宇宙飛行士になりたかった私はいま、NHKのエンジニアとして2025年の火星を目指しています

はじめまして、人呼んでNHKの技術系“宇宙人財”三橋と申します。
1995年にNHKに入局して以来27年、放送技術局でエンジニアとして働いています。ふだんは、スタジオ番組の制作などを担当しています。

皆さんは子どものころ、何に夢中でしたか?

私は、幼少時代から「宇宙に夢中」でした。
「宇宙戦艦ヤマト」、「伝説巨神イデオン」など宇宙を題材にしたアニメに夢中な子どもでした。
そしてテレビで見たNASAのスペースシャトルの打ち上げ…あれは夢のような映像でした。

ずっとなりたかった職業はもちろん「宇宙飛行士」です。

そのまま大人になり、ひそかに「宇宙飛行士になる!」「いつか宇宙に関係する仕事をする!」という夢を抱きつつも、宇宙飛行士になる機会はなかなかやってきませんでした。

NHKは子どものころから宇宙関連の番組を多く放送しているのを見ていて、好きなテレビ局でした。
大学院卒業後の進路を考えたとき、宇宙飛行士の夢はひそかに抱きつつも、宇宙関連のコンテンツに強いNHKに興味を持ち、就職しました。

そんなふうにして、放送技術のエンジニアとして仕事を始めて4年目のある日、職場の先輩から「スペースシャトルに関わる仕事を手伝わないか?」と誘いがありました。

まさに青天の霹靂へきれきでした。
その日から生活がガラッと変わり、新しい人生が始まりました。

宇宙が好きで、好きで、いつのまにかテレビ局で“宇宙人財”となった私の“宇宙の仕事”について、お話したいと思います。

NHKの”宇宙の仕事“って?

そもそもテレビ局の”宇宙の仕事“とはどういうことか、あまり想像がつかないかもしれません。実はNHKには宇宙関連の業務を中心に行うプロジェクトがあって、JAXAやメーカー、関係機関の皆様の協力のもとでこの30年弱で宇宙に関するたくさんのプロジェクトを行ってきたのです。

たとえば、最近では民間人の前澤友作さんが国際宇宙ステーション(ISS)に滞在されたことは記憶に新しいと思います。
私も少し関わったのですが、NHKではクローズアップ現代+などで中継しました。

日本のテレビ局の中でも特に宇宙撮影に力を入れてきたNHKには宇宙に関するいろいろな「世界初」があります。

1.スペースシャトルの映像:世界初のハイビジョン撮影(1998年)

2.国際宇宙ステーションの映像:世界初のハイビジョン生中継(2006年)

3.月面と地球の映像:世界初のハイビジョン月面動画撮影(2008年)

4.超高感度の雷映像:世界初の超高感度カメラ・4K撮影(2011年)

5.鮮明な地球の映像:世界初の8K宇宙映像の放送(2018年)

そして、実は私はこのプロジェクトにいろんな形で関わってきました。
どうしてNHKが数々の「世界初」の映像を撮ることに成功してきたのか、振り返ってみると…

私が関わってきた「宇宙」と放送のこの20年

遠い宇宙…あきらめた夢

NHKに入ってから主に映像に関わる仕事に携わり、忙しくも充実した生活を送っていました。ただ、残念ながら宇宙にはなかなか縁がありませんでした。

それでも、宇宙に関連するイベントはないか? 何か宇宙に結び付く業務は無いか? と、常にアンテナを張り、プライベートでもスペースシャトルの打ち上げなども心躍らせて見ていました。

宇宙に興味があることを常に周囲にアピールをしていた粘りが通じたのか、超高感度カメラで流星を撮影するなど、少しずつ宇宙に関わる仕事をするチャンスをつかみ始めました。そして、冒頭にお話しした「スペースシャトルのサポート業務」のチャンスに巡り合いました。一歩、宇宙飛行士への道が開けた! と思いました。

2001年の夏に、当時の宇宙開発事業団(NASDA=今のJAXAの前身)で「サマースクール」が開催されることを聞きつけ、宇宙飛行士への道を探るために個人として参加しました。

全国から宇宙やロケットが大好きな、超マニアのメンバーがつくば宇宙センターに集結し、宇宙に関する講義やディスカッション、設備の見学など有意義な時間を過ごしました。

ある講義でのこと。
講師が、「片道切符の火星飛行に参加するか?」との質問を投げかけました。
クラスの私以外のメンバーほとんど全員が、迷いもなく“参加”を表明していました。

このとき、「家族がいるので」と現実的な回答で不参加を表明した私は、宇宙にかける思いの差と宇宙に関する知識量の違いを痛感しました。

この苦い思いをしたサマースクールのあと、私は宇宙飛行士になる夢をあきらめました。

この時はまさか、夢に見たNASAでの仕事が数年後に現実となり、NHK始まって以来の探査機プロジェクトにも参加することになるとは思ってもいませんでした。

NHK宇宙プロジェクトへの道

入局して6年目の2001年ごろ、とんでもないプロジェクトの話を耳にしました。

上空約400kmにある「国際宇宙ステーション」からハイビジョンで生中継をするというのです!

すごい! 夢のような話! と他人事ひとごとで聞いていたところ、

「ジョンソン宇宙センター(JSC)でカメラのトレーニングが必要なので、ヒューストンに行かないか?」

と聞かれました。えっ? と耳を疑いました。

以前先輩たちの仕事を見て「うらやましい! でも英語は無理だ」と思っていたことが、この自分に?
まさに青天の霹靂第二弾でした。

やります!
行きます!
もちろん引き受けました。そこから英会話スクールに通って英語を猛勉強…。

私は実はこのヒューストン出張が人生初の海外渡航でした。
成田から直行便でジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港に到着すると、何とパスポートを紛失! 機内を探し回ること30分、ようやく見つかり、心身ともに疲れてアメリカ入国。緊張の連続で、夕方にどうにか宿に到着しました。

NASDA駐在事務所の駐在事務所の方が迎えに来てくれて、日本語で話したときはホッとして涙が出てきました。その日から約5か月間、ヒューストンの生活が始まりました。

カタコト英語で、カメラの使い方を宇宙飛行士の先生に教える

ジョンソン宇宙センターで私の主な業務は、ハイビジョンカメラのトレーニングと環境試験、さらに国際宇宙ステーション搭載に向けた各種書類の作成、生中継の打合せや系統確認などでした。

ジョンソン宇宙センター内のビルディング44と呼ばれる建物に私専用の机とパソコンが割り当てられました。

毎週、ジョンソン宇宙センターとマーシャル宇宙飛行センターの担当者と、日本のNASDAの方も同席した電話会議があり、会話はもちろん英語。「NHKとしてはどうか?」「セイジはどう思う?」など質問を受け、そのたびに冷や汗をかきながらカタコトの英語で回答しました。

カメラのトレーニングは、宇宙飛行士が国際宇宙ステーションでハイビジョンカメラを使いこなすための訓練ですが、直接宇宙飛行士に教えるのではなく、宇宙飛行士の先生に教えるものでした。カメラの仕組みや機能などについての座講のあと、実機でトレーニングを行いました。

一度だけ、宇宙飛行士のトレーニングに立ち会うことを許されましたが、とにかく頭の回転が速い方で、一度見ただけで操作を覚えるのを目の当たりにして驚いたのを覚えています。

カメラの試験(JSC)
宇宙飛行士のトレーニング

国際宇宙ステーションから生中継をどのようにやるのか?

当時、国際宇宙ステーションからの生中継をどういう仕組みで計画していたのか、ちょっとご説明します。

撮影したカメラの信号を国際宇宙ステーション内部で符号化して圧縮し、TDRS(Tracking and Data Relay Satellite)という通信衛星を介して電波でニューメキシコ州にあるNASAのホワイトサンズ宇宙基地に送ります。その後アラバマ州ハンツビルのマーシャル宇宙飛行センターに送って圧縮信号を元の信号に戻し、その後ジョンソン宇宙センターに送ります。

そのため、マーシャル宇宙飛行センターで信号変換の設備の確認や打ち合わせもしました。
ジョンソン宇宙センターからはニューヨークを経由して東京のNHKスタジオに光ファイバーで送ります。

生中継の伝送系統

このように、着々と準備を進め、あとは日本からメンバーと機材が来るのを待つだけという段階で大事故が発生しました。
スペースシャトル「コロンビア号」が地球への帰還途中で爆発するという悲劇が起きたのです。

当日はとても混乱していて、慌ててカメラを担いでジョンソン宇宙センター周辺をロケしたのを覚えています。
この事故のあと、スペースシャトルの打ち上げが延期されることになり、我々の生中継プロジェクトも延期となりました。

コロンビア事故直後のジョンソン宇宙センター周辺
ジョンソン宇宙センターからのレポート風景

4年後、2006年、生中継プロジェクトの再挑戦

コロンビア号の事故から4年後、私たちは国際宇宙ステ―ションからの生中継に再挑戦しました。

2006年11月15日。
東京のスタジオにいるアナウンサーとゲストが、上空約400kmの国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士と生で会話をする…夢に見た瞬間が実現しました。

単身ヒューストンで5か月間、現地のNASAのエンジニアと共に準備した生中継は、システムの変更などを経て遂に実を結びました。最初にこの話を聞いてから、5年が経っていました。

2006年、「かぐや」月探査機プロジェクトへ

2006年、史上初めて、月からのハイビジョン画像送信に成功した探査機「かぐや」。
NHK始まって以来の「探査機プロジェクト」でした。
私がNHKに入ってから、10年が経っていました。

この月周回衛星「かぐや」は、当時の宇宙開発事業団(NASDA)と宇宙科学研究所(ISAS)の共同ミッションで、月の起源と進化の解明や月周回軌道への投入と姿勢制御技術の実証を目的としていました。

我々NHKの目的は、この月周回衛星「かぐや」にハイビジョンカメラを搭載して月面からの「地球の出」や「地球の入り」を撮影することでした。

私はこのプロジェクトに参加することになり、主に宇宙用のハイビジョンカメラとレンズの開発を担当しました。

カメラを宇宙へ…最大の課題は、「宇宙には空気がない!」

最初の大きな課題はカメラの選定でした。
何せ宇宙空間に持っていくカメラです。大きさも消費電力も制限されます。そこで、当時開発されたばかりの箱型ハイビジョンカメラに目を付けました。
そのカメラはプロトタイプのため正式な型名もなく、開発名で呼ばれていました。

カメラを宇宙に持っていく…。
大変だろう…と漠然と考えていましたが、話を聞くととんでもない状況が分かってきました。まず、当然ながら宇宙には空気がありません。
空気がないと何が問題なのか? 最初は想像できませんでした。
通常の設備は内部で熱が発生するのでファンによる空気の流れで内部を冷やしています。
カメラにも同様にファンがあり、空気の流れで内部を冷やします。

ところが、宇宙空間では空気が無いので冷やすことができません!
何と! どうすればいい?

我々には全く対処法が分かりません。そこでカメラメーカーの担当者や、宇宙関連機器を手がけるメーカーの方々と喧々諤々けんけんがくがく
そこは、百戦錬磨の宇宙関連メーカー。
熱を発生する部品(主にIC)に熱伝導性の良い金属を密接させ、カメラの筐体に熱を逃がす…いわゆる“熱伝導で冷やす”というアイデアが出てきました。
これは目からうろこでした。

宇宙は過酷! 難問続々「環境試験」

また、宇宙で使用するためにさまざまな「環境試験」をしました。

最初の試験は神奈川県相模原市にある宇宙科学研究所(現JAXA)で実施した「EMC(Electromagnetic Compatibility)試験」です。EMC試験は電磁波による機器への影響で、このカメラを使うことで衛星に搭載するほかの機器に影響を与えないかを確認するためのものでした。

カメラからどのような電磁波が出ているか、実験室のような部屋で試験しました。初めて見る測定機器や専門用語満載の検証結果に当初は意味が分からず、かなり当惑しました。

ある部品から許容値を超える電磁波が発生している、使用しているコネクタの材質が良くないとのことで、それに対処したり、試験中になにやらヘンなにおいがして、カメラ内部の部品を確認すると、部品が焼けこげていたり。

①宇宙の放射線でカメラセンサーに白キズ発生問題

大変だったのが「放射線試験」です。
放射線により、カメラのセンサーであるCCDに「白キズ」と呼ばれる画素の欠損が生じることは分かっていましたが、宇宙空間でどの程度問題になるのかを知る必要がありました。

通常生活している地上で放射線はそれほど問題になりませんが、宇宙空間では影響がとても大きいことが分かりました。

放射線による影響は「トータルドーズ」と「シングルイベント」の2種類あって、それぞれの影響を調べる試験をします。トータルドーズとは、電子部品が長期にわたって放射線の影響を受けて劣化することを言います。シングルイベントは、高エネルギーの粒子が半導体素子に入射することでデータ反転や機器の故障を引き起こすことを言います。

まずはトータルドーズを調べる試験です。
主にガンマ線による影響を調べるもので、民間の施設をお借りして試験しました。
放射線の線源はコバルト60で、プールの中で保管された線源から発する怪しい青い光「チェレンコフ光」も見ました。

そこでカメラ内部の全ての基板とレンズを並べて、決められた量のガンマ線を照射します。
照射しては組み立て、動作確認…という作業を何度も繰り返して正常に動作することを検証しました。

チェレンコフ光
ガンマ線照射のために並べた基板とレンズ

②高エネルギー粒子でショートや誤作動起きちゃう問題

次にシングルイベント試験です。
試験をする場所は千葉の放射線医学総合研究所、そしてニューヨーク州のブルックヘブン国立研究所でした。大きな施設で行う、大がかりな試験でした。

放射線を加速する加速器の照射地点に、検証する基板を設置します。
照射する場所は分厚いコンクリートに囲まれたところで、設置が終わるとそこから退避しなければなりません。
ブルックヘブン国立研究所で試験した当時は、アメリカでは同時多発テロや炭疽菌騒ぎのため、最大級の警戒態勢が敷かれており、研究所では厳しい検査がありました。(当時ひげを生やしていた私は「パスポートと顔が違う!」と担当の女性に指摘され、大変でした。)

数々の試験の結果、センサーに白キズが多数発生しましたが、装置の故障につながる部分への対応策を検討できました。

放射線を照射しているので、試験後にはガイガーカウンターでカメラや基板の線量を測定し、許容値を超えた場合は外に持ち出せませんでした。

放射線試験の様子
放射線による障害画像(元画像は右下のカラーバー)

③打ち上げは「16G」です問題

そして、最も大変だったのが「振動試験」です!

試験はロケットを打ち上げる際に発生する振動を模擬したもので、とんでもないレベルの振動になります。
その値はなんと16G!
16Gです!

ジェットコースターが3~5Gなので、その大きさが想像できるかと思います。とは言え、実際に試験を見るまではそれほど恐怖を感じていませんでした。専用の試験機の上にカメラを設置して振動開始。

初めはゆっくりとした振動でしたが、少しずつ振動レベルがあがり、それと同時に恐ろしい音が発生します。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガ……

もう見ていられません。
恐ろしい試験のあとにカメラの動作確認をしましたが、予想通り映像が出ません。
電源は入りますが、映像が異常になっていました…
恐る恐る中を見てみると、CCDを固定している部分が見事に破断していました。
そこからカメラメーカーの担当者と検討が始まりました。
振動に耐えるため、柔らかい配線に変更するなどの対応をしました。
カメラメーカーの開発担当者の意地というか技術の結晶というか、頭が下がります。

振動試験器
破断した部品

④そのままカメラを持っていくと、宇宙ではピントがボケボケ問題

もう一つ、宇宙ならでは…の検討課題がありました。
それは、光学系の問題です。
通常、レンズとCCDまでの距離(バックフォーカスと言います)は空気があることを前提にして設計されています。
宇宙は真空ですので、このバックフォーカスが変わってきます。

仮にこのまま宇宙に持っていくと、ボケボケの映像になってしまいます。
いくら頑張ってもピンボケ映像のままです。
このバックフォーカスを宇宙用に変更する必要がありました。
真空では空気中よりも短くなるので、そのように設計しました。
ただ、地上でカメラ映像を確認する必要があるので、専用治具も別途製作しました。カメラだけでなく、レンズも宇宙仕様で開発する必要がありました。

当初、宇宙空間で美しい地球にズームイン!
…を想定しましたが、ズームレンズのモーターから出る電磁波がほかの観測機器に影響を与えるために断念! ズームはしないで、「固定焦点」で対応することになりました。

固定焦点でピントをあわせて、きれいに撮影するために、画角に入る月面の面積や地球の大きさを考慮してレンズの焦点距離を決めました。

あわせて、衛星にカメラを取り付けるときの角度も計算して、最高の画角になるようにしました。

主に地球を撮影するカメラには望遠レンズを、月面を撮影するカメラにはワイドレンズを装着することとし、それぞれ35mmと10mmと決定しました。

通常、レンズには絞りやフォーカスを合わせるために可動部があります。この可動部を完全に固定とし、さらに潤滑剤の役割をする内部の「グリス」もすべて取り除く処理をしました。グリスは真空中で揮発し、レンズの内側に付着して映像に影響を与える可能性があるためです。

絞りは解像度が高くなるF値を選択し、また太陽の明るさと地球、月面の反射率から望遠レンズには1/8のNDフィルタを装着することにしました。また、熱対策として石英ガラスを前面に付け、CCフィルタ(色補正フィルタ)は6500Kとしました。

宇宙用カメラ(左:宇宙用・右一般品)
宇宙用レンズ(左:宇宙用・右一般品)

カメラとレンズの設計や各種試験と並行して、撮影のためのシミュレーションを行うツールの開発も進めました。このシミュレーションツールについては、大学の先生と月の専門家の方にご協力をいただいて制作しています。

地球の出(月面から昇ってくる地球)や地球の入り(月面に沈んでいく地球)を撮影するタイミングを検討するツールや、月面を撮影する際に撮影するポイント(クレータなど)を検討するツールです。
これらのツールは、今後の撮影に大いに役に立ちました!

「地球の出・入り」用シミュレーションツール
月面撮影用シミュレーションツール

不安でつぶされそうになった、ロケット打ち上げ

このような試験やシミュレーションツールの開発を進めているうちに、衛星の打ち上げ日が近づいて来ました。

打ち上げ当日は、正直複雑な心境でした。

ちゃんと撮影できなかったらどうしよう。
宇宙でカメラが壊れたらどうしよう。
そもそも、カメラやレンズの設計が間違っていたらどうしよう。
そのような不安の大波が押し寄せてきて…

あのロケットが無事に打ちあがったら、次は我々に全責任がのしかかかってくる! と考えてしまうほどプレッシャーがありました。

2007年9月14日、H-ⅡAロケット13号機の打ち上げは、無事に成功しました。

ごう音とともに空のかなたに消えていくロケットに、行けー! 行けー! と叫んでいました。
知らない間に涙が出ていました。
それは、とても美しい打ち上げでした。

私たちのカメラによる最初の撮影は、ロケット打ち上げから約2週間後の9月29日でした。
衛星が月に向かう遷移軌道中に地球を撮影するチャンスが来ました。

私たちが衛星に送った撮影のコマンドは問題ないはず。
衛星から送られてきたカメラの状態(撮影開始・終了などの情報)も問題なかった。
うまく撮影できているはず!

翌日の早朝に相模原の宇宙科学研究所に映像データが届くため、近くのホテルに宿泊するも緊張のため全く寝られず…
一睡もできないままに宇宙科学研究所に行って映像のダウンリンクを開始しました。

そして、“青い地球”が映った

そして、その地球が映った瞬間は歓喜の瞬間でした。
「やったー!」関係者皆で大喜び!

ほかの観測機器や衛星を運用しているメーカーの皆様からも祝福の声をいただき、宇宙から地球を撮影できたこの瞬間、自分の世界が変わったと感じたとともに、これまで信じてやってきたことが間違っていなかったと確信できました。

初めて撮影した映像(青い地球)

ここに来るまで長くて忘れてしまったかもしれませんが、プロジェクトの目的は「月面から昇る美しい地球を撮影する」こと。無事地球が撮れたので次の課題は月面撮影です。

想定通りに撮影できるのか?
またまた胃が痛くなる日々が続きました。。

そして、2007年10月28日に最初に撮影した月面は…
予想とは異なるピッカピカの月面でした。

明るすぎるのです。

最初に撮影した月面

設定は間違っていないのに何度撮影しても同じような映像になってしまうのです。
何で…! 奈落の底に突き落とされた気持ちになりました。

この問題を解決したのは、カメラの設定変更でした。
今回カメラに使っているレンズには絞りが固定されているため、明るさはカメラのシャッター機能で変えます。そして、シャッターは明るさを検知して自動で決められるのですが、その明るさ検知の設定を変えられる仕組みを組み込んでいたのです。この設定はカメラメーカーのアイデアでした。

そして設定を変更したところ、無事に美しい月面の撮影に成功することができました。

カメラの設定を変更して撮影した月面
(テスト撮影のため十字や数値を重畳、また実際の映像は上下が反転)

そして挑んだ地球の出と地球の入り

そしてついに、まん丸の地球の「満地球の出」を撮影するという最大のミッションです。
満地球の撮影は、それなりの条件がそろわないとできません。

衛星が月を回る軌道上に地球と太陽がそろう必要があり、それも衛星の進行方向に地球、真うしろに太陽が来て、初めてできます。これは年に2回しかないチャンスです。

最初で最後の撮影チャンスで、失敗はできません。
事前に入念にシミュレーションし、衛星に送るコマンドを何度も見直して臨んだ撮影は…

大成功!!

プロジェクトが始まって約7年。関係者皆と共に長期にわたって検討や開発してきた努力が報われた映像です。
この美しい映像は、今でもさまざまなメディアで活用されています。

満地球の出
ハイビジョンカメラシステム

「かぐや」後の10年

その後も宇宙用超高感度カメラの開発など、さまざまなプロジェクトに関わってきました。

その中から「国際宇宙ステーション(ISS)で撮影された8K映像」をご紹介します。

この話は、たまたま見たSNS上のコメントが発端でした。NASAが国際宇宙ステーション(ISS)に小型の8Kカメラを載せた…という情報が載っていました。早速NASAの友人に真偽を確認すると、情報の通りISSに8Kカメラがあることが分かりました。
そこから、この8K映像のプロジェクトがスタートしました。

まず、ヒューストンのジョンソン宇宙センター(JSC)に行って8K映像の借用について交渉し、8Kカメラの設定やデータの取得方法などについて情報交換をしました。
カメラの映像はカメラ内部で圧縮して記録し、そのデータをジョンソン宇宙センターにダウンリンクしています。

当初はクラウドを経由してデータをやりとりする想定でしたが、圧縮しているとはいえ8Kのデータです。あまりにもデータが大きすぎるため、東京からヒューストンにHDDを送ってデータをやり取りすることにしました。

私たちとしては、何としても2018年12月のBS8Kの放送開始に間に合わせたかったのです。
そして、ジョンソン宇宙センターから戻ってきたHDDのデータをNHK内で8K映像に変換しました。

初めて見る宇宙の8K映像。早速再生すると…なぜか真っ暗です。

データが壊れている? 撮影に失敗したのかな?
と不安になっていると、次第に明るくなってきました。

画面全体映された扉がゆっくりと開き、そこに広がるのは、青く美しい私たちの地球でした。
85型の大きなディスプレイで見ていた私たちは、まさに宇宙から地球を眺めているような感動を覚えました。

それは「キューポラ」と呼ばれる国際宇宙ステーションの観測モジュールの窓から撮影された映像でした。

キューポラから撮影された8K映像

8Kなので、地表の形状や雲の立体感などが細かく描写されています。地図でしか見たことのない地形も、はっきりと分かります。選ばれた宇宙飛行士しか見ることができない地球の姿を我々も共有できている!
と思うと、この映像の貴重さが分かります。

8Kならではの、まるでそこにいるような臨場感と没入感! 2001年宇宙の旅のような映像に飲み込まれてしまいました…

その後もジョンソン宇宙センターとHDDのやりとりを続け、多くの8K映像を入手しています。なお、国際宇宙ステーションの8Kのコンテンツは、BS8Kで放送されています。

▼BS8K「8Kアースウォッチャー from 国際宇宙ステーション 」▼

2025年 火星への旅

そして、現在私たちが目指している星は…「火星」です!

今、火星探査は最もホットなミッションではないでしょうか。
1960年代のアメリカのマリナー計画から始まって60年以上が経過し、昨年はUAEの探査機「HOPE」が火星の周回軌道に到達しました。また中国の探査機「天問1号」も火星の着陸に成功しています。さらにNASAの探査車「パーシビアランス」が火星への着陸に成功し、世界で初めてヘリコプターの運用にも成功しています。熱いです!そして、次は日本の番です!

日本では「MMX(Martian Moons eXplorer:火星衛星探査)」と称した、火星の衛星を観測しサンプルを採取して地球に帰還するという壮大なプロジェクトが進行中です。衛星の目的は太陽系や火星圏の生成を探ることと、水や有機物を探査することです。

2024年度に打ち上げを予定しており、約1年かけて2025年度に火星圏に到着します。地球への帰還は2029年度を予定しています。

NHKはこのMMXにスーパーハイビジョン(SHV)カメラを載せて、世界で初めて火星や衛星の超高精細映像の取得に挑みます! 私は、このMMXにSHVカメラを搭載するチャレンジプロジェクトの中で、主にカメラの検証や撮影計画を担当しています。

このミッションに参加するNHKの目的は、以下です。

1. 超高精細撮影が可能なカメラを開発しMMX探査機へ搭載、史上初となる間近からの火星・火星衛星のSHV撮影へ挑むこと

2. 実際の撮影データと飛行データを組み合わせ、探査のようすをCGで再現すること

「火星衛星探査機(MMX)に8Kカメラを搭載 スーパーハイビジョンで火星を撮影」(2020年9月10日 報道発表資料)
https://www.nhk.or.jp/info/pr/toptalk/assets/pdf/kaichou/2020/09/002.pdf

打ち上げから火星圏の到着までの長い旅路、さまざまな星々や天体を撮影できたら面白いと思います。七夕には天の川を撮影してみたい。夢は膨らみます。火星圏に到着する時は、超高精細のSHVカメラで徐々に近づいてくる火星をとらえ、真横を通過するダイナミックな撮影にも挑戦したいです。さらに火星を横切る衛星「フォボス」やフォボスに着陸後の地表の映像など…
視聴者のみなさまに今まで見たことのない映像をお届けできるよう、チャレンジを続けています。

MMXの軌道計画図
MMX衛星のCG画像

現在、カメラシステムの開発も終盤に差しかかっています。衛星から受信したデータを処理する「地上系システム」の検討も始まっています。
また、われわれのカメラシステムと衛星システムとの結合試験(かみ合わせ試験)も2022年度に始まるなど、いよいよ衛星全体の動作チェックが本格的に始まります。

MMXはNHKのほかに12種類のミッション機器が搭載されます。日本の科学観測ミッションMMX、2025年火星の旅はまだまだ続きます。

衛星が地球に帰還するのは2029年度ですが、2025年度以降早い段階で地球に映像を伝送して視聴者の皆様に届けたいと思います。
皆様、乞うご期待です!

宇宙飛行士にならなくても

遠くて想像の先にある宇宙。この宇宙を、より身近に感じて欲しい」というのが私の願いです。

私には忘れられない一言があります。

NHKで開催した展示会(番組技術展)でかぐやの「地球の出」をご紹介したとき、ある高齢の女性が

「このきれいな地球の映像を冥途の土産に持っていく」

と涙目で言ってくれました。

地球や衛星、星々などの宇宙の映像には、何か不思議な力があると思います。改めて、視聴者の皆様に感動を与えるような映像を届けたいと思いました。

宇宙用機器の開発で学んだこと、それは…
細かいことでも何か問題があれば、それが命取りになるという究極の作業です。

宇宙に行ってしまえば直すことも修正することもできません。そのために、検証ではとことん原因の洗い出しをします。そのための忍耐力や洞察力、あるいは他の案を考える発想力が必要です。

メンバーが一丸となって意見やアイデアを出し合って解決していくその過程が大事で、その困難を乗り越えた先に、成功や成果が見えてきます。
それを教わったような気がします。

今でも困難に直面したときは、デスクトップ上の地球の画像を見て気持ちを奮い立たせています。

三橋政次(NHK放送技術局制作技術センター制作技術部)

平成7年入局 放送技術局で中継制作やスタジオVEなどに従事し、その後技術局で主に撮像設備を担当しスーパーハイビジョン用カメラやレンズの開発などを行った。現在は放送技術局で番組制作に携わっている。

▼NHK放送博物館「徹底解説!『宇宙からの映像』の舞台裏 」動画▼
(三橋が解説しています)

▼宇宙・科学番組「コズミック フロント」公式HP▼

▼NHKオンデマンド「宇宙特集」▼

▼NHKアーカイブス「NHKが伝えてきた“宇宙”」▼

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