ファッション誌でよく目にする”着回しコーデ企画“。

ある職業の主人公の数日間をストーリー仕立てで追いかけながら、それぞれのコーディネートを紹介するものです。

例えば「この日は商談があるからキレイめに」、「次の日はデスクワークだけだからオフィスカジュアルで」、「休日の女子会はトレンドを抑えたコーデで」…などなど。

しかし、とある雑誌の企画は「ストーリーがぶっとびすぎてコーデが入ってこない」「主人公の設定、攻めすぎ」と、たびたび世間をざわつかせていることを、あなたはご存知でしょうか?

その衝撃の主人公&ストーリー、これまでの主なラインナップはこちら。

・仮想通貨で大損をしたフードデリバリー配達員

・タイトル戦に挑戦する女性初の将棋棋士

・“推しに人生狂わされる系”バンギャ女子

そんなとんがった着回し企画、今月号の設定はというと…

なんと、着回しコーデの主人公が「車いす女子!!」。
そして、ここ、さらによーく見てください。

そう、NHK「バリバラ」が完全密着してます。というのもこの企画自体が、バリバラが取材していたとある車いすモデルの思いから立ち上がったものだからなんです。

申し遅れました、わたくしNHKの福祉番組「バリバラ」ディレクターの相良といいます。密着していた人です。その模様は9月9日の放送でお伝えします。

▼内容を少しご紹介▼

※NHKサイトを離れます

NHKの福祉番組と

キラキラ女性ファッション誌…

全く異なるフィールドの両者から、この企画が生まれた舞台裏についてお話したいと思います。

○斬新な企画を放送し続けているバリバラ。でも現実は…

改めまして、NHK大阪局でディレクターをしている相良です。
前任地の東京では「天才てれびくん」などの子ども番組や、「ねほりんぱほりん」などの若者向け番組を制作してきました。

▼去年制作した、ねほりんぱほりん「“世界一”のグルメガイド調査員」より▼

1年前から妻子を神奈川に残し、大阪で単身赴任をしながら「バリバラ」という番組を制作しています。

「バリバラ」はバリアフリー・バラエティーの略で、「生きづらさを抱えるすべての人の“バリア“をなくす」ため、マイノリティー当事者が、ときに笑いも交えながら、本音トークを発信する番組です。

担当になったので、過去の放送回を見てみると…とにかく
「斬新でめちゃくちゃおもしろい!」

2012年に始まったバリバラ。「障害者の性生活事情」「障害をみずからいじる漫才」など、10年前の番組が今でも色あせず新鮮に映りました。
それどころか、多様性が叫ばれる今こそ放送する価値のあるものばかりだったんです。

▼LGBTQ+や部落・黒人問題など障害者以外のテーマも!▼

心から思いました。
「え、これ全部再放送すればいいじゃん。新しいの作る必要なくね?」と。

ただ、それでは仕事がなくなってしまう。過去にやっていないテーマを必死で探すものの…「なん…だと…、思いつくようなテーマはすべてやりつくされている! それどころか、同じテーマでも切り口を変え、あの手この手で伝えようと放送している!

先輩たちの力作を前に、新しく来たディレクターとして斬新な企画を出したいという功名心が、一気に焦りへと変わっていきました。

でも同時に、あることに気づいたんです。

「10年経っても新鮮に感じるのは、10年経っても世の中のバリアがなくなっていないということなのでは?」と。

○「世の中を変えたいと放送している以上、ちょっとでも具体的に変わるところを見てみたい」

当たり前のことですが、放送局が法律や制度をつくれるわけではありません。呼びかけられた視聴者にしても、「そんな問題があるのか~」と思っても、何をすればよいのか分からなければ、やれることはない…。次の瞬間にはスマホをいじって忘れてしまうかもしれない…。

私自身、過去の番組で問題提起をしても変わらない現状を繰り返し、どこか、「テレビってそういうものだよね」と思っていました。

ただ、もし次に番組を作っても、結局10年後に同じテーマで後輩たちが番組を作るとしたら…そんなむなしいことはありません。

○放送だけで終わらせたくない! みんなの“ふつう”をアップデートしたい!

そこで、2021年になってから番組のスタッフみんなで何度も話し合いを重ねました。

・どうしたら自分たちが世の中を変えることができるのか?

・そもそも、自分たちの番組をもっと見てもらう必要があるんじゃないか?

そして始まったのが、「#ふつうアップデート」という企画です。

▼詳しくはこちら!▼

メイン企画の一つが、「モデルもマネキンも立った姿が“ふつう”。でも、私たちには参考にならない」という車いすユーザーの声をうけて生まれた、「#すわりコーデ普及計画」

「立ち姿と同じように、座り姿の写真や情報があるのが“ふつう”だよね」と、世の中の“ふつう”のアップデートにつなげようという取り組みです。

▼#すわりコーデ普及計画 についてはこちら▼

▼第2弾を制作した品川ディレクターの制作秘話はこちら▼

○ところでみなさん、テレビ見てますか?

ただ、実際に世の中を変えるとなると、この取り組みをもっと知ってもらえないと意味がありません。その難しさは誰よりも分かっていました。
テレビを作っている私自身が、テレビを全くつけていないからです。

今はさまざまなエンタメと時間の奪い合い。
私自身も単身赴任とはいえ、時間があったらマンガアプリ(20弱)を巡回し、
移動中はradikoでオールナイトニッポンを聞いて、
隙間時間はYahooニュースやリアタイ、タイムラインに張り付き、
寝る前はTikTokやYouTubeを見ないといけないのです。忙しくてテレビをつける時間がありません。

しいて言えば、食事中に話題になっていた番組を、見逃し配信アプリで倍速再生するくらい。

▼巡回しているアプリの一部(※巡回しきれてない)▼

そんな自分のような人にすら届けるには…ネット経由で見つけてもらえるよう、あの手この手で視聴者のみなさんのスマホやPCに露出するしかない。

この記事も、ぶっちゃけ本当に手前みそな内容で恥ずかしい。恥ずかしいけど、知ってもらうための泥臭い手法の一つです。
(ここまで読んでくれている方、本当にありがとうございます!)

一方で現代だからこそのメリットも。「ネットで話題」になれば、後からでも見てもらえるのです。(NHK+、TVerなど)

○当事者の思いが突破口に! 曽塚レナさんとの出会い

そんな思いを抱えもんもんとする私の救世主になったのが、モデルの曽塚レナさんでした。

5年前から車いすユーザーの曽塚レナさん。シンガーソングライター兼モデルとして活動しています。

「車いすのモデルが、当たり前のように雑誌に出る世の中になってほしい」という彼女が、上述のファッション誌の企画に出たいというのです。

ファッションに無縁な自分ですら、この雑誌の着回し企画はネットで話題になっているので知っていました。
「彼女が雑誌に出ることで、世の中の意識が変わるかもしれない。そしてなにより、“すわりコーデ”が広がるキッカケになる!」彼女の夢を後押しする形で、番組の企画が走り出しました。

6月上旬。編集部とレナさんの面接が始まります。仕込みなしの一発勝負。私がどれだけ大きなことを言っていても、起用されなかったらこの企画もなくなってしまう…。

祈ることしかできませんでしたが…熱意が伝わり、見事起用されることに!
レナさん、本当にありがとう!

○「障害者を利用してると思われたら…」編集部の不安

あとから編集部から聞いたのですが、最初は相当不安だったとのこと。

多様なモデルを起用していくことには大賛成。
ただ、「いつも変わった設定でやっている分、今回もネタとして障害者を扱っていると思われてしまわないか?」
「私たちが書いた記事で、傷つく人が出てしまったら…」

編集部の不安は痛いほど分かりました。なぜなら私自身も、バリバラにきて1年しか経っておらず、同じ不安を抱えながら番組を作っているからです。

担当回の放送前後は数日間ずっとエゴサを続けています。炎上したり傷ついたりした人がいないかを確認できるまでは、本当にずっと気が気じゃありません。

企画が進む中でも、編集部から「どう撮影したらいいのか?」「どう表現したらいいのか?」と相談いただきましたが、そんな自分なので完璧な答えは持ち合わせていません。
なので、「レナさんと相談してみたらいいと思います!」とだけ伝えていました。丸投げです。

ただ言い訳すると、この丸投げにも理由がありました。雑誌とレナさんの取り組みに密着しているので、取材する自分が必要以上に関与してはいけないという思い。
そしてそれ以上に、自分がバリバラを作るときに上司や先輩から常に言われ続けていることだからです。
(番組の制作に苦戦する度に「本人はどう思っているの?」「相手はどうしたいの?」と何度も聞かれる)

バリバラは「当事者主義」を掲げていて、あくまでもマイノリティー当事者の視点にこだわって番組を制作しています。

と同時に、決して取材相手を障害者代表としてひとくくりにはしません。健常者が一人一人違うように、障害者も一人一人違うからです。
だから今回の企画も、レナさんの思いに寄り添っていれば、それは一つの正解なのです。

最初は戸惑っていた編集部も、レナさんへ丁寧に取材を行っているうちに、不安は消えていったように思います。
その辺りの制作の様子は、ぜひバリバラをご覧ください!

○番組では描いてないけど、プロのコーディネートの裏側

話は戻って、6月中旬。レナさんの起用が決まったので、今度は誌面で着る服のコーディネートを検討していきます。

番組では描いていませんが、スタイリストさんがさまざまなブランドを巡り、200着以上の服、100以上のアイテム、50足以上の靴を集め、そこから30日のコーディネートを作り上げていきます。

編集部は今回の企画を、「車いすの人だけでなく、リモートワークで座る機会の増えた全ての人の参考になる記事にしたい」と考えていました。

そこでレナさんに実際に着てもらいながら、「長時間座っていてもシワにならないパンツ」「車いすがこげるくらい動きやすいトップス」「脱ぎ着しやすいけど映える服」…など、半日かけて選んでいました。

最終的には、上下合わせてたった14着の服で、1日も被らず30パターンの組み合わせを作りあげていました!
これには、クローゼットに服が大量にあるのに、結果毎日おんなじ服を着てしまう自分は情けなくなりました。

6月末、いよいよ雑誌撮影。たった1日で30回着替えて、30日分のコーデすべてを撮るといいます。
ふだんのコーデ紹介では洋服の写真のみで、モデルが着ないコーデもあるのですが、「座った姿を伝えられないと、この企画の意味がない」と編集部の強いこだわりが!

レナさんもそんな編集部の思いにこたえ、撮影は進んでいきました。いつもの撮影以上にタフなロケだったそうです。

こうして出来上がった雑誌が、現在書店などに並んでいます。

今回放送したからといって、すぐに世の中は変わらないでしょう。
ただ、番組や記事を通して「座り姿」のファッションに皆さんが注目してくれることで、
【服の写真は立ちと座り、両方見せるのが“ふつう“】
【服屋には座ったマネキンもあるのが”ふつう”】
という日が、近い将来やってくるはず。

そしてその先に、他の場面でも「座っている人はどう思うだろう?」と“ふつう”に考える世の中がつながっているはず…
そんな日を夢見て、今日も泥臭くみなさんに気づいてもらうアクションを続けていこうと思います。

改めて、番組はEテレ9/9(木)の夜8時からです。ぜひご覧ください!

また、#ふつうアップデートでは、俳優を志す障害者を応援する企画も進行中。こちらもぜひよろしくお願いします!


「バリバラ」ディレクター 相良広芸

2010年入局。高知放送局初任後、東京で子ども・教育・若者番組を担当する。
単身赴任でせっかく大阪へ来たのに、コロナ禍で全く大阪グルメを満喫できていないのが悩み。