
こんにちは、大河ドラマ「青天を衝け」でVFXを担当している松永です。
先日の放送では渋沢栄一たちが行ったパリを描きました。そのパリ編の放送直後から「コロナ禍なのにパリに行ってロケできたの?」など、ありがたいことにネット上でも大いに話題にしていただきました。
いやいや、パリには行っていません。
…この時期に行けるはずもなく(涙)
パリロケには行きたかったけれどもコロナ禍のため行けませんでした。
「パリに行かないでパリを作る」…これを実現させたのがVFXの技術です。
※VFX:視覚効果(英: visual effects)の略
▼大河ドラマ「青天を衝け」凱旋門屋上の完成映像▼

▼スタジオで撮影した映像▼

今回は、パリに行かないでパリを作れるようになるまでのNHKVFXチームの歴史を、「CGを仕事にしたい!」と30年も前に思ってNHKに入ったボクの視点から、書いていきたいと思います。
(もちろん「青天を衝け」パリ編の舞台裏についても後ほどゆっくりと!)
“CG部”に配属されるまで8年かかった
まずは、ボクが実際にCGを仕事にするまでをちょっと振り返ります。
きっかけは、1989年のNHKスペシャル「驚異の小宇宙 人体」という番組。CGを使って人体の仕組みをわかりやすく説明するタモリさん司会の番組で、当時はまだ珍しかった「CG(コンピューター・グラフィックス)」が一般に広く知れ渡ったキッカケの番組だと思います。
今まで見たこともないような「CG」映像を見た衝撃は大きく、いつしかCGを仕事にできないか? と思いはじめました。しかし、当時はネットもなく、CGプロダクションやCG専門学校というものがあるかどうかも知らず、情報源としていちばん身近だったTVから流れるCG映像を見て、「よし、NHKに入ればCGを仕事にできる!」と思い、入社試験を受けました。
ただし、NHKは全国にあるため、どこに配属されるかは分かりません。ボクは縁もゆかりもない「鳥取県」のNHK鳥取放送局にTVエンジニアとして配属されました。そこで番組作りをしながら、撮影や照明、編集などを学んでいきました。ドキュメンタリー番組の撮影や情報番組の中継など、CGとは全く関係のない仕事です。しかし、当時放送されていたフジテレビの「ウゴウゴルーガ」や教育テレビの「音楽ファンタジー・ゆめ」などを見て、CGへの憧れは日に日に大きくなっていきました。
ついにボクは「ウゴウゴルーガ」のCG制作に使われていたパソコンと同じものを購入し、独学で勉強を始めました。そして1993年、あの伝説の映画が日本でも公開されます。大きなスクリーンで見たあのときの衝撃は今でも覚えています。
『ジュラシック・パーク』
…この映画をきっかけにCGやVFXの道に進んだ人も多いと思います。目の前で大きな恐竜が暴れ回っているんですよ!
今ではハリウッド映画などで見慣れていますが、当時そんな映像を見たことないボクは、「VFX」というものに興味を持ち始めます。コンピューターを使って「CG」を作るだけではなく、そのCGや実写映像を使って、あたかも本物のように見せる「VFX(視覚効果)」というものがあるのだと、ハッキリ認識しました。
それから東京のCG部に異動希望を出し、晴れて東京への転勤がかなったと思ったところ、異動先はなぜかCG部のとなりの部署でした。「なぜCG部じゃないのだ!」と落胆したのを覚えています。しかし、鳥取放送局時代に作ったCG映像をVHSテープに入れて、CG部の上司に見せ、じか談判をし、翌年(1998年)にはCG部への異動がかないました。NHKに入ってから8年越しで実った夢でした。
少しずつドラマの仕事へ
異動してからは数年、NHKスペシャルの科学番組や、報道番組のCGなどを作っていましたが、「VFX」とは違い、説明用のCG映像がほとんどでした。
2000年前後にはNHKのドラマでも少しずつ「合成」技術が使われ始めましたが、あくまで実写映像に別の実写映像を合成することがほとんど。また、それらは「編集」の部署が担当しており、ボクたち「CG」の部署はほとんど関わっていませんでした。
しかし、2002年の連続テレビ小説(通称、朝ドラ)「まんてん」では宇宙ステーション、2004年の「シェエラザード~海底に眠る永遠の愛~」では太平洋戦争末期に航行する「弥勒丸」という船を描く必要があり、「CG」でそれらを作ることになりました。
▼ドラマ「シェエラザード」での船の航行シーン▼

ただ、当時はドラマで使うだけのクオリティの映像をCGで作る技術もノウハウもセンスもなく、映像としてのデキは良くありませんでした。
今見ても震えるほどのデキの悪い映像です。
ドラマを見ている途中でショボい映像が映り、そこでドラマのストーリーを止めてしまう…そういうことは絶対にやってはいけない、とそのときに深く誓いました。
『ALWAYS 三丁目の夕日』の衝撃
2005年には、ボクにとってまたもや衝撃的な映画が公開されました。
『ALWAYS 三丁目の夕日』です。
ハリウッド映画のようなCGを使ったアクションシーン満載の映画ではなく、昭和の時代のほのぼのとした庶民の生活を描く作品ですが、東京タワーや路面電車が走る東京の下町などがVFX技術により見事に映像化されていました。
ハリウッドでなくても日本でもここまでできるのだ! という思いが強くなったのを覚えています。
そんなボクのもとに、翌年、「芋たこなんきん」という朝ドラの制作チームから連絡が来ました。
BK(大阪放送局)制作のドラマで、美術担当者や演出から「三丁目の夕日(と同じような映像)をやりたい!」という事前相談だったのです。
「いやいやいや、三丁目の夕日を見て、スゲーと感動しているだけのボクがすぐにできるわけないじゃん!」と思いはしましたが、ずっとやりたかったドラマでの本格的なVFX制作ができるチャンスだと思い、大阪放送局に1か月ほど出張し、はじめてのドラマ撮影現場を経験しました。
この番組で、「ドラマの実写映像にCGをどう生かしていくか? リアルに見せていくか?」ということを勉強させてもらいました。
▼連続テレビ小説「芋たこなんきん」のワンシーン。道路には路面電車▼

▼実際に撮影した映像はこんな感じ▼

後に『三丁目の夕日』のVFX担当者にお会いしたときに、「芋たこなんきん、は三丁目の夕日があったからこそ実現しました!」とお話しさせていただいたことを覚えています。
坂の上の雲とアポロ計画
2009年から3年間かけて放送した「坂の上の雲」というドラマがあります。
明治元年、伊予松山に生まれた秋山真之たちが、激動の時代の中、小国日本として列強国に立ち向かい日露戦争で大国ロシアに勝利する…という司馬遼太郎さんの小説をドラマ化したものです。
日露戦争での「二〇三高地」や「日本海海戦」という壮大なスケールの戦闘シーンを描く必要があり、映像化が不可能と言われていた作品です。ボクもこのドラマにVFX担当として参加することになりました。
当時、「坂の上の雲」の技術責任者から言われたひと言があります。
「NHKドラマにおけるCGVFX技術はまだ未熟だけれども、坂の上の雲の制作を通して格段にレベルアップしていこう。NHKのVFXにとってのアポロ計画だ!」
この言葉に勇気づけられました。始まるときには、「この画コンテ、どうやって映像化するのだろう?」と不安でいっぱいでしたが、終わったときにはやり切った感でいっぱいになりました。
「チームみんなで頑張れば、ボクたちでも月に行けるんだ!」とわかりました。この「坂の上の雲」から、NHKドラマでのVFXの作り込み度は上がっていったのです。
▼スペシャルドラマ「坂の上の雲」での日本の連合艦隊▼

▼ロシアのバルチック艦隊▼

ドラマだけじゃない! ”生き物CG“をVFXでリアルに
ドラマとは違いますが「生命大躍進」(2015)と「恐竜超世界」(2019)というNHKスペシャルの科学ドキュメンタリー番組があります。
これらのVFXもボクが担当しています。
▼NHKスペシャル「生命大躍進」に登場するリアルな恐竜たち▼

『ジュラシックパーク』に憧れてVFXの仕事をはじめたボクは、ドラマで培った「リアルに見せる」というノウハウを最大限生かし、以前のドキュメンタリー番組での恐竜映像と比べ、より「リアル」な映像を作りました。
「本当にそこに恐竜がいる!」
と感じてもらえるような映像を目指し、アメリカやニュージーランドで撮影したスケールの大きな背景映像に、躍動感のある恐竜CGたちを登場させていきました。
▼NHKスペシャル「恐竜超世界」より▼

大自然の実写映像に最先端のCGを合成するだけではなく、現場ではVFXチームで恐竜の巣作りなんかもやりました。
現場でできることは現場でやる、「リアル」な映像に仕上げていくためには手段は問いません。
▼VFXチームが恐竜の巣を手作りしている様子▼

4Kで作ったリアルな恐竜世界は話題となり、VFXに関する多くの賞もいただきました。
▼制作した動画のまとめはこちら! ARとVRで恐竜を楽しむこともできます▼
また、「ダーウィンが来た!」など実在する生き物を紹介する番組でも恐竜特集が組まれるなど、生き物CGの活用が進んでいきました。
そして、これらの番組を作っていくことで「生き物CGをVFXでリアルに見せる」というノウハウが溜まっていき、これらはドラマにも生かされていきます。
そして怪物(怪獣)ドラマへ
次にボクが手がけたのが、「荒神」(2018)という宮部みゆきさんの小説が原作のドラマ。
江戸時代に突如村に現れた怪物と、人々の戦いを描きます。怪物が暴れまくる描写がたくさんあり、VFX技術なしには成り立たないドラマです。
同僚からこの話を聞いたときには「やります!」と即答しました。
▼スペシャルドラマ「荒神」での怪物▼

200カット近い怪物をドラマに登場させることができたのは、先ほどご紹介した「生命大躍進」など生き物CGをリアルに見せるVFX技術のノウハウがあったおかげです。
VFXは全てをCGで作るのではなく、最先端のCGであったり、逆にアナログ的な手法であったり、何でもいいのでそれらをデジタル技術でうまく組み合わせて視覚効果を作っていきます。
例えば、怪物の舌が切られて血がどくどく出るシーンでは、流れる血をCGで作るのはコストが高くつくため、ペットボトルに入れた血のりを手で倒して流れ出させ、その上から切れた舌を合成して表現しました。
▼怪物の舌切れカット 上段:血のりをリアルで再現 下段:怪物の舌をCG合成▼

とてもチープな手法かもしれませんが、とても有効な手法であったと思います。
CGやVFXという割と先進的な仕事をしてはいますが、ボクの個人的な考えとしては、
■現場で撮れるものは現場で撮る
■アナログ手法でもチープな手法でも結果がよければ構わない
■クソ真面目に細部まで作り込まなくてもドラマのストーリーが止まらなければいい
と思っています。
これまでのVFX技術を結集させた 大河ドラマ「青天を衝け」
というわけで、いよいよ大河ドラマ「青天を衝け」のお話です。新一万円札にもなる日本資本主義の父「渋沢栄一」が主人公のドラマです。
幕末から明治、大正、昭和と激動の時代、武蔵国血洗島(埼玉県深谷市)や江戸をはじめとした日本各地、フランスやベルギー、香港、アメリカなどの世界各国…多くの時代と場所が描かれるため、VFXが重要になることも予想できました。
ボクは大河ドラマ「八重の桜」(2013)のVFXも担当していたため、同じ幕末を描く大河ドラマだということで、なんとなく何をVFXで表現しなければならないのか? という想像をしつつ…
▼大河ドラマ「八重の桜」でのワンシーン▼

▼実際の撮影映像▼

2019年の末頃にはじめたロケハン(下見)から「青天を衝け」に参加しました。
血洗島オープンセットをどこに作るか? 水戸藩の追鳥狩りをどこで撮影するか? などロケハンを進めていきましたが、日本でも2020 年1月ごろから「新型コロナウイルス」の感染が確認され、日本中が未知のウイルスに振り回されはじめました。
満足なロケハンもできず、打ち合わせもリモート。
在宅勤務も増えていき、いつもの大河ドラマでの仕事の進め方とは全く違うものになっていきました。
▼大河ドラマ「青天を衝け」マスク姿でのロケハンの様子▼

そんな中、群馬県安中市に作った「血洗島オープンセット」はとてもすばらしく、幕末の農村をリアルに感じられると、視聴者の方からもとても好評でした。
しかし、周りには当然ながら鉄塔など現代物もたくさんあり、VFXにより「現代物を消す」作業をおこなうことで、あの美しい血洗島を実現しています。
▼大河ドラマ「青天を衝け」血洗島のワンシーン▼

▼実際の撮影映像(山や鉄塔が映ってます)▼

また、恐竜番組などで培った生き物CGノウハウも「青天を衝け」では生かされています。第1回の放送ではSNSでバズった「蚕ダンス」の蚕や「追鳥狩り」のキジもCGで作っています。
▼蚕ダンスでの蚕CG▼

▼射落とされたキジはCGです▼

そのほかにも、ペリーの黒船や慶喜の能舞台など多くのシーンでVFX技術が使われています。
▼慶喜の能舞台のシーン▼

▼実際の撮影映像▼

▼黒船上のペリーのシーン▼

▼実際の撮影映像▼

NHKのドラマは、演出(監督)や撮影、照明、音声、美術、制作など、長年ずっと一緒にやっているメンバーが多く、上下関係もあまりありません。
作品にとってよければ、どんなことでも言い合える土壌があり、雰囲気があります。
VFX部としても、演出内容や撮影アングルを提案したり、他部署に対してダメ出しをしたりもします。
もちろんVFXに対してダメ出しされることも多々あります。
これまでもこれからも、チーム全体でそうやって議論しながらいいものを作っていきたいと思っています。
さて、パリをどうするか?
ボクたち青天チームがぶつかった最大の壁が、コロナ禍でパリ編をどう描くかということでした。
渋沢栄一を描くにあたり、パリへの渡航を物語から外すわけにはいきません。後の栄一の思想に多大なる影響を与えたパリ、ボクたちはパリでロケをする気満々でした。
しかし、世界的にコロナ禍が収まらず、パリもロックダウンされた状況で2020年11月にはパリに行ってのロケを諦めざるを得ませんでした。
パリ編のオンエアから逆算すると2021年3月にはパリでのロケをはじめる必要があったため、どこかで決断するしかありませんでした。 実はもともと、現代のパリに行っても撮れない「パリ万博」や、現代物が見切れまくってしまう「凱旋門屋上」のシーンは当初からVFXで制作する予定にしていたので、パリに行かない決断をする以前から準備は始めていました。
スタジオでグリーンバックの前で芝居を撮り、奥にCGや実写を組み合わせたVFX映像を合成しています。

▼パリ万博会場のシーン▼

▼撮影映像▼

しかし、「ナポレオン謁見」「アンヴァリッド(ナポレオンの墓、廃兵院)」「証券取引所」「セーヌ川」「ブローニュの森」などは現地に行けば撮影できるものです。もしかしたらVFXは全く必要ないかもしれません。
しかしパリには行けない…
では、これらのシーンをどう作っていくのか? を考えなくてはなりません。
脚本家と演出(監督)がやりたいことをどう実現するか…歴史のある古いお城やパリでの景色を日本のセットやロケで代用することはできません。
そこで、パリでの背景やパリ出演者はパリで撮影、日本の出演者は日本で撮影、足りないものはCGで作り、そして合成するという手法にしました。
ロケハンすら演出(監督)やボクたちが現地に行くことができないため、パリの撮影チームにロケハンに行ってもらい、その写真やムービーを見ながら、どういうアングルのどういうカットが必要か? ということを決めていきました。
▼大河ドラマ「青天を衝け」フランス語を記入した画コンテ▼

パリチームとの入念な議論を重ね、パリチームが撮影した映像に、日本チームが撮影した映像をVFX技術を使って合成していきました。
▼ナポレオン謁見のシーン▼

▼フランスで撮影した映像▼

▼日本で撮影した映像▼

こうして、パリに行かずにパリシーンを作りました。
放送後、ネットでも大きな話題となりましたが、これらを実現するためには、多くの人の努力と知恵が結集しています。
VFXチームはコンピューターの前での仕事が多いので、ドラマの撮影現場に行く人は限られています。視聴者の皆さんはもちろん、キャストや別部署のスタッフすら、ボクたちが何人でどんな仕事をしているのかあまり知らないかもしれません。
「青天を衝け」で今回のパリ編が話題になったことで、VFXチームがどういうことをやっているのか、ということに興味を持っていただけてとてもうれしいです。
VFXの仕事は1人ではできません。チーム一丸となって作り上げていく仕事です。一緒に頑張っている仲間たちに感謝です!
そして今、ボクがVFXを仕事にする理由
CGのれい明期に新しい技術にワクワクし、『ジュラシック・パーク』や『ALWAYS 三丁目の夕日』のVFX技術に驚がくし、自分でもやってみたいと思ってこの道に進みました。
ドラマやいろいろな番組で、監督(演出)やみんなが作りたいものをできるだけ我慢せずに、VFX技術によって世界観を広げ、よりよいものにしていく…こういう思いでVFXの仕事をしています。
昨今、テレビを持っていない若い人たちもたくさんいるでしょう。
NHKは放送局でもありますが、大きな「コンテンツメーカー」だとも思いますので、これからもいい番組を作っていき、若い人たちにも テレビの可能性を感じてもらい、テレビに興味を持ってもらえるように頑張っていきたいです。
また、SNSやWebなどでも積極的に情報発信をしていきたいと思います。
皆さんが見ている番組の裏側には、VFXチームの多くの人の頑張りがあるかもしれませんよ~。

執筆者 松永孝治(VFXスーパーバイザー)
1990年入局。
鳥取放送局初任後、東京で長年CGやVFXに携わる。
近年の主な担当として大河ドラマ「青天を衝け」、NHKスペシャル「恐竜超世界」など。