笑うべきか泣くべきか、それが問題だ

土曜ドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」

レビュアー:河野真太郎(英文学者)

「きのう何みてた?」は、さまざまな書き手が多様な視点から番組をレビューするコーナーです。
現役の大学教授・河野真太郎さんが選んだのは、大学を舞台にしたドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」。アナウンサーから大学の広報課に転職した主人公を軸に展開されるコメディー・ドラマを、大学の「中の人」でもある河野教授はどう読み解くのか!?

(番組は見逃し配信「NHKプラス」でも配信中です。リンクは記事末尾にあります。)

正直に言えば、私はこのドラマを恐る恐るた。

神崎 真(松坂桃李)は、人生で「意味のあること」をひと言も発してこなかったことを誇る、中身空っぽのイケメンアナウンサーであるが、そんな彼も若さと好感度だけではやっていけなくなっている。かつての指導教官で現在は総長となっている三芳(松重 豊)に誘われて、出身の国立大学の広報課に職を得たものの、元カノでポスドク(ポストドクター)の非正規の研究員木嶋みのり(鈴木 杏)が、ノーベル賞を期待されるスター教授の論文不正を内部告発。神崎が彼女の元カレであることを知る三芳と大学の理事たちは彼に、告発を取り下げさせるためみのりにアプローチするよう命じる……。

恐る恐る観たというのは、私が大学に勤める人間だからにほかならない。恐れたのは二つ。一つには、私が大学の現場を知っているがゆえに、現実とは違うという違和感が先行してしまうのではないかということである。もう一つには、事前情報からすると、このドラマは大学が現在抱えている問題を見事に風刺していて、それゆえに私の経験に刺さりすぎてつらいかもしれないということだ。

現実に深いところで触れるコメディー

前者の予感ははずれて、後者の予感は当たった。

作・脚本が、京大吉田寮に材を取った「ワンダーウォール」(NHK、2018年/劇場版2020年)の渡辺あやであることもあり、大学の中にいる人間にも安心して観ていられるリアリティーをこのドラマは確保している。もちろんコメディーなのでさまざまな誇張はあるし、広報課の職務範囲など、現実の大学から少しかけはなれている部分はある。

だが私は、この作品が深いところで現在の大学の「現実」に触れていることに、感動に近いものを覚えた。なんといっても、この物語が私立大学ではなく国立大学に設定されていること、その一点だけで近年の大学の変化の本質をみごとに表現している。このドラマで描かれる大学の理事たちは、大学の評判を落とさずに「経営」していくことに汲々きゅうきゅうとしているように見える。ひと昔前であれば、これは国公立大学ではなく、私立大学の風景だと了解されていただろう。学生確保のために評判を気にしたりといったことは、私大の話だろうと。

しかし、物語内でしっかり説明されているように、国立大学は独法化以来、運営費交付金を毎年カットされ、運営費・研究費いずれについても「競争的資金」を獲得することが推奨され、そのために大学を企業の論理で経営することが求められている。

大学に「選択と集中」という、学術研究にはそぐわない原理が適用されているのは、第一話の最後に神崎が見るテレビ番組での大学教授の「科学研究は今、必ず当たる宝くじのように勘違いされているんですよ」という言葉が表現する通りである。そこから、このドラマでも描かれるような、学費の増額や、研究結果を出さねばならないというプレッシャーからの論文不正が生じていることは、よく知られている通りだ。そのような「競争原理」の導入によって、大学の底力はどんどん失われており、日本の大学における論文の生産性は低下の一途をたどっている。

また、第一話・第二話の主要なテーマであったポスドク問題も深刻だ。これは1990年代の大学院重点化によって大学院生の数は増えた割には、大学教員のポストが上記のような事情で減っていることに由来する。そして、大学において雇用が不安定化したことはポスドクだけではなく、職員にも及んでいる。国立大学では有期雇用の職員への依存度が高まり、しかも雇用期間が終わったら容赦なく雇い止めすることが当たり前になりつつある。

主人公の神崎真自身が、5年契約の有期雇用職員である。そんな彼が、雇い止めに遭おうとしている木嶋みのりの境遇を本当の意味で理解できていないように見えるのは皮肉である。

皮肉と本気の彼岸

さて、ここまで書いてみて、大学、それもかつて勤めていた国立大学の内情を知る私は、このドラマのよい視聴者ではないのかもしれないとも思う。というのは、このドラマはあくまで皮肉の効いたコメディーであるが、現実があまりに近い私は、おそらく一般視聴者のようにこのドラマで笑うことはできないからだ。

だがこのドラマのいいところは、はたから見たら笑うしかないような、でも中にいたら笑うどころではない大学の内情を、理解力の足りない空っぽの主人公を軸におくという仕掛けによって、(今のところ)勧善懲悪的な結末を用意することなく皮肉たっぷりに描くことに成功しているところだ。

私はおそらく一般視聴者ほどにそれを笑うことはできない。だがその分、このドラマにちりばめられた涙には人一倍共感できる。涙といえばこのドラマでは、非常におもしろいジェンダーの逆転のようなものが起きていて、男たちがとにかくよく泣く(また、神崎は「女子力」だけで世を渡ろうとしているし、彼は「分かっていない人」という「女性的」ポジションを与えられている)。

もっとも印象的だった涙は、第一話で、神崎が録音した木嶋みのりのすばらしい長ゼリフを聞いた三芳総長が、よよと泣き崩れるあの涙だ。あれも、笑うべきところだったのかどうかは分からない。しかし、確かにあの涙は多くの大学関係者の涙でもある。「研究の喜びを取り戻したい」。このまっすぐな言葉に不意打ちをされた涙。この涙は、ドラマ全体のアイロニーに対しても「不意打ち」をしかけ、現実について思いを巡らすよう視聴者を誘っている。ここで、視聴者は大学人である必要もなければ、大学に詳しい必要もあるまい。この涙が表現する不条理は広く社会のものであろうから。まあ、三芳の場合は、責任ある大学総長なのだから、「お前が泣くな!」と言うべきでもあろうが。

コメディーというのは、つらすぎる現実に対する両面的な対処法である。それは現実の矛盾を解消し、現実を肯定してしまう部分もあれば、他の方法では表現できない現実を表現し、かつ現実の権力関係をぐちゃぐちゃにしうるという面もある。第三話以降、このコメディーがどちらの方向に向かうのか、楽しみにしたい。

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★著者プロフィール

河野真太郎(こうの・しんたろう)
1974年生まれ。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門はイギリス文学・文化。また、近年のポピュラーカルチャーとジェンダーにも関心を向けている。著書に『〈田舎と都会〉の系譜学』、『戦う姫、働く少女』など。

★河野真太郎さんの「最近、何みてた?」

・「7年ごとの記録 イギリス 63歳になりました」(NHK)
1967年以来イギリスで7年ごとに、さまざまな階級と境遇の人たちの成長と人生を追っていくという、壮大なリアリティーTVのようでいて、「私たち国民」の姿への自己民族誌的関心が色濃いイギリスらしい番組。シリーズプロデューサーのマイケル・アップテッドが今年亡くなったのでこれで最終回なのだろうか。

・「映像研には手を出すな!」
最近Netflixに配信されたので観直している。うちの子供が原作漫画の該当場面と見比べて研究していたのに軽い衝撃を受けた。アニメを作ることについての漫画と、アニメを作ることについてのアニメには、大きな違いがあるのだろう。

・Choose Life Project(YouTubeチャンネル)
動く画を観る経験という意味では、今やYouTubeを無視することはできない。だが、コーラにメントスを入れるのだけがYouTubeの使用法ではない。Choose Life Projectはさまざまな社会問題をフットワーク軽く、しかし深く考えるためのチャンネル。Choose大学と銘打った学者による連続レクチャーも視聴できる。

★レビュー番組

土曜ドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」

【放送】毎週土曜[総合]後9:00 ※5月15日は休止

主人公は大学の広報マン。次々に巻き起こる不祥事に振り回され、その場しのぎで逃げ切ろうとして追い込まれていく。その姿をブラックな笑いとともに描きながら、現代社会が抱える矛盾と、そこに生きる人々の悲哀に迫る。

【作】渡辺あや ※オリジナル脚本

【音楽】清水靖晃

【語り】伊武雅刀

【出演】
松坂桃李 鈴木 杏 渡辺いっけい 高橋和也 池田成志
温水洋一 斉木しげる 安藤玉恵 岩井勇気 坂東龍汰 吉川 愛 若林拓也 坂西良太
/ 國村 隼 / 古舘寛治 岩松 了 松重 豊 ほか
<ゲスト出演> 国広富之 辰巳琢郎 嶋田久作 ほか

【制作統括】勝田夏子 訓覇 圭

【演出】柴田岳志 堀切園健太郎

まだ間にあう!土曜ドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」

【放送予定】5月19日[総合]後11:40〜前0:29(49分)

土曜ドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」の魅力をお伝えするダイジェスト版。第1話から第3話までのエピソードをギュッと凝縮したスペシャル・エディットです。見逃した方も、コアなファンの方も、あわせてお楽しみください!

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放送から1週間はNHKプラスで配信します

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