コロナ禍のロンドンで実感した、現地取材でしか伝えられないこと

「スペインは帰国後、隔離の必要はないんだっけ?」「隔離の可能性はあります」「フランスは水際対策が変更になったから、飛行機はキャンセルしました」「ポーランドは大丈夫?」「心配ないです!」

ロンドン支局長の向井と申します。

私がイギリスに赴任してから2年あまり。ヨーロッパにいるからには、いろいろな国に行って取材ができる と考えていました。

でも新型コロナウイルスで、そんな希望は打ち砕かれました。日本と同じ島国であるイギリス。電車で行けるはずのお隣のフランスにも行くことができない。まさに閉じ込められている気分でした。

夏のバカンスは“ギャンブル”

冒頭のやりとりは、この夏の支局スタッフとのものです。

ロンドン支局スタッフの皆さん

かつては、自由に行き来ができたヨーロッパですが、新型コロナウイルスの水際対策、そしてEUからの離脱の影響もあって、イギリスからの国外旅行には高い壁が立ちはだかっていました。

ロックダウン中のロンドン中心部地とパディントン駅

「EUに残っていれば、少なくともEU域内では自由に旅行できたかもしれない」

そんな声もあちこちで聞きました。それでも、夏のバカンスを何よりも楽しみにし、大切にするヨーロッパの人々。

1年以上にわたって断続的に続いてきたロックダウンも緩和されたことから、何とか国外へと脱出しようと必死です。支局スタッフも、何か月も前から休みの計画を立てていました。

ただ、水際対策は、感染状況に左右されます。旅行中に規制が変わり、不要だったはずなのに、帰国後に隔離が必要になる事態もたびたび伝えられ、10日間の隔離なしに国外旅行ができるかどうか、まさにギャンブルでした。

現地取材でしかわからない「空気感」

今は、取材でヨーロッパの国々を飛び回ることはなかなか難しいですが、特派員といえば、海外のあちこちに出かけて取材するというイメージがあるかもしれません。

しかし、取材のほか、支局の運営という業務があります。請求書の支払いから、スタッフの雇用や勤務管理、税務当局とのやりとりまで、その内容は多岐にわたります。

つい最近も、電話の回線の契約を変更するかどうするか、考えあぐねていました。また、この1年は新型コロナの感染が深刻化する中、一緒に働く現地スタッフやカメラマンの安全をどう確保するかも大きな課題でした。

感染がひどいのに、スポーツの試合に大勢の観客を入れたり、規制を緩和したりと、イギリスの対策に首をかしげたくなることもよくありました。
オンラインを活用するのはもちろん、対面でのインタビュー取材なども、庭や公園といった換気の必要がない屋外で行うことも少なくありませんでした。

▼新型コロナに関する規制撤廃の記事はこちら▼

出張に行ったり、ロケに行ったりできるようになったのは、最近のことです。現地に取材に出向く際は、そこにいるからこそわかることを伝えたいという思いを大切にしてきました。

ことし8月、気候変動に関連した取材のため、デンマークの自治領、グリーンランドに出張しました。国外取材は10か月ぶりでした。搭乗前のウイルス検査の結果がわかるまでは、「もし陽性だったら、取材計画が崩れてしまう」と不安でいっぱいでした。

オンラインでさまざまな取材がこなせることはコロナ禍でよくわかりました。現地に行かなければわからない「空気感」があります。

例えば、グリーンランドでは、気候変動のため、氷河が溶けている状況を目の当たりにしました。

長年ツアーガイドをしている男性から、ここ数年で氷河が溶けたり、溶けた氷河から流れ出した水によって、地形が変わったりしている状況を聞きました。そして実際に氷河が溶けて崩れる様子を見て、気候変動の影響の深刻さを思い知らされました。

温暖化によって、新たな資源開発も進むグリーンランドですが、その開発によって、住民の生活は大きな影響を受けます。

「鉱山の開発が進めば、有害な物質によって、自然が汚染されるかもしれない」

そう訴える男性にインタビューしました。
みずからの畑の土を触りながら、いかに自然と共生してきたか、地元の人々にとって自然の恵みがどれほど大切なのか、話を続けるうちに、涙ぐんでいるのを見て、その思いがダイレクトに伝わってきました。

カメラがまわっていないところでの何気ない会話から、本音が聞けることもあります。

グリーンランドでの取材の様子

またことしの夏、ビートルズでも知られる都市、リバプールが、世界遺産の登録を取り消されたあと、現地で取材しました。

開発が進み、歴史的な価値が失われたというのが取り消しの理由でした。日本では、「世界遺産」の登録は重要なものだと考える人が多いと思いますが、リバプールでさまざまな人に話を聞いてみると、「世界遺産」というステータスよりも、市民の生活のために開発が必要だと考えている人が本当に多く、自分の思い込みを反省しました。

(リバプールはビートルズや、有名なサッカーチームがあるので、「世界遺産」のステータスがなくてもやっていけると自信を持っているのです。)

「マイノリティ」の立場になって

さらに新型コロナウイルスの流行をきっかけに、自分がアジア系だということを以前よりも、意識するようになりました。

アジア系は年々人口が増えていますが、人口全体の割合でみれば、まだまだマイノリティです。

ただ、ロンドンには中東系やアフリカ系も含めさまざまな人種の人々が暮らしていることもあり、自分が少数派だと感じるのは、白人の人口が圧倒的に多い地方都市に行ったときくらいでした。

それが、新型コロナによって変わりました。感染が広がった初期のころは、マスクを着用しているのは、アジア系の人たちくらいでした。もともとマスク着用の習慣がないこともあり、常にうさんくさそうな目でじろじろ見られました。

感染拡大の原因をめぐって、中国の対応が批判的に報じられていたこともあってか、イギリス国内で、アジア系の人たちが襲われたり、嫌がらせを受けたりというニュースが相次ぎました。

ある日、仕事を終えて、オフィスを出て歩いていたところ、「コロナウイルスはこの国から出て行け」というどなり声が聞こえました。男性がこちらをにらみつけているのを見て、初めて自分に向けられた言葉だとわかりました。

こうしたあからさまなかたちで嫌がらせを受けた経験はあまりなく、しばらくは周りを気にしながら行動していました。気持ちの良い経験ではありませんが、こういったことも現地にいないとわかりません。

ただ単に発表されたこと、起こっていることを伝えるだけでなく、私が日常の生活から感じたこと、経験したことを踏まえて、「空気感」も伝えていきたいと思っています。

▼日常の経験を踏まえて書いた記事がこちら▼

「女性記者」なのか、「記者」なのか

その一方で、自分が女性であると必要以上に意識しなくなりました。日本にいるときは、「女性記者」とか「女性のニュースデスク」など「女性」という枕ことばが常につきまとっていました。

職場には、女性も増えていますが、やはり男性が多く、私自身も無意識のうちに男性記者と対等に、という思いを抱いていました。

イギリス国内を見回してみると、責任ある立場についている女性が少なくありません。BBCなどの主要メディアにも女性の編集委員が多く、ロンドンの特派員協会は、トップも事務局長も女性です。

イギリス社会でも、男性に比べ待遇面などで不当に扱われている、差別がある、という女性の不満も聞きますが、働く上で、「女性」という枕ことばが使われる割合は日本よりも格段に少ないと感じます。

ロンドンは多種多様な人々が暮らし、常に活気がある街です。

さまざまな顔を持つロンドン。イーストエンドと呼ばれる地域は独特の雰囲気がある。
クリスマスムードあふれる、ロンドンの繁華街・ピカデリーサーカス。

ただ、イギリス全体の縮図にはなっておらず、「ロンドンだけ見てもイギリスはわからない」とよく言われます。さまざまな場所を訪れ、現地にいるからこそ伝えられることは何なのか。常に考えながらニュースを発信していきたいと思います。

ロンドン支局長 向井 麻里

1998年入局。宮崎局・水戸局を経て、「ニュース7」「ニュースウオッチ9」などのニュース制作を担当。その後、国際部、シドニー支局で勤務し、現在はイギリスの政治や社会、北欧を取材。

ロンドン(イギリス)ってこんな場所!

新型コロナウイルスの感染拡大により、外務省はイギリスへの渡航中止勧告を出しています。常に最新の情報を確認してください。

▼人口:ロンドン900万人、イギリス6,708万人(2020年)

▼公用語:英語

▼時差:夏時間は日本マイナス8時間、冬時間は日本マイナス9時間

▼物価: 地下鉄 2.40ポンド(約366円)~。物価が高いといわれるロンドンだが、大英博物館やテートモダン、ナショナルギャラリーなど多くの美術館や博物館が無料で、お金をかけずに観光を楽しむこともできる。コロナ禍で長らく休館していたが、予約制で再開。

▼主食: パン。「食事がおいしくないのでは」などといわれることもあるが、特にロンドンは移民も多く、アジア、中東、ヨーロッパなどクオリティの高い各国の料理を堪能できる。

▼“世界の今”を伝える、NHKの国際ニュース番組はこちら▼

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