細部から人物の分析が始まる見事な“テクノスリラー”

「スマホ交換」

レビュアー:速水健朗(ライター)

「きのう何みてた?」は、さまざまな書き手が多様な視点から番組をレビューするコーナーです。
今回取り上げるのは、初対面の若い男女がスマホを交換して互いを探り合う、イギリス発祥の観察ドキュメント「スマホ交換」。読み解くのは、若者の「自分探し」や消費文化を考察してきたライターの速水健朗さんです。
番組が描いているのは若者のリアルではなく「大人が若者に投影した若者像」だと速水さんはいいます。あなたは「スマホ交換」をどう見ますか?

(番組は見逃し配信「NHKプラス」でも配信中です。リンクは記事末尾にあります。)

「スマホ交換」は、初めて出会った2人がブラインドデートをする番組である。初対面同士がいきなりデートをする、日本ではなじみの薄い文化だが、マッチングアプリでの出会いに引け目を感じることのない世代にとっては、違和感は薄いだろう(このあたりの認識には世代による差がありそうだが)。

出演者として登場するのは、タイプの違ったさまざまな若者たち。30分の番組の中で6人の男女が登場する(番組は全2回なので、計12人)。将来の夢をメモに残すIT企業勤務、女優志望、メイク好きゆえアイドルになった男性、SHIBUYA109で働く夢をかなえた店員、整形手術を繰り返すことをポジティブに捉える女性、20代で年収1000万稼ぎたい“意識高い系”、インスタの裏アカで毒づく広告代理店勤務……といった具合である。

番組側が用意しているルールを説明すると、大きく2つある。

ルール“その1”は、手元にはデート相手のスマホがあるということ。ふだんは人に見せることも、見ることもないスマホの中身を互いにオープンにし合うのである。インスタの写真だけでなく非公開の写真も見られてしまうし、LINEの会話やメールでふだん使っているスタンプも相手に批評される。そして、YouTubeでの検索履歴、SNSの裏アカなどを見てもかまわない。これらがデートにおける会話のきっかけになる。

(編集注:交換前に見られたくないアプリを整理する時間は与えられる)

ルール“その2”は、デートといっても遠距離、会話はあくまでリモート。実際にデートをするのであれば恋愛を巡る駆け引きになるはずだが、実はその要素はまったくない(この番組は、英BBCの「Phone Dater」の日本版とのこと。大元のこちらに恋愛リアリティー的な要素があるかは知らない)。恋愛の前前前段階くらいである。

じつはNHK若者番組の「保守本流」?

スマホの中身には、外見よりはるかに多くのその人となりが詰まっている。たとえば、母親とのメールのやりとりを自ら明かすタイプの男性。ひと昔前はマザコンは女性に敬遠されていたけれど、いまどきはむしろ好材料になった。一方、自信家イケメン男子は、LINEのやりとりからキープする女性の数で“男のモチベ”を保とうとしていたことを見抜かれてしまう。アプリやSNSの細部から人物の分析が始まる“テクノスリラー”の部分がみどころだ。

かといって番組を通してSNS世代の若者の本音や悩みが伝わってくるのかというと違う。そもそも「スマホ交換」の人物たちがさらけ出すのは、真実の自分なのか、それとも公共のテレビで流れてもかまわない日常なのか。答えは間違いなく後者だろうが、“見られている”という意識を前提とするSNSに日常的に触れてきた世代には、まずその境目があいまいだ。

そして、この番組が伝える“若者像”を考えているうちに、「青年の主張」(1955-1989)〜「青春メッセージ」(1990-2004)といった過去のNHKの若者番組が頭に浮かんだ。ここでも描かれたのは、大人が若者に投影した若者像だったように思う。試しに、このNHK若者番組の系譜に「スマホ交換」を並べてみる。道徳的なところを含んだ若者像という点でも類似点は多い。当初は恋愛モノ? という先入観で見はじめた「スマホ交換」だが、NHKの若者番組の保守本流を踏襲している、と分類することでに落ちた。

▶︎ NHKプラスでの見逃し配信はこちらから

★著者プロフィール

速水健朗(はやみず・けんろう)
ライター。食、都市、ショッピングモール、メディア論などが専門。ときどきラジオやテレビにニュース番組などのコメンテイターとしても出演している。主な著書『ラーメンと愛国』、『フード左翼とフード右翼 食で分断する日本人』、『東京どこに住む 住所格差と人生格差』など。

★速水健朗さんの「最近、何みてた?」

・「今夜も生でさだまさし〜鳥取でしっとりゆったり生放送〜」(NHK)
安定のおじさん3人トーク。結構前から“生さだ”の愛称が定着しているはずだが、MCのさだ自身、それにあらためて驚きを見せていた。いまさら? こっちがびっくり。

・「青天を衝け」第13話「栄一、京の都へ」(NHK)
ついに舞台は京都。「徳川家康です」という北大路による江戸時代解説コーナーは残念ながら今回はなし(今後もか?)。父からもらった金を持つ栄一も、都会で遊びすぎてピンチに。上京した若者が陥りがちなやつだ。

・NHKスペシャル「被曝ひばくの森2021 変わりゆく大地」(NHK)
福島の居住困難区域の生態系を定点観測したノンフィクションの続編。アライグマが人家を住みかにし、数を増やしている。ほかの野生動物より一回り大きい外来種のアライグマが種として繁栄している。10年の歳月を考えさせる。

★レビュー番組

「スマホ交換」

初めて出会う2人がお互いのスマートフォンを交換! アプリや写真、メモやSNSまで自由に中身をのぞけるとしたら…? 誰にも言えない秘密や本音、思いがけない素顔がみえてくるドキュメント。

【放送】
#1 5月14日(金)[Eテレ]後10:30~11:00
5月19日(水)[Eテレ]前10:25~10:55

#2 5月21日(金)[Eテレ]後10:30~11:00
5月26日(水)[Eテレ]前10:25~10:55

【ナレーション】ゆりやんレトリィバァ

放送から1週間はNHKプラスで配信します

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