車内カメラが捉えた市井のひとびとの人生

「あのとき、タクシーに乗って 2021年 春 東京」

山田清機(ノンフィクション作家)

5人のタクシードライバーと、偶然乗り合わせたその乗客たちとの対話をつうじて、コロナ禍のなかのある一日を描き出したドキュメンタリー。そこから見える「本当」とは?

2021年春 東京──。

3月末日にたまたまタクシーを利用した乗客と5人のドライバーの短い交流を、車内に設置した複数の固定カメラで記録した、小さなドキュメンタリー番組である。

オープニング。コミカルな音楽に乗せて、これは決して‟盗撮”ではなく乗客の了解を得たうえで撮影されたものであることが告知される。続いて、いま風にいえば「エモい」ナレーションによって、コロナ禍の東京で生きる市井のひとびとが、行きずりであるがゆえに車内で無防備に垣間かいま見せるであろう「本当」への興味がかきたてられていく。

しかし、と、ひねくれ者のルポライターは、すでに冒頭からひっかかってしまう。

乗客が固定カメラの存在を知らされている以上、車内で乗客が発する言葉や態度が100%本当であるとはいえないのではないか。そこに、演技とはいわないまでも、カメラを意識しての抑制や誇張が入り込む可能性を排除できまい。

(だまされてはいけない。これは一見ドキュメンタリーのように見えるけれど、実は一般市民によって、そうとは意識されずに演じられたドラマなのだ)

などとひと理屈こねてみたものの、乗客たちが文字通り無防備に車内に持ち込んでくる事実の数々に、ことごとくハッとさせられる。

運転歴5年、平山さんの最初の客は新宿で買い物をした老夫婦である。なんでも「趣味の会」で着るための服を買いにきたという。

平山さんが尋ねる。

「(趣味は)ダンスとかですか?」

老婦人が口にした答えを当てられる人は、たぶんほとんどいないだろう。

ホストだという若い男性客との会話も、想像を軽々と超えていく。男性の勤務時間帯にも驚かされるが、コロナ禍が彼の仕事に与えた影響を言い当てられる人は、やはり少ないだろう。

「ボク 収入上がったっす コロナのおかげで」

こう言い残して、ホスト氏はタクシーを降りていくのだ。

さらには、なぜか深夜のドラッグストアで買い物をする白血病を患う人や、明日の朝入社式を迎えるという新入社員などが次々とタクシーに乗り込んできては、コロナ禍がどのように自分の人生に降りかかってきたかを淡々と語っていく。

社会全体を揺り動かしている災厄が個々の人生にどのように立ち現れるかは、まったく予測不能である。そんな事実を、固定カメラは確実に捉えている。

ドライバーの独白が伝えたこと

一方、この番組の中ではインタビュアーの役割を負わされているドライバーたちの来歴は、彼らの独白という形で語られていく。

おそらく無線で番組スタッフから質問を受け、それに答えているのだろうが、こちらは正直言って食い足りない。

若い男性ドライバーの平山さんは俳優業と兼業だというのだが、なぜ兼業しなければならないのか、どのように兼業が可能なのかはまったく語られない。2年前、トラック運転手からタクシードライバーに転じた枝川さんという女性も登場するが、彼女の過去について掘り下げられることもない。

かつて、20人以上のタクシードライバーに連続取材をした経験を持つルポライターとしては、彼ら彼女らの来歴こそ宝の山だと思うのだが、実にもったいない。

(なぜ、そこを突っ込まない。それを聞かなきゃドキュメンタリーじゃないだろう)

と、それこそ画面に向かって突っ込みを入れたくなってしまう。

しかしそこは、テレビと活字の違いなのかもしれない。ドライバーたちの独白に車窓を流れていく夜景とセンチメンタルな音楽が重ね合わされていくうちに、切なさと、彼らへの共感のようなものを抱き始めてしまう。

(いやいや、はっきり言葉にできないものに幻惑されてはいけない。そこに、本当なんてないんだ)

などとってはみるのだが、「わけあり人生」の表層をでることは、なぜか人を甘く酔わせる作用があるらしい。

そして番組は、クライマックスへ向けて加速していく。

剽軽ひょうきんな中年の男性ドライバー津村さんが、繁華街でなにやら高揚した雰囲気の4人家族を乗せる。やがて家族のひとりが、「今日」について解説を始める。今日は90歳を迎えた母親の誕生日。卒寿のお祝いのために、3人の子どもが集まって食事会を開いたらしい。

息子とおぼしき人物が言う。

「長生きってすごいことだよね」

絵に描いたように幸福そうな家族が、タクシーの車内で盛大に拍手をする。

すると、唐突に津村さんが「私にも90歳の母が」と語り始めるのだ。津村さんの母親はいま施設に入っていて、会いたくても頻繁ひんぱんに会うことができない。

「この‟わきあいあいさ”がですね まるで私も家族(の一員)で 帰りに送っているような」

この津村さんの言葉を聞いた瞬間、不覚にも、図らずも、涙がこぼれた。そして、止まらなくなった。

私にもほとんど会うことのない、老いた母親がいる。この家族や津村さんのように、意地を張らず、もっと素直に親孝行ができればいいのに……。

2021年春。これが私の本当かもしれない。あの時、たしかに私は津村さんのタクシーに同乗していた。

★著者プロフィール

山田清機(やまだ・せいき)
ノンフィクション作家。1963年富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立、人物ルポに定評がある。著書に『東京タクシードライバー』『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』『パラアスリート』などがある。

★山田清機さんの「最近、何みてた?」

「ピタゴラスイッチ」(NHK)
15分番組なので、撮りだめをして息子(小3)と一緒に2本ずつぐらい見ている。「みつけにくくしています」「すきまやくにたってます」「こんなあいずがあります」など、特集(?)の切り口にひねりがあり、社会科見学の要素もあって大人も楽しめる。ちなみに「こんなあいずがあります」ではタクシーの表示灯が紹介されていたが、緊急時に「SOS」の表示ができることを初めて知った。最近、ピタゴラ装置が複雑化し過ぎ、まねをして工作ができるレベルを超えてしまった気がする。もう少し、シンプルなものに戻してほしい。

「ダーウィンが来た!」(NHK)
やはり息子と一緒に見ている。かつてはクイズ形式の動物番組が多かったが、この番組はクイズではなく、珍しい映像を長く見られるのがいい。番組の終わりにある「マヌールの夕べ」というコーナーが何のためにあるのか最近までわからなかったが、次週の予告になっていることにようやく気がついた。しかし、マヌールが何者なのかはいまだによくわからない。

「世界の何だコレ⁉ ミステリー」(フジテレビ)
UFOや超常現象などをふんだんに見せてくれる番組。ネタの数は多いが1本1本の突っ込みが浅く、消化不良で終わることが多い。そんな中にあって、原田龍二の「座敷わらし調査」は、原田の座敷わらしへの愛着と執着の強さが伝わってくる内容で非常によい。毎回、風船が勝手に動いたり、室内を小さな影が走ったり、窓に奇妙なものが映ったりといった「収穫」があり期待を裏切らない。

「THE突破ファイル」(日本テレビ)
突破交番、突破レスキュー、アメリカンポリスなどの人気コーナーがある。いずれも実話に基づいたドラマ仕立てになっており、困難な状況を知恵と勇気を総動員して突破したひとびとの姿に毎回感動させられる。役者(お笑い芸人が多い)の演技も、ドラマの作り方も、ロケのスケールも回を追うごとに向上しており、番組制作がいい循環で行われている雰囲気が伝わってきて楽しい。

★レビュー番組

「あのとき、タクシーに乗って 2021年 春 東京」

【放送】5月3日(月・祝)[総合]後7:30   語り 梶裕貴

たまたま乗り込んだタクシー。見ず知らずのドライバーを相手に、思わず身の上話や本音がこぼれ出る。山あり谷ありの人生を歩んできたタクシードライバーたちと乗客の人生が交錯するひととき。3月末、桜舞う東京。経営難のため前職を解雇されたばかりの新人ドライバーが、さまざまな節目を迎える乗客を乗せていた。住宅ローン契約に向かう新婚夫婦。不安を吐露する新社会人。深夜でないと買い物に行けない男性の事情とは…。

▶︎ 番組ホームページ

関連記事

その他の注目記事