘が自分に会いに来てくれたような感覚なのだという。私に思い出を語るとき、娘は亡くなっているにもかかわらず、その場で今も生きている人間として存在していた。本当はいなくても、いるかのように。

二度の「乾杯」

本作の主題は、死者とともに生きる人々を肯定することにある。印象的なシーンが主人公・小野寺 潔(草彅 剛)が呼びかけた二度の乾杯だ。料理人である彼は、震災で被災したレストランを再開し、10年目の3月11日に大事な客を招待する。妻の灯里あかり(吉田 羊)とともに営んでいた小さなレストランだ。しかし、招待客はなぜ自分たちが招待されたのか、まったくわからない。

肝心なところは伏せておくが、小野寺もまたいくつもの喪失とともに生きている一人である。自暴自棄になり、アルコールに依存した。調理人でありながら、一度は包丁もフライパンも捨てた。高校の同級生とその娘、ネットメディアのライター、事故にあった小野寺を治療した医師(この医師もまたアルコール依存症患者である)、漁業に携わる夫婦。彼が招待したのは、自身の再起を支えてくれた人々だった。

集まった人々を前に、小野寺は生きてきた自分たちに「乾杯」をしようと呼びかける。これが一度目だ。そこでは、死者への敬意を払う「献杯」を選ぶ客もいる。彼らも死者とともに生きている。だから、彼はそのことをまったく責めない。

小野寺は、参加した人々が積み上げた小さなエピソードを大切に語り、そして、次々と感謝を述べる。自暴自棄になっていた自分が作ったペペロンチーノをおいしいと食べてくれたこと。多くのメディアが取り上げた小野寺の被災経験や、再起を復興という「文脈」に押し込めることなく、一軒のレストランとして評価してくれた記事が涙を流すほどうれしかったこと……。

「いなくてもいる」人々とともに生きる

集まった人々の被災経験はバラバラで、濃淡がある。唯一の共通点は、みんながそれぞれに大きな喪失を胸に抱きながら、困難を抱えながら、それでもなお生きてきた10年だったということだ。全てが明かされたあとで、彼が呼びかけた二度目の乾杯では、全員が「乾杯」を選んだ。それは小野寺への祝福だけでなく、自分たちもまた「いなくてもいる」人々とともに生きることを選び続けたことに気がついた祝福だったように思える。

ペペロンチーノは材料もシンプルであるがゆえに難しい。同じように、震災を伝えることも難しい。シンプルに悲劇にフォーカスすればいくらでも描くことができる。だが、人間の悲しみは、悲劇を仰々しく伝えるだけではまったく伝わらないのだ。

あの震災には、人の数だけ悲しみがある。誰一人として同じ悲しみは存在しないが、しかし、悲しみは共振する。共振への気づき、それは、ともに生きていく最初の一歩だ。だとするならば、最後の「乾杯」はこうも言えないだろうか。それは、共振しあう悲しみへの乾杯であった、と。

新型コロナ禍も盛り込み、主人公の悲しみを象徴的に描くことで、生きる姿を懸命に肯定した仙台局の制作チームに大きな拍手を送りたい。

★著者プロフィール

石戸 諭(いしど・さとる)
1984年生まれ、東京都出身。2006年立命館大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。その後、BuzzFeed Japanを経て2018年に独立。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』、『ルポ 百田尚樹現象 愛国ポピュリズムの現在地』。ニューズウィーク日本版特集で第26回雑誌ジャーナリズム賞作品賞。

★ノンフィクション・ライター 石戸 諭さんの「最近、何みてた?」

・DAZN 川崎フロンターレ、柏レイソルを中心にJリーグ、海外サッカーもハイライトやフルタイム視聴(開幕したばかりのJは今季もフロンターレ強すぎ、おもしろすぎ。我が地元レイソルはオルンガの穴を埋めきれず苦戦の予感)

・NHK「日曜美術館」(震災とアート活動について、流し視聴)

・ネットフリックス「岸辺露伴は動かない」(荒木飛呂彦ファンなもので、NHK版ドラマと見比べ。どっちもいいね!)

・フジテレビ「Mr.サンデー」(見たというより、出演したが正解ですが……。スタッフによる力ある取材VTRが多く、いつも好感)

★レビュー番組

宮城発地域ドラマ「ペペロンチーノ」

【再放送】4月17日(土)[総合]後5:00 ※全国放送

【初回放送】3⽉6日(土)[BSプレミアム・BS4K]後10:30

【あらすじ】
2021年3⽉11⽇、宮城県牡⿅半島の海を望むイタリアンレストランで、オーナーシェフの⼩野寺 潔は友⼈を招きうたげを開く。被災地が厳粛な空気に包まれるこの⽇に、あえて酒を飲んで騒ごうという。どういうことなの?と、いぶかしがる友⼈たち。すると潔はこの会に秘められた深い理由を話し始めた──。潔がまず語ったのは、東⽇本⼤震災でレストランを流された被災体験、その後アルコール依存となり⾃暴⾃棄となった過去だった。では、そんな絶望のふちから、どうやって潔はレストランを再建し、最⾼の味を追求するシェフになれたのか──?

【脚本】⼀⾊伸幸

【音楽】世武裕子

【出演】草彅 剛、吉田 羊、矢田亜希子 / 國村 隼 ほか

【演出】丸⼭拓也

【制作統括】青木一徳

▶︎ 番組ホームページ

<関連番組>

東北ココから「宮城発地域ドラマ『ぺペロンチーノ』放送直前スペシャル」

【放送予定】4月16日(金)[総合]前2:18(15日深夜)※全国放送

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