私たちが本当に守るべきものはなんだろう?

ETV特集「生きていればきっと笑える時がくる~牧師・奥田知志のホームレス支援~」

放送から1週間はNHKプラスで配信します

レビュアー:モモコグミカンパニー(BiSH)

「きのう何みてた?」は、さまざまな書き手が多様な視点から番組をレビューするコーナーです。
BiSHのメンバー、モモコグミカンパニーさんが選んだのは、ホームレスの問題を扱ったETV特集の「生きていればきっと笑える時がくる~牧師・奥田知志のホームレス支援~」。人と人との関わりがコロナ禍で希薄になっていくなか、私たちは何を「守って」いくべきなのか。そんな問いを投げかけるレビューです。

よく新宿駅の近くでホームレスの方を見かけると、この人たちは人生の何かに失敗し、つまずき、仕事や家を失ってしまった“とても可哀想かわいそうな人たち”だと、なんとなく別の世界をみているような気持ちでいた。しかし、この番組をてそんな考えでいた自分の浅はかさに気づくことができた。

ホームレスの方たちが路上生活を選んだ理由は、単にお金や仕事が関わる「成功」「失敗」とくくることのできるものだけではない。

番組の中にでてきたホームレスの方の中で、路上生活を選んだきっかけに「母親の死から受けた喪失感」を挙げていた元タクシー運転手の西原さんの話を聞いて私はハッとした。この番組は、ホームレスやボランティア活動、虐待を受けた人などの自立支援を扱っているが、その問題は、これらに関わったことのない人の日常からかけ離れた“特異なこと”ではなく、私たちが常日頃抱えている心の問題なのだ。

長年支援活動を行う奥田牧師は、番組内で「ハウスレス問題=ホームレス問題ではない」と言った。家はあっても帰る場所がない人だっている。単に家がない人と、家はあるけれど帰る場所がない人を完全に別物扱いすることはできない。

路上生活を選ぶ理由として、もちろん仕事やお金という問題も大いにあるだろうが、本質的なところでは喪失感など、心の問題も関係していることを知った。本当に大変なことは家がなくなることよりも、その人の帰る場所つまり、心のり所がなくなってしまうことなのだ。

弱いからこそ共存していられる

ホームレス生活から支援を受け自立した西原さんが「支援の人たちが自分のことを覚えてくれていたのが一番うれしかった。俺みたいな人間でも覚えてくれる人がいるんだ」と話しているのを聞き、私は深く共感した。私自身、「誰にも自分の姿が見えていなかったら、自分は存在しないのと同じなのではないか」と考えていたときがあるからだ。

これは自分の姿が誰かの瞳に映るという物理的な問題ではなく、他者が自分のことを認知してくれているか、誰かの心の中に自分がいるか、ということだ。西原さんの言葉を聞いて、私の考えていたことは間違ってはいなかったのだと思った。人は、誰にも認知されずに本当の意味で一人になってしまったら、お金がいくらあって、仕事についていたとしてもそんなことは関係なく、もしかしたら本当に消えてしまうのかもしれない。

「人は一人では生きていけない」という言葉は常識のように幼いころからよく耳にしてきた。私はこの言葉の意味をわかっているつもりで額面上でしか理解していなかったように思う。

コロナ禍のなかで人との関わりの大変さと貴重さを身をもって日々痛感している。人との接触が減ったのと同時に、人と関わることに対して以前よりも臆病になり、難しさも感じている。

私たちは自分の知らないものや分からないものを怖いと感じ、無意識に牙を向けてしまうようだ。私も日頃、怖いものには触れずに自分の世界を守ったまま安全に過ごしていたいと思っていた。しかし、生き延びるためには自分の視界に入ってきた“未知のもの”に関わることを諦めてはいけないのだ。人との関わりや怖いものから逃げてしまえば、結局自分の心が折れてしまうことになるのかもしれない。

私たちは弱い。弱いからこそ共存していられるし、対等に関わり合うことができる。弱さをさらけ出すこと、認め合うことは負けではなくて、きっとそこから何かスタートできるはずだ。

明日も生きるために、私たちが本当に守っていくべきものは一体なんなのだろうか。この番組をみて、そんなことを答えがでるまで考え続けたいと思った。

★著者プロフィール

モモコグミカンパニー
“楽器を持たないパンクバンド” BiSHのメンバー。結成時からのメンバーで、最も多くの楽曲で歌詞を手がける。読書や言葉を愛し、独自の価値観、世界観を持つ彼女が書く歌詞は、圧倒的な支持を集め、作詞家としての評価も高い。2018年3月に初の著書『目を合わせるということ』を上梓し、異例のベストセラーを記録。第2弾となるエッセイ集『君が夢にでてきたよ』を昨年冬に出版。

★モモコグミカンパニーさんの「最近、何みてた?」

・「Sound Forest」(YouTube)
何も考えずに作業に没頭したいとき、なかなか寝付けないときにこのチャンネルを開く。この手のASMRでよくある、雷雨や波の音などだけではなく「古書店」や「研究室」など幻想的で興味深い場所に自室にいながら訪れることができる。映像が少しずつ変化していくのをみるのも面白い。

・変態紳士クラブ「YOKAZE」(YouTube)
一日が終わり、また新しい一日が始まり、私の人生はどんどん形を変えていってしまう。時間の流れにあらがうことはできない。時々、何かに追われているような、そして必死に何かを追いかけているようなどうしようもない焦燥感に包まれることがある。この曲はそんな気持ちを肯定してくれたような気がした。

・映画『生きてるだけで、愛。』(Netflix)
「分かってあげたい。でも、分からない」「分かってほしい。でも、分かってもらえない」こんなふうに、私たちは身近な人ともすれ違いながら生きている。そんな日々の中で、「愛とは何か?」ということを深く考えさせられた映画。そううつ病を抱える主人公を演じる趣里さんの演技が生々しく、とても印象的だった。

★レビュー番組

ETV特集「生きていればきっと笑える時がくる~牧師・奥田知志のホームレス支援~」

【放送】6月12日[Eテレ]後11:00

北九州市を拠点にホームレスや生活困窮者の支援を続けるNPO法人「抱樸」。代表で牧師の奥田知志さん(57)の、失われた絆を結び直そうと奮闘する日々を見つめる。
奥田さんが代表を務めるNPO抱樸の支援で、33年間に3600人以上が路上生活から自立してきた。西原宣幸さんもそのひとり。「出会ってなかったら生きてない」。また、抱樸の職員・花岡真琴さんは、西原さんが生き生きと変わっていく姿を見て自分も励まされたと語る。さらに抱樸は、居場所がない若者など、「ひとりにしない」支援を掲げる。コロナ禍で厳しくなる現状と、人と人とのつながりを取り戻そうとする姿を追った。

放送から1週間はNHKプラスで配信します

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