総勢30人のチーム戦で迫るミャンマーのいま

はじめまして。報道局で国際番組を担当している、石井貴之です。NHKに入って13年目、これまでアメリカや中国、中東のイラクやパレスチナなど、世界各地を取材してきました。どんな辺境の地であっても直接訪れ、現場の生の声を聞くことが重要な仕事でしたが、この1年半、私のパスポートは白紙のまま、海外取材はままならない状況が続いています。各国のリサーチャーやカメラマンとリモートでやり取りをして番組を制作しています。海外を相手に仕事をしている人は、マスコミに限らず、みなさん同じような忸怩じくじたる気持ちでいるのではないでしょうか。

そんな私がこの夏関わったのが、先日放送した「NHKスペシャル 混迷ミャンマー、軍弾圧の闇に迫る」です。

ことし2月に突然起こった軍のクーデターにより、多くの市民が犠牲になり、いまだ解決の糸口が見えない状況です。

現地でいま何が起こっているのか、把握し、伝えたい。

ミャンマーの状況がブラックボックス化する中、どうしたら事実を伝えられるのか、制作にかかわったのは、総勢30名を超えるスタッフでした。

私自身は、全体ディレクターという役割で、番組の全体設計や、それぞれの取材チームとの連絡・調整を担う立場でした。やりとりしたのは、NHK内のあらゆる部署、海外支局の特派員、さらには、みずから「参加させてほしい!」と上司に直談判して手を挙げた人まで多岐にわたります。

コロナ禍でもんもんとしていた私も、今回、まだまだできること、やるべきことがある! と思った今回の番組、「ミャンマーの実情を伝えたい」と、集まった熱いチームを紹介したいと思います。

ミャンマーでいま、何が起きているのか

まずは、ミャンマーの現状についてです。ミャンマー軍は2月に突如クーデターを起こし、その後1000人以上もの市民を死に追いやりました。NHKでは、SNSなどで投稿される現地からの映像を集め、分析し、抵抗運動を繰り広げる市民たちの姿を、4月放送のNHKスペシャルで放送しました。

緊迫 ミャンマー ~市民たちのデジタル・レジスタンス~ (前編)|NHKスペシャルまとめ記事

緊迫 ミャンマー ~市民たちのデジタル・レジスタンス~ (後編)|NHKスペシャルまとめ記事

しかしその後、軍は情報統制を強め、市民たちによる情報発信は激減していきます。ミャンマーで何が起きているか、見えづらくなっているのです。市民がいまどういう状況なのか、その実情に迫ろうと、2回目の放送に向けて、4月の番組に参加したメンバーをさらに拡大し、取材を始めました。

アジア・アメリカ・ヨーロッパでも取材

この番組に集まった多種多様なメンバー、まずは、世界各地のNHKの取材チームです。
ミャンマー取材の最前線は、バンコクにあるNHKのアジア総局です。
4人の記者やプロデューサーを中心に、山間部に逃れたミャンマーの市民たちから証言を入手するなど、最新情勢を取材。
日々、アジア全域をカバーし、最新のニュースを伝えているので、刻一刻と変わる状況に対応し情報をつかむ機動力、スピードがあります。

また、ニューヨークに駐在する国連担当記者は、ミャンマーの国連大使を取材。国連総会の場で軍を非難したチョー・モー・トゥン大使は、軍から反逆罪で訴追され、暗殺計画まで浮上しながら、今もミャンマーの窮状を国際社会に訴え続けています。今回の番組のために、インタビューで軍の利権構造について証言してくれました。放送に向け、多くのミャンマー人たちに取材をしましたが、軍の利権について触れることはリスクが高く、ミャンマー人にとって非常に勇気のいることだといいます。国の未来のためにと、危険を承知で受けてくれた貴重なインタビューです。

WEB特集 ミャンマー軍の“巨大利権” 資金源の謎に迫る | ミャンマー | NHKニュース

さらに、国連でミャンマーの人権侵害の調査を行う取り組みの取材のため、国連ヨーロッパ本部の担当記者も加わりました。国際社会が有効な策を打てずにいる中、国際司法で裁こうとしても、証拠を集め立件するにはかなりの時間が必要です。90年代の旧ユーゴ民族紛争で大量虐殺の罪に問われたセルビアの司令官の裁判も今年になってやっと刑が確定しました。このまま関心が薄れ、いつの間にか国際社会がミャンマー軍を国の代表として認めることがないよう、実態を暴き発信し続けていくことがとても重要だと感じました。

300点以上の映像と画像を独自解析

今回のように現地にまったく入れない場合、威力を発揮するのが「OSINT(オシント)」という情報収集の手法です。OSINTはOpen Source Intelligence(オープン・ソース・インテリジェンス)の略で、SNS上の動画や、政府の公式発表など、オープンになっている情報を丹念に集め、分析する手法です。NYタイムスやBBC、ワシントンポストなど大手メディアでも活用され注目を集めています。

NHKでもこうした手法を取り入れようと、欧米の専門家からOSINTの研修を受け、学んだメンバーが出始めています。私もコロナで海外の取材などが難しくなる中で、OSINTの手法を活用し、去年12月には新型コロナの発生源など感染拡大の謎に迫ったNHKスペシャルを放送しました。

「謎の感染拡大〜新型ウイルスの起源を追う〜」|NHKスペシャル

※NHKオンデマンドはこちら↓(有料です)
NHKスペシャル 「謎の感染拡大~新型ウイルスの起源を追う~」|NHKオンデマンド

実は私もOSINTの研修を受けましたが、今回のミャンマーのNHKスペシャルに参加したOSINTチームはすでに映像収集&分析のプロ。

分析のターゲットは、4月に弾圧が起きながら、その詳細は闇に包まれていた、ミャンマー中部の町、バゴーです。

今回独自に入手した現地の映像や画像は全部で300点以上。
これを一つ一つ、「いつ」・「どこで」・「だれが」撮ったのか、さまざまなツールを駆使して解析しマッピングしていったのです。

デジタルという響きとは裏腹に、1つ1つの映像を繰り返し見て手がかりを探し、衛星画像やストリートビューと照らし合わせるなど、非常に根気のいるアナログな作業です。

こうした地道な作業から、これまで明らかにされていなかったミャンマー軍の弾圧の実態をあぶりだしたOSINTチームには脱帽です!

バゴーの映像・画像を見つくし、徹底的に分析しつくしたメンバーは、「今後、もし現地に行く機会が仮にあったとしたら、地図がなくても何がどこにあるかわかる気がする。街並みや景色はだいたい頭に入っている」と言っていました。

「いてもたってもいられない」…みずから手を挙げたディレクターたち

こうしたデジタルのプロフェッショナルに加えて、国内での取材に奔走したディレクターチーム。日本在住のミャンマー人で、祖国のために活動をしている人をずっと取材し、現地から送られてくる映像を提供してもらったり、日本からミャンマー軍への資金の流れについて取材するディレクターなど、担当ごとに分かれてそれぞれ取材。

日々、現場でつかんだ情報を集めて整理するのが私の仕事ですが、「こんな映像があったのか!」「こんな資料が埋もれていたのか!」など、日々チームメンバーが入手してくる取材成果を見ながら、手に汗を握っていました。

取材が動き始めたのは5月、このようにさまざまな部署の人間がそれぞれの持ち場で情報を集めていく中、1か月ほど経ったある日、プロデューサーから新たにメンバーが増えると告げられました。普通、大掛かりな番組では、こちらからさまざまな部署に応援要請をしたりするのですが、そんな話聞いてないなーと思うと…。

実はその新メンバーは、岡山放送局の制作デスク。岡山県でずっと在日ミャンマー人の取材を続けており、この番組の企画を知り、ぜひ自分も力になりたいと参加を申し出てくれたのでした。

「本当はテレビに出るのは怖い」 故郷のために声をあげるミャンマー人は、あなたの隣にいる

英文学部で磨いた英語力とミャンマーへの熱い思いで、膨大なリーク文書を読み込み、ミャンマー軍の利権に迫ってくれました。

さらにもう一人。学生時代にミャンマーを専門に研究していたというディレクターは、「ガッテン!」所属。彼女も、ミャンマーで起きていることに、いてもたってもいられなくなり、上司を説得し、3週間限定で番組に力を貸してくれました。

まさに、ミャンマーをなんとかしたい、という思いで集まった混成チーム。みずから手を挙げた二人は、クーデター前からミャンマーに関心を持っており、いかに市民がアウン・サン・スーチー氏のもとで民主化が進むことに希望を抱いていたのかなどを教えてくれ、こうしたことも、最終的に番組をまとめていくうえで、とても参考になりました。

ミャンマーの青年を取材しての葛藤

わたしは、全体ディレクターと言いましたが、その中でもミャンマーのある青年の取材を担当しました。
彼の名はマーガン。4月のNHKスペシャルから別のディレクターが連絡をとっていて、その後も定期的に一緒にビデオチャットで会話をしていました。彼はもともと平和的なデモを行っていましたが、仲間が目の前で殺されていく中で、ある時、武器をもって軍に対抗することを決意します。もともとミュージシャンを目指しており、クーデターが無ければ今頃、オーディションを受けていただろうというこの青年。両親思いで、あどけなさが残る、非常に優しい青年でした。

しかし、次第に彼の言葉は変化していきました。
「死ぬのは怖くない」「町中が廃墟になっても仕方が無い」など、恐ろしいことを表情一つ変えずに話すようになり、笑顔の時も目の奥は笑っていない。怒りを通り越し、妙に落ち着いているようにも見えました。数か月で人間がこうも変わってしまうのかとショックを受けたことを覚えています。ひとたび武器をとってしまえば、取材者としては支持することができないし、1人のゲリラ戦闘員として接しなければならない。非常に難しい取材となりました。

アジアの公共放送としての使命感

所属も専門も異なる制作チームでしたが、みんなに共通していたのは、ミャンマーでの弾圧の実態を世の中に伝えたいという使命感でした。

5月のプロジェクトが始まったころ、ミャンマーのニュースは日々伝えられていましたが、すぐに、イスラエルとガザの衝突が激化。すると、欧米メディアの報道はミャンマーを扱ったものが減り、ガザ一色に染まっていきました。ミャンマーの国内の状況は悪化し続けていましたが、伝える声はどんどん小さくなっていきました。

こうした中で、アジアの公共放送が伝えなければ、闇に埋もれてしまうという危機感が増していきました。同じアジアの国であり、経済的にも深い結びつきのあるミャンマーで何か起きているのか、1人でも多くの方に知ってもらいたいです。

NHKスペシャル 「混迷ミャンマー 軍弾圧の闇に迫る」
<再放送>9月8日(水)[総合]後11:35~前0:24(49分)

そして、今回は特設サイトも作りました。
ミャンマーで何が起きているのか -What's Happening in Myanmar?-|NHKスペシャル

放送を出して終わりではなく、「記録する」ことに意義があるというのがチームの考え方でした。SNSで発信された映像も、いつ消えていくかわかりません。貴重な映像を記録し、ドキュメンタリーで伝えるとともに、いまもNHKでは特設サイトで情報を集めています。

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