組織の壁を越えるカギは、「環境」でした。

「環境問題」と聞いて、どのようなイメージをお持ちですか?

「大切だけど複雑そう」「あまり身近ではないかな」といったところでしょうか?

日々取材している記者たちも、伝え方に悪戦苦闘しています。私たちの未来がかかった大事なテーマなのですが、難しい科学の話だったり、地球規模の話だったりして、なかなか皆さんに身近に感じてもらうようにお伝えするのは簡単ではありません。

それに「公共メディア」として、自分たちの気候変動対策はどの程度できているのか?という疑問も。

“環境問題を伝える”。“環境経営の実践”。

2つの難題を前に、記者たちが手探りの中で始めた取り組みを紹介します。

悩みから生まれた「NHK for GREEN」!?

田村銀河記者

こんにちは。NHK報道局の国際部記者の田村銀河です。
ふだんは世界の国や企業の環境対策や、気象災害など、気候変動関連の海外の動きをニュースでお伝えしています。

3年前に国際部に異動したことをきっかけに、環境問題の取材を始めました。

これまで世界の紛争などの現場に興味を持っていましたが、知れば知るほど気候変動の深刻さに気づき、NHKが気候変動問題をより多く、深くお伝えすることが必要だと感じるとともに、組織の1人である自分ができることは何なのか、常に自問自答するようになっていきました。

そんな記者たちの「悩み」から始まったひとつのチームが、いまNHKの中で広がっています。

チームの名前は「NHK for GREEN」。
なんだか爽やかなJポップが聞こえてきそうな名前ですが、環境(緑=GREEN)のために集まる有志のグループです。

立ち上げたのは私と、社会部で環境省担当をしている先輩の岡本基良記者。お互いの知識を補い合ったり、国内と海外のニュースの情報交換をしたりできればいいよね、と昨年秋にたった2人で緩くスタートを切りました。

チームを作るにあたってバツグンに力を発揮したのはオンライン上のコミュニケーションツールでした。このツールでは、職員を集めてチームを作ったり、興味のあるチームを探して入ったりすることができます。

まずは、気候変動に関心がありそうな記者やディレクターに声を掛けていきました。また、「環境」などのキーワードで検索すると、グループが見つかるようにもしました。

すると、あれよあれよという間に1か月で30人ほどに。私たちと同じ記者だけでも野党担当、農水省担当、災害担当、地域放送局の記者が参加。ほかにもカメラマンや事業担当、デジタル・SNS発信担当など、予想以上にさまざまな職種の職員とつながりが生まれました。

さらにことしの1~2月に放送され、気候危機やプラスチック問題を伝えたNHKスペシャル「2030 未来への分岐点」を担当したディレクター陣も加わりました。

Nスペ5min. 2030 未来への分岐点 (1)「暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦」

「牛のげっぷ」も化学反応から!

ふだんの業務も、基礎知識もさまざまなメンバーで始まった「NHK for GREEN」。

キックオフは、私がたびたびお世話になっている専門家の先生を招いての勉強会でした。その後も、気候変動の科学的知見について学ぶ勉強会をオンラインで開いたり、メンバーの人脈を伝って政府関係者と意見交換を行ったりして、それぞれ知見を広げていきました。

国立環境研究所の江守正多さんを招いた勉強会(右上:田村記者)

メンバーの有機的なつながりは、さまざまな形で効果を発揮しました。例えば、チームの中で、どうやったら「食」についての環境負荷を減らすことができるかチャットで議論していたときのことです。

ご存じかもしれませんが、世界の温室効果ガスの排出の最大3分の1が、「食」に起因すると言われています。「食」に起因するといっても、農業や飲食など多岐にわたるのですが、そのなかでも注目されているのは「牛肉」です。

牛は、飼育にかかる飼料だけでなく、「げっぷ」や排せつ物に含まれるメタンなどの温室効果ガスが多いため、食材の中でも環境負荷が大きいとされています。

そんなことをグループで議論していると、ディレクターの1人が、身近な「食」の話題なら情報番組「あさイチ」の視聴者の関心を呼ぶかもしれないと提案してくれました。

そして、ここでの議論を経て、実際に「あさイチ」で牛肉の代替肉である「大豆ミート」を使って、一流シェフが手軽なレシピを紹介してくれる特集が放送される予定になりました。

▼こんな特集記事も書きました▼

NHK NEWS WEB ビジネス特集 「牛も脱炭素の時代!」

とかく、大組織の中だと同じ職場の人としか話さなくなりがちです。ところが「環境」という共通の話題があることで、接点がなかった人とも会話のチャンスが生まれ、自分とは違った視点のアイデアに気づかされたり、思わぬ化学反応が起きたりすることに気づきました。

“縦割り”から“クモの巣”へ

「NHK for GREEN」が立ち上がってまもなく1年。いまではメンバーは約140人にまで増えました。これまでの活動を通してつくづく感じるのが、「緩いつながり」の大切さです。

「NHK for GREEN」のメンバーは、ほとんどがいまだに顔を合わせたことがありません。しかし、タテとヨコに糸を張って巣を作るクモのように、自分の部署という“タテ”の関係に加えて、“ヨコ”の連携が少しずつですが、確実に太くなっていってきていると感じています。

最近は“縦割りの打破”という言葉をよく聞きますが、“縦割り”をあえて打破しなくても、テーマごとに部署の垣根を越えて“緩いつながり”を持つことで、気づけば強いネットワークができていくのではと考えるようになりました。
これからも“クモの巣”方式で、部署を越えて良いコンテンツがお届けできればと思います。

いま「NHK for GREEN」で盛り上がっているテーマは、イギリスで10月から11月にかけて開かれる国連の気候変動対策の会議「COP26」についてです。

世界各地で気候変動による異常気象の被害が深刻となるなか、対策が話し合われる今回の会議に、大きな注目が集まっています。私も現地で取材を担当する予定です。ここで話し合われる内容を早く正確に伝えるだけでなく、多角的に、わかりやすくお伝えできるよう心がけたいと思います。

また、11月はNHKのSDGsキャンペーンの集中月間として、「NHKスペシャル」をはじめ、ドラマやクイズ番組、バラエティなど、あらゆる番組で気候変動やSDGsをテーマにした番組が放送される予定です。

そこには、多くの「NHK for GREEN」のメンバーが関わっています。皆さんにも“クモの糸”の一端をご覧いただければと思います。

▶ 集中月間中の番組はこちら!

「NHKの気候変動対策って?」

岡本基良記者

田村とともに「NHK for GREEN」を立ち上げた、社会部記者の岡本基良です。
私は環境省担当として、田村と同じように気候変動問題を中心に、環境問題をニュースでお伝えしてきました。もともと大学でエネルギー工学を専攻していたこともあり、このテーマを取材するのはかねての希望でした。

NHK NEWS WEB NEWSUP「57の温暖化対策『見える化』してみた」

「気候変動の問題は待ったなしです」
私が担当になってから、繰り返しニュースでお伝えしてきたフレーズです。

去年10月に菅首相(当時)が「2050年カーボンニュートラル」を宣言して以降、日本の気候変動対策は大きく動き出しました。

環境省は中央省庁の中では小さな役所なのですが、小泉環境大臣(当時)の知名度も相まって一気に注目が集まり、「脱炭素社会」を目指す道筋の検討が急ピッチで進められました。私はそうした動きを逐一ニュースで報道するとともに、その政策がもたらす影響についても取材してきました。

クローズアップ現代+ 「独自取材 再エネビジネスの“ゆがみ”~脱炭素社会の裏で~」

「脱炭素」取材に明け暮れる中で、1つの転機が訪れました。「NHK for GREEN」のメンバーの1人から、「NHKの環境経営を考えるプロジェクトが立ち上がる」と聞いたのです。

外部の企業や組織の温暖化対策は、何度も取材してきました。しかし、自分が所属するNHKがどのような対策をしているのか、恥ずかしながらまったく知りませんでした。調べてみると、東京・渋谷の放送センターは、都内で22番目、渋谷区内では最大の温室効果ガス排出事業所です(2019年度)。

NHK放送センター

「気候変動問題は待ったなし」
自分には、そう何度も報道してきた責任がある。私は、プロジェクトメンバーの公募に手を挙げることにしました。

「NHKの環境経営」の実情とは?

プロジェクトは、「環境経営タスクフォース」として、ことし7月に立ち上がりました。

集まったのは、いずれも中堅・若手の職員あわせて10数人。プロジェクト専任の職員と、担当業務に従事しながらプロジェクトに参画するメンバーがいます

私は後者として、環境省担当記者を続けながら「環境経営タスクフォース」の業務も行うことになりました。

他のメンバーの本来業務はさまざま。東京スカイツリーで保守管理を担当する技術職員や、栃木県内の視聴者サービスを担当する営業職員、大阪で福祉番組を制作するディレクターなど、専門性、地域ともバラバラです。

立場を越えてアイデアを出し合い、NHKの環境経営の施策を検討するとともに、NHKで働く一人ひとりの意識改革に取り組むことがミッションとされました。

NHKのごみ処理場の視察(中央右:岡本記者)

「タスクフォース」は、NHKの環境経営の現状を学ぶことから始まりました。そこで初めて知ったのは、NHKの事業者としての「脱炭素社会」に対するスタンスです。NHKは、3年ごとの「環境経営アクションプラン」では、環境への取り組みを公表しています。今年度からの新たなプランでは、以下のように記載しています。

「2025年度末までに東京・渋谷の放送センターでの電力使用による二酸化炭素の排出量相当分(年間約48,000t・NHK全体の25%)をゼロにすることを目指します」

「NHK全体として2050年までの温室効果ガスの排出ゼロ社会の実現に向けた取り組みを強化」

策定に携わった職員に話を聴くと、これまでのプランより具体的・積極的な目標を設定したということですが、NHKとして「脱炭素」を実現する道筋を描くのは厳しいということでした。

テレビ局の「脱炭素」はできるのか?

NHKが「脱炭素」を実現するのは、本当に難しいのでしょうか。
現在、私たちは、その可能性を探る検討を続けています。

まず、NHKの温室効果ガス排出量の約92%は、電力消費によるものです。NHKの施設には、放送のためのデータサーバーや送受信サーバーなどが数多くあり、こうした設備は24時間365日、放送を維持するために止めることはできません。

さらに、日中になるとスタジオやオフィスで使う電力が上乗せされ、日々、大量の電力を消費せざるをえない構造になっています。

NHKのCO2排出の9割超は電力由来(「NHK環境報告書2020」より)

こうした現状分析で分かったのは、NHKの「脱炭素」には電力のあり方の検討が必須で、第一に「省エネ」、第二に「再生可能エネルギーの導入」が欠かせないことです。

まず「省エネ」は、身近な対策だけでは効果が十分ではないことが分かりました。「脱炭素経営」の一歩目として、よく「LEDへの交換」が大事だとされます。

しかし、NHKの照明をすべてLEDに交換しても、省エネの効果は電力消費全体の中ではわずかしかない見込みです。照明と比べて、放送設備による消費電力が圧倒的に多いためです。

抜本的な「省エネ」には、経営方針である「既存業務の抜本的な見直し」や「放送波の整理・削減」、それに、2036年まで予定されている渋谷の放送センターの建て替えなど、大規模な業務転換に沿った検討が必要だと感じています。

第二の「再生可能エネルギーの導入」には、すでに取り組んでいました。

放送センターと、多くの地域放送局の屋根には太陽光パネルが設置されているほか、埼玉県にあるAMラジオの送信所には、2012年に設置したメガソーラーがあります。

しかし、このうち屋根に設置した太陽光パネルでは、その建物の消費電力のわずかしか賄えていません。放送局の屋根には大型のアンテナがあり、パネルが十分に設置できないのと、建物の消費電力が規模の割に多いことが理由です。

埼玉県にあるNHKのメガソーラー

このため私たちは、NHKが所有している施設の中で太陽光パネルなどが設置できる空きスペースないか、調査を進めています。近年普及してきたさまざまな再エネ導入のサービスも活用できないか、検討しています。電力会社から再エネの電力を調達してくることも導入の形の1つだと思います。受信料のあり方を踏まえて、コスト負担を抑えた形でどのような形で再エネ導入を進められるのか、あらゆる可能性を模索していきます。

私たちの調査では、これまでに国内のテレビ局で「2050年までに脱炭素を実現」と宣言しているところは見つかっていません。消費電力の大きさに、各社も悩まされているのかもしれません。

一方で、海外の放送局は当たり前のように宣言し、実現に向けた取り組みも始めています。海外の先進事例からノウハウを学ぶ取り組みも進めています。

記者が「環境経営」を考えて分かったこと

私は、これまでさまざまな企業の「脱炭素」に向けた取り組みを取材し、報道してきました。

しかし、実際に自分が組織の中で経営を考えることによって、取材で見てきたのは上澄みだけで、実際には各企業の中で多くのリスクや課題と向き合いながら「脱炭素経営」に取り組んでいることが分かりました。

私は、今月末から田村記者とともに「COP26」を現地で取材する予定です。国際交渉の動きをお伝えするとともに、世界の企業や経済社会が温暖化対策にどのように向き合っているのか十分に取材し、報道だけでなくNHKの環境経営の検討にも役立てたいと考えています。

「環境経営タスクフォース」では、NHKは公共メディアとしての責任を果たすため、みずから「脱炭素」を実現する必要があると考えています。今後、NHKとして「脱炭素」を実現する道筋が描けるよう、さまざまな検討を続けていきます。

▶ 10月31日からイギリスで開かれる「COP26」(気候変動対策の国連の会議)関連まとめサイト

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