私は、NHKに入って12年目の報道カメラマンで、“NHKの海猿”とも呼ばれる潜水班に所属しています。
男性ばかりの世界で、生理はお互いのためにも“隠すべきもの”だと思ってきました。
しかし、1年前、後輩の男性カメラマンの一言がきっかけでその考え方が変わりました。
生理は、命がかかった現場で、私たち女性が背負っているリスクである…ということに気付かされたのです。
生理の日に潜るときはそれなりの対策をしてはいますが、それでも
■我慢できない眠気に襲われたり、集中力が低下したりする
■気分が落ち込みコミュニケーション不足になりがち
■水中で貧血のめまいがおきて、船と接触しそうになった
という、潜水事故や機材トラブルにつながりかねない症状に襲われることもあるのです。
小さなトラブルが即、大きな事故や死に直結する可能性がある「水の中」という現場で、生理とどう向き合っていくのか。
まだまだ模索のさなかですが、書いてみたいと思います。
未知の水中世界を記録したい
潜水班といえば、ニュース番組から「ダーウィンが来た!」のような自然番組まで、NHKの水中映像を担当する専門チームです。
世界中でブームを巻き起こしたダイオウイカのスクープ映像でも有名です。
「誰も到達したことがない場所へ行き、自分の目で見て、記録したい」
潜水カメラマンを志した私は、2017年放送のNHKスペシャル「巨大水中洞窟を潜る~絶景オルダ“水の宇宙”」を提案し、ロシアの大雪原の下に眠る水中洞窟を取材しました。危険と寒さを乗り越えて、限りなく透明な水で満たされた神秘の空間を撮影したときの興奮は忘れられません。



石こうでできた巨大空間(Nスペの舞台になったオルダ水中洞窟の内部です)
気温は-40度、大雪原の下に洞窟の入り口はあった
水中撮影の専門チーム「潜水班」
潜水班は、カメラマンとアナウンサーで構成されています。
現在の登録は99人で、うち女性は11人。
先輩が4人、後輩が6人いる私は中堅にあたります。
潜水班に入るためには、国家資格(潜水士)に合格したうえで、NHK独自の研修を受けダイビングスキルや体力測定の課題をクリアしなければなりません。
“海猿”とよばれる理由はこの過酷な研修にあります。
新人研修は年に2回、“潜水同期”の研修生たちと1週間集団生活をしながら行われます。
想定外のアクシデントに遭遇しても的確に対応できるよう、研修では体力的・精神的にぎりぎりまで追い込まれます。

伊豆大島で行われた潜水研修(前列左から2番目が筆者)
「地獄鍋」からの「地獄旅」
私がいちばん苦手だったのが、タンクなど潜水器材一式(約20kg)を背負った状態でさらに5kgのおもりを持って10分間立ち泳ぎし、最後の1分間はおもりを頭上に上げるというカリキュラム。研修生たちが必死の形相で水面を浮き沈みする姿から「地獄鍋」と呼ばれています。
地獄は続きます。マスクとシュノーケルを失った状況で岸まで泳ぐことを想定した「地獄旅」。塩水をはった25m×20mプールで、全装備をつけて水面に顔を出した状態で25周泳ぎます。

「地獄鍋」(左)/「地獄旅」(右)

「地獄鍋」

「地獄旅」
研修は本当に地獄でしたが、その目的は「何があってもバディ(一緒に潜るカメラマン)と無事に戻ってくる」ため。全ての課題を達成してようやく水中でカメラを持つことが許されるのです。
重なったら最悪 生理と潜水
前置きが長くなりましたが、ここからが生理の話です。
私は生理痛がひどいほうではありませんが、水中では事情が変わります。水中では陸上と比べて体の熱が2~4倍早く奪われるため、真夏でもとにかく体が冷えるのです。
保温のため水着の上に厚さ6.5mmのウェットスーツを着ますが、潜水時間が長くなるほど、また水深が深くなるほど腰のあたりがズーンと重たく感じます。
そしていちばんのストレスが、“トイレ”です。
私は中学生のころから過多月経による貧血と診断されてきました。ひどいときには目の前が真っ白になり立っていられなくなります。それより困るのが経血の量が多いことで、1時間で「多い日」用のナプキンが飽和状態になることもあります。水の中にいるときはまだいいのですが、陸に上がると経血が漏れ出ているのではないかと気になって早くトイレに行きたい、生理用品を取り替えたい、ということで頭がいっぱいになります。
潜水の取材が決まると私はまず現場に“ロケハン”に行ってトイレの場所や状況をチェックします。港に公衆トイレがあってもカギがかかっていたり、ウェットスーツを着脱できるスペースがなかったりすることがあるからです。最寄りの使えそうなトイレはどこか、入念に調べて回るのですが、そもそも潜水取材で目指すのは前人未踏の地や、手つかずの自然が残された秘境、環境問題を抱えた水辺…トイレが整備されていることのほうがまれなのです。
生理の時期をずらそうと低用量ピルを試したこともありましたが、強い吐き気とめまいがあり、飲み続けることができませんでした。

6.5mmのウェットスーツを着て潜る

約50kgの水中カメラをバディと運ぶ
それでも潜る理由
私はこれまで500回ほど潜水してきました(多い人では1万回という大先輩もいるので私はほんのひよっこです)。
東日本大震災から1年の被災地の海の中や、戦後70年以上たって千葉県沖で見つかった特攻艇「震洋」など、どの取材もスムーズに進んだことはありません。
天候や海況によっては潜れない日もありますし、潜れても潮の流れや透明度によって目当ての生き物に出会えないことも多々あります。
そうなると、生理だろうがなんだろうが自分のコンディションより現場のコンディションが優先です。生理のために潜水取材のチャンスを諦めたくない。どうか生理だとわかりませんように・・・心のなかでそう念じてきました。

千葉県館山沖の海底に眠る特攻艇「震洋」(筆者撮影)
そういうわけで、周囲の男性がかけてくれた「大丈夫か?」「無理しなくていいぞ」という気遣いの言葉も、私には「今日の撮影はやめようか?」と聞こえてしまい、「大丈夫です!」と返してきました。
青天のへきれき 後輩からの率直なメッセージ
そんな私に、昨年9月、初めて研修の講師を務めるという後輩の男性カメラマン(仮にAさんとします)から以下のようなメッセージが届きました。

(後輩からのメッセージ)
生理の扱いはどうしたものでしょうか。そもそも生理ってどう聞くべきか。
ストレートな内容にとにかくびっくりしました。
でも、ド直球で聞かれたらそれなりの直球で返すしかありません。
私はすぐに返事をしました。

(小出からの返信)
朝の体調チェック(研修生全員が毎朝同じ時間に体温や脈拍、睡眠時間を記入するタイミング)のときなら、講師もさりげなく体調を聞きやすく、研修生も報告しやすいのではないかと思いました。
また、「トイレに行きやすい環境」というのは水から上がってすぐに集合をかけたり休憩時間を短くしたりしないでほしいということです。
多くの女性は経験があると思います。水の中にいるあいだは水圧があり経血が漏れる心配は少ないのですが、水から上がった直後は最もドキドキする瞬間。実はいちばんトイレに行きたいタイミングなのです…
それまでの私は隠すことばかり考えてきましたが、改めて尋ねられたことで、「これ、言ったほうがいいのかも!?」と思えたのが、貴重な気づきとなりました。
一方で、別カリキュラムの検討までしてくれたことには驚きましたが、同じ研修を乗り越えることは本人の自信やバディとの信頼関係につながるので、その必要はないと答えました。
ちょっとの工夫で、女性は気持ちが楽になるということを伝えられたらと思いました。
講師の心意気に胸が熱くなる
さて、実際の研修はどうたったのか。私は参加できなかったため、後日、生徒の女性2人に聞きました。
講師のAさんは、研修初日に別の男性講師とともに2人と話す場を設け、
「生理や体調不良で困ることがあればいつでも話しやすいほうに報告してほしい。直接言いにくければ、女性同士で話したことをどちらかが共有してくれる形でもいい」
と言ってくれたそうです。
女性2人は、
「研修前は不安だったが、話しやすい雰囲気を作ってくれて安心できた」
「気にしてもらっているのがわかってうれしかった」
と話してくれました。
2人のために時間を作り、聞きづらいこともきちんと聞こうとしてくれたAさんたち講師の心配りに胸がじーんとなりました。

研修に参加した女性カメラマン(2020年10月)
私たち女性カメラマンは、リスクを背負っている
この出来事は、私たち女性が、命の危険を伴う現場で生理とどう向き合うべきなのか改めて考えるきっかけになりました。
そういえば、今までみんなはどうしてきたんだろう?
「生理で困ったことと、どうやって対処してきたか教えてください。」
潜水班の女性カメラマン8人に聞いてみました。
すると、
「我慢できない眠気に襲われたり、集中力が低下したりする」
「気分が落ち込みコミュニケーション不足になりがち」
「水中で貧血のめまいがおきて、船と接触しそうになった」
という、潜水事故や機材トラブルにつながりかねない症状もありました。
また、
「所属部局で着替え用に折りたたみテントを購入してもらった」
「第三の生理用品(月経カップ)を使ったらトイレのストレスが減った」
という工夫をしている人もいました。
同じ女性なのになんで今まで話してこなかったんだろうということばかりでした。
特に、貧血もちの自分にとって水の中でめまいをおこした人の話はひと事ではありませんでした。
命がかかった現場で、私たち女性が背負っているリスクにがく然とし、自分がとってきた行動(生理をひた隠しにすること)がそのリスクを助長していたことに初めて気がついたのです。
安全に潜水を続けるために、周りができること
今年の研修でも講師を務めるというAさんに、私は安全に関わる例を挙げ、前回以上に体調チェックを入念にしてほしいと伝えました。
生理痛をやわらげる痛み止めを飲んでいる人もいること(水中では薬の副作用が強くなることがあり注意が必要)、集中力が落ちていると感じたら要所要所で声をかけて気を引き締めてほしいこと、など。
そして、1年ぶりに迎えた新人研修。
Aさんは、研修生全員に治療中の病気や服用中の薬がないか聞きとりをして講師間で共有したり、休憩時間に体が冷えないよう着替えをうながしたり、細やかな気配りをしてくれました。
生徒の女性2人との間にも、何かあればすぐに相談できる信頼関係があると感じました。
安全に潜水を続けるために、私たちがやるべきこと
津波の爪痕が残る海で卵を守る魚を見つけたときの感動、また、海底の残骸から70年以上前の特攻の記憶がよみがえったときの驚きは、潜水取材を続ける私の糧になっています。
これからも水中から生命の輝きや重さを伝えるために、私たち女性は何をすべきか。
■生理のとき自分がどういう状態になるのか、きちんと把握すること。
■リスクがあればバディに共有をする勇気をもつこと。
■安全に関わる場合は取材の延期も視野に入れること。
最近、さまざまな場面で生理の話題に触れる機会が増え、生理についてオープンに話すことへの抵抗も薄くなってきた気がしています(この記事を書いたからかもしれません)。
一方で、聞き取りをした女性カメラマンのなかには、個人差があり、プライベートな領域について共有することには心理的な負担があるという人が、半数以上いたことも忘れてはならないと思っています。
生理を抱える当事者として、潜水班の中堅カメラマンとして、あらためて一人一人と向き合い、判断がせまられる場面では、お互いの心の橋渡しができる存在になれたらと思っています。
札幌拠点放送局カメラマン・小出悠希乃(こいで・ゆきの)
